第17話 誤解
「f9とメニューキーじゃありませんっけ?」
おばちゃんは桐原先生の指示に従い指を合わせた、ころころと笑いだす。
「いやだわ、私ったら。そうでしたわ、桐原先生よくご存じで」
どうでもいいから、早くしてよ。言いたいのをぐっと押さえて。
「はい。沼田先生、5冊返却ね、確かに」
バーコードをあて、一冊一冊題名を確かめてOKがでる。
「桐原先生も確かに」
はあ。わたしがため息をつき図書室からでると、先生も後からついてきた。
「何先生の授業だ?」
同情するように声をかけられたんで、校庭を指さす。
「もしかして、体育か?」
頷くと
「完璧に遅刻だな」
とわたしと同じ見通しだ。
そのうえ15分以上の遅刻は、その授業の欠席になるのだ。
今、8分たってるから、急いで着替えても間に合うかどうかってところだ。
それなら、着替えずにさぼっちゃう方がましな気もするし。
先生がぽんとわたしの頭に手を乗せる。
「後で俺の方からも言っといてやるから、俺の証明があるっていっとけ」
授業に出ろということだろう。
先生の一声があれば、出席扱いになるかもしれない。
そういうことならと、顔を上げたわたしの目に映ったのは海籐先輩! 声をかけようとすると、先輩はこっちを見ていたにも関わらず、にやりと笑ってから、数人の3年生と一緒に階段を上がっていってしまった。
えっ? なんで? 今先輩こっちを見てたよね? わたしってわかったよね?
「瀬尾、どうかしたか?」
急に耳のそばで声がして、心臓が飛び出すほど驚いた。
きょとんとのぞき込むようにわたしを見ている桐原先生。
げっ、先輩、変な空気の読み方をしたんじゃ? そう思えば、あのにやりにも納得がいく。
おっ瀬尾、授業をエスケープしての2ショットじゃん。俺は声をかけるほど無粋じゃないぜのにやりだ! 絶対!
めまいのする思いで、深いため息をつくと、目の前から1年生の集団が歩いてきた。
わたしを認証した瞳と合った瞬間、美少女はキッと目の端をつり上げた。周りの女の子たちから殺気がほとばしる。
その後ろから走ってきた男の子たちが、この何とも刺々しい雰囲気を感じてか駆けるのをやめる。おおかた自習にでもなったのだろう。
な、なによ。やーね。やましいことなんか何もないわよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない。
「先生、じゃあわたし更衣室にいきますんで」
ピョコンと一礼。
空は晴れ渡っているのに何とも嫌な予感のするわたしだった。
その予感は大当たり。
香ちゃんが遅れますと理由言っといてくれたんだけど、なにせ時間が時間だ。
「遅すぎる!」
と大声だされるわ、後片づけをやらされることに。これじゃあ今日も日直みたいなものじゃんか!
それでも体育は着替える時間を考慮して早くに授業を終えてくれる先生だから、着替え終わったところで2限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
お昼休み、お弁当を食べたらすぐに、さよりちゃんのところにいくつもりだった。けど。
手を洗って帰ってくると、
「小萩さん」
教室にはいる前に呼び止められる。
なんだ? 委員長。通りすがりに耳打ちするように、けれどさりげなく話していく。
「気をつけた方がいいですよ。桐原先生と噂になっていますから」
へっ?
詳しく聞こうにも、スタスタそのまま歩いていっちゃうので、声をかける隙がない。
まっいいか。教室にはいると、いきなり裕子が言った。
「ちょっと小萩。桐原先生とできてるって本当?」
突拍子もないことに、わたしはただ口を開けた。
「何、それ?」
本気で笑ってしまう。なに? 委員長の言ったことってこのこと?
「よく、デートしてるって?」
クラスの連中が、興味津々にわたしを見ているのを感じる。
「はあ?」
「私のとこにきたのは、なかなか具体的だったわよ」
とハスキーに緑さん。
「何よ。具体的って」
「人気のない西棟で抱き合ってたんですって?」
抱き合う?
「それで、今日体育に遅れたんでしょ」
「人が来て慌てて離れた、とか」
……………………………。
「……皆、本気にしてるわけ?」
思わず聞くと、皆首を横に振る。
「うーうん。ただ、おもしろがってるだけ」
歌でも歌うように、声が合わさる。
そ、そうでしょうとも。
みんな暇だな。
成人した人が女子高生なんか目に止めるわけないだろうに。
「それにしても、よく話がそこまでまとまったものね」
この短時間に、と付け足したいのを押さえて、席につこうとすると、皆が団子状についてくる。
なにかもっと情報が欲しいらしい。
「じゃあデートは? 行ってないの?」
「わたし、桐原先生見かけたの、一昨日が初めてだよ。しかも滝先生の取材でさ」
言っちゃってから、口を押さえる。秘密と言われた事はないけど、発行前に言っちゃあまずいんだった。でも、誰もその事実は興味のある事じゃないらしい。
「まあな、俺たちはわかるけど、1年女子が盛り上がってるらしいから覚悟しておいた方がいいぞ」
と鳥居。
ほんとぉ?
「こっ小萩!」
ドアのところに立っていたミヨさんが動揺したような声を上げる。
うん? と顔を向けると
「桐原先生がお呼びだよ」
えっ? みんながジトッと一斉に見た。
「違うってば」
わたしの声がむなしく響いた。
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