第28話 魔術の正体
「くたばれ!」
背後からの英次の完全なる奇襲。だが予期せぬ驚愕を味わったのは、トレロでは無く英次の方だった。
──トレロが、いない──
絵里も英次の驚愕を瞬時に悟った。マントの裏に隠れているはずの奴の姿がみえない。確かに奴が隠れている背後に英次はテレポートしたはずだが……
「フフフ、女を後ろから襲っちゃダメだよ……」
トレロの不気味な言葉に、絵里の全身に悪寒が走る。
背後より放たれたトレロの一撃を、英次は紙一重で回避する。凄まじい衝撃が先ほどまで英次がいた空間をえぐる。
いや、回避は間に合わなかったようだ。
英次の左肩は大きく抉られ、焼けるよう熱いものが吹き出しているのが、絵里の目にははっきりと見えた。
「〝紫電の掌〟(ライトニング・プラム)」
肩から噴き出た出血に目もくれず、英次の右手だけは別の生物のように背後に電撃の拳を放つ。電流をまとった拳なら、多少の誤差は関係ない。触れさえすればいいのだ。
だが触れるだけで対象を焦がす電撃の拳はむなしく中を舞い、トレロの髪を数本焼き切ったにとどまった。あれだけの一撃を放った直後に、こちらの英次の攻撃範囲内から離脱していたのだ。
再び距離を取ってトレロと対峙する英次。
トレロは、英次からちぎり取った肩の肉片を愛おしそうに見つめた後──
そのまま口に含み、
──ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ……ごくん──
ゆっくりと咀嚼し、愛おしそうにのみ込んだ。
「……これが貴方の体の一部。嗚呼……なんという美味……」
頰を赤らめながら、嬉しそうに身を震わせるトレロ。まさに狂気──その異様な光景に、絵里は先ほどから声すらでない。
唇を血でよごしながら、トレロはうっとりとした口調で言葉を発した。
「さっきの酸の一撃で仕留めたと思ったけど、テレポートで作り出した分身……というより残像だったか。万能の異能力テレポート、応用すればそんなこともできるんだね。う~ん、その異能は、やはり欲しいね……」
そうか、酸に飲まれた様に見えた英次の姿は、テレポート前の残像だったのか。あの刹那、残像を展開して奇襲を行うなど、普通の人間には想像もできまい。やはり魔術師たる英次は尋常ではなかった。
だが、目の前のトレロはその奇襲にも対応したのだ。こいつはやはり底知れない。
「……他人の異能をコピーするという、魔術師である貴方の力は実に素晴らしい。たいていの異能力者なら、それだけで心理面で圧倒できるだろうね。異能力者達は原則として、たった一つの力しか使えないのだから……
──で、私の〝力〟はつかわないのかな?」
舌にこびりついた血を、まるで紅のように唇に塗りたくりながら、トレロは問いを投げかける。
「自分で言うのもなんだが、私の〝力〟は威力も汎用性においても最強を自負している。貴方はさっき〝酸〟の異能を見せてくれたろう? 貴方は私の力を使えるはずだ。一度でいい、私は自分の異能と戦ってみたいんだが、無理なのかねえ?」
トレロに指摘されて初めて、絵里は初めて気がついた。あらゆる異能を本人以上に使いこなす英次、だが何故かこの戦闘において、彼はトレロの力を使用していなかった。トレロの言うとおり、奴の異能は戦闘に適した強力な力のはずだった。
(使えない? いや、そんなはずが無い)
絵里は自らの疑念を否定する。少なくとも二度、傭兵との戦いと先ほどの拷問の際に、絵里は英次がトレロの能力を発動しているのを見ているからだ。
「やはり〝使わない〟のではなく〝使えない〟んだね? クク、これで貴方の〝力〟の秘密が解けたよ」
黙したままの英次に対し、確信に満ちたトレロの声が響く。
「他人の異能を模倣する力、だがこれはたった一つの異能の応用だ。そしてその異能は、本来の術者が使用している際は発動することができない。つまり一時的に〝借りている〟に過ぎない。
〝テレポート〟を使い、他人の異能だけを一時的に転移させて使用する。こんなことすらできるとは、さすがは〝異能の女王〟と呼ばれる力だけあるね、素晴らしい汎用性だ」
薄笑いを浮かべながら、そう自説を語るトレロ。
沈黙を貫いたままの英次。だが絵里はトレロの推測が真実であると直感的に理解した。
──他人の異能だけを転移させて、使用する力、そうか、そういうことか──
この建物に入る前に、英次は絵里に、異能を使わない様に釘を刺していたが、それは絵里の異能を使用するためだったのか。弥生が生きている確信を持っているのも、この力の発動のために弥生が生存している必要があったからか。
しかし、トレロは戦闘中に英次の手の内をそこまで見抜くとは、そんなことが可能なのだろうか?
絵里の背筋に冷たいモノが走る。強力な魔力と異能だけではない、奴の強さの根底にあるのは、信じられないほどの異能に対するセンス。
異能力者同士の戦いは、魔力の量や能力で決まるのでは無い。より重要なのは、敵の異能を見抜き自らの力を十二分に発揮させるセンスであるとされる。
そしてトレロのそれは、まさに規格外だった。奴の未知の知識とセンスは、古来より異能の力を独占してきたという魔術師にすら届きうるものではないのか?
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