第3話 先輩
「先輩!」
4人で部室である会議室に向かい、一番乗りした小松君が大声をあげる。
えっ? わたしも急いで足を踏み入れると、窓際に立っていた先輩が軽く片手をあげた。
「よっ。相変わらず一緒に行動か? 仲いいな、お前ら」
先輩はブレザーを脱いだ白いワイシャツ姿だった。長袖のワイシャツの袖をまくり、紺のネクタイをゆるくぶら下げている。ちょっとタレ目で……頼りない感じがするけど、それは優しさからにじみでている印象だと思う。見た目からは想像できないほど、行動力も統率力も備えている。本当にとっても頼れる元部長、海藤彰文先輩はわたしたちに笑いかけた。
「どうしたんですか?」
小松君は犬が飼い主にまとわりつくように、先輩に駆け寄る。
うちの学校はエスカレーターで大学部もあるのだけど、先輩は違う大学を受験されるため、5月いっぱいで引退なさったんだ。
我が私立六ノ宮学院は、幼稚園から大学部までエスカレーターでもあがれる、超お金持ち&なかなかハイレベルなお子様たちが多いマンモス校だ。幼稚園と初等部と大学部は離れたところにあり、中等部はお隣の駅。そんな一度入ってしまえば楽ちんともいえる環境に身を置きながら、ちゃんと自分のやりたいことがわかっていて、その目的のために頑張る先輩を、わたしはとても尊敬している。
ちなみにわたしは、家から一番近く、私立にしては驚くほど学費が安いという理由で受けた高校が、入ってからお金持ちの寄付で成り立っている学校だったことを知り、驚き戸惑いまくってきた。うちは下の中な家庭のうえ、特に秀でたところのないわたしを受け入れてもらえたのも、いまだに謎だ。
中学までクラスは少人数だったし、全学年生徒を集めてもそう人数がいるわけではなかったので、高校に入ってどっからこんなに人が湧いて出た?と驚いている。それから富裕層というのが本当にいたことも。存在は知っていたけれど、実際会って御学友になるとは思っていなかったから。
学院には家柄もよく、世が世なら平伏さなくてはいけないような御学友が一定数いる。実際、何を考えているのかは分からないけど、穏やかそうに見えるタイプ。この方たちは特別クラスに集められているので、見かけることがあるぐらい。
一番多いのが、今現在、親がノリに乗ったお金持ち層。起業家か会社で上の方の役職のついた御子息、御息女だ。親の代が1代で財を築いた人たちが多い。そういう人たちは庶民感覚がある人たちなので助かっている。それでもエスカレーター組なら中学までは車で送迎だったそうで、高校になり電車デビューした子ばかりで、庶民を満喫しているのが面白かった。
「○○さま、ごきげんよう」だけの世界でなくてよかったと心から思う。もちろんそういう方たちもいっぱいいらっしゃるので……たまにならいいけど、そういう方たちばかりだったら、わたしはとっくに学校生活に挫けていた。
ちなみにウチのクラスは、ヨットや船は持っているが馬は飼っていないお金持ち層が多い。そして庶民感覚にかなり馴染みが深い。出るところに出れば、
「心配で見にきた」
先輩は一拍おいてから、目尻を和ませる。
「というのは嘘。3人なのによく頑張っているよ」
少したれ目なのが、笑うとますますたれてしまう。けれど、わたしが一番好きな顔だ。
彼こそ、会誌を発行した張本人なんだよね。
「瀬尾のファンタジーも評判いいぞ」
うっれっしいーーー。
会誌にわたしの童話を載せようと言ってくれたのも先輩なんだ。
「俺は息抜きに遊びに来たんだけど、……新入部員?」
「彼女は……」
小松君が説明しようとするのを遮る声があった。
「はい。1年F組、相原さよりです。よろしくお願いします」
わたしたちはびっくりして、彼女をまじまじとみてしまう。
「……相原……さんか」
ますます目尻を下げる先輩。
なんだ。新入部員か。それならそうと……あ、そうか。怪しげな部じゃないか、確かめにきたわけか。部室についてきたいって変だと思ったんだ。けど、なんで今? 2学期もひと月を過ぎた今入部ってのも、今更感ありありだ……。
「俺は3年の
右手をだす先輩。それに応える彼女。
頬を染めたような2人をみて、なんとなく嫌な予感のするわたしだった。
「俺にかまわず、いつものようにやってくれよ」
南野は先輩に軽く頭を下げ、わたしたちに指示を出す。
「じゃあ座ってくれ。今月の特集案をだしてほしい」
会議室は円タイプの6人がけの机が6卓、それぞれに重厚そうな椅子が設えられている。ここの椅子は沈みが深く、それは少し居心地が悪い。
南野が窓側の前の机に座ったので、わたしたちもその周りに座った。
会誌は、2、3の特集と、学校からの連絡事項、生徒内の伝言版、わたしの物語とが骨組みになっている。
「秋の大会のインタビュー、できますよね。野球部もバレー部もテニス女子も何位かにはいりましたし。締め切りぎりぎりまで待てば、サッカー部の報告もできると思います」
南野は小松君に頷いてから、ポーカーフェイスでわたしを見た。
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