第29話 虚構の魔術書(ファントム・コード)

             *            *


 英次は口を閉じ、ただ黙したままだったが、トレロの推測は概ね正しいものだった。


〝──虚構の魔術書──〟(ファントム・コード)


 それが英次が持つ力だった。構造を理解し把握した異能力を、転移能力で部分的に召喚して使うことができる力。あくまで所有権は本来の術者にあるので、使用は本来の術者がその力を行使していない間に限られる。

 だが、テレポートが多彩な異能を操る魔術師の力の根幹であるということは、そう簡単に見破ることはできないもののはずだ。奴の知識の源は一体何なのか、それを確認する必要があった。


「俺の水銀の盾を、突破したな。水銀操作力に、なんらかの干渉を受けた、どういうことだ?」


 英次はトレロの推測に否定も肯定もせずに、先ほど自身が発動した水銀による球形防御を突破した理由を投げかける。


「うふふふふ、ではヒントをあげよう。この右肩を、どう思う?」


 英次からの問いがよほど嬉しかったのか、トレロ妖艶な笑みとともに袖をまくり、自身の肩を露出させる。

 美しい女性の右肩、だが肩の部分がわずかに他と色が異なっていた。


「?」


 英次も絵里も、その意図を読み取れずにいた。


「……ふふ、これだけではわかんないかな? では次なるヒントをあげよう」


 トレロが嬉しそうな笑みを浮かべるや否や、酸の海の中から何かが飛び出してきた。


「何!?」


 次の瞬間、英次はその驚愕の事実に、目を見開いた。

 目の前で咆哮をあげる白銀の獅子。それは英次が弥生の力で作り上げた水銀の獅子だった。

 そして獅子は牙をむきながら、創造主であるはずの英次に対して飛びかかってきた。


「ちい」


 英次自身の異能による予想外の攻撃、だが獅子の牙が英次に届いた瞬間、獅子の姿は消える。転移能力で水銀の獅子を飛ばしたのだ。転移先の座標を指定する余裕はなどない。回収は不可能、だが今はそれどころではない。


「さすがに即興の異能では、あなたにはどどかないか。でも、これでタネは理解したね?」


 頬を歪ませながら壮絶な笑みを浮かべるトレロ。 


──まさか、そんな事が可能なのか?──


 長年魔術の研究を行ってきた魔術師の家系に連なる英次でさえ、にわかには信じがたかった。

 水銀を操る異能力は、絵里が探していた弥生のもの。


──つまり、〝あの肩〟は、弥生の肩ということか──


「貴方が異能力者の力を転移し、使用するための条件は二つ。一つは対象がその異能を使用していないこと。そしてもう一つは対象が生存していること」


「ちっ」


 最悪の想定の的中に、英次は思わず苦々しい表情で、舌打ちをうつ。


「弥生といったかな? 彼女は確かに、生きているよ。私の体の一部となってね、フフフ……あーはっはっはっは!」


 狂気の雄叫びの声を上げるトレロ。

 勝ち誇った声。

 それは、弥生の救出という目的において、奴がすでに勝利し、英次たちがすでに敗北していたことに対する勝利宣言でもあった。

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