第27話 激闘
必殺の一撃を激突を見た絵里は、眼前の事態に、再び大きく目を見開いた。
粉塵の向こうから現れたトレロの姿。
(無傷!? 嘘!?)
信じがたいことだったが、粉塵の奥から出現したトレロは、傷一つ負っていなかった。
英次が放ったのは、瞬間的に高めた魔力を一方向に集中させ放出する技のはずだ。如何なる異能にも属さない、純粋な魔力の放出であるこの技は、単純が故に防ぐのが難しい攻撃手段であり、物質を自在に変化させることができるトレロの力でも防ぐことができないもののはずだ。
(……まだ、何か奥の手を持っているの?)
絵里はそう直感した。
トレロが異能力者の中でもとりわけ力を肥大化させた規格外であるなら、どんな未知の能力を隠し持っていても不思議ではなかった。
「フフフ、今のはちょっと驚いたよ。……電流を操る異能、いつの間にそんな手札を加えたのかな?」
トレロの挑発的な質問にも、英次は答えることなくただ冷徹な視線のみを返す。
「……先ほどの水銀もそうだ。あれだけの質量を持ち歩いていたとは思えない。つまり貴方の転移能力であの水銀をどこかから〝召喚〟したんだね」
その言葉に絵里は合点がいった。
転移能力は遠距離にある物質を呼び込むこともできるという。つまりあの水銀は、英次の転移能力を用いてどこかから呼び寄せたものなのだ。そしてテレポートの有効範囲が使い魔の視野内に制限される英次の異能の特性から考えて、少なくともレオの他にもう一人、英次には使い魔がいるということになる。
「──果たして転移させることができるのは、〝物質〟だけなのかねえ?」
英次の手の内を見透かしているかのようなトレロの挑発的な言葉に、英次の眼光が険しさを増した。
「……貴様、何者だ?」
英次から初めて向けられた疑問の念。それがよほど嬉しかったのか、トレロは唇を頬までねじらせ、壮絶な笑みを浮かべる。
「さあて、どうだろうね? 戦いの中で確かめてごらん……
ではそろそろ本番♡といこうか」
トレロが瞳を細め扇情的な笑みを浮かべた刹那──
奴の足元を中心に、世界が陽炎のように揺らいだ。
中心に発動される禍々しい魔力。病棟の床はまるで静かな湖面に小石を投げ入れたかのように静かに、トレロを中心に波のように地面が変質し、マグマのように赤く変色し歪んでいく。
トレロの異能である〝自由自在の世界〟(ファンタズム・テリトリー)、触れた物質を任意の物質に変換し操作することができる奴の戦域能力だという。
床下が変質したのは、如何なる物も焦がし溶かす深紅の〝酸〟。
絵里が見るのは何度目だろうか? およそこの世に存在するあらゆるものより危険で不吉なモノ。目の前の世界がゆっくりと、真紅の地獄へと変質していく。
それは大きく波打った後、小山のように隆起したかと思うと、
巨大な赤い津波となって英次めがけてなだれ込んだ。
「……ちっ!」
英次は小さく舌打ちをしつつ、酸の波から身をかわす。
先ほどのマントと異なる、桁違いの質量。
それを前にしては、英次の水銀を持ってしても打ち合うことは敵わないのだろう。攻防は先ほどと一転し、英次は酸の嵐の中をかいくぐるかのように逃げ回っている。
加えて、絵里は置かれている危機的な状況を悟った。
(いけない、このままではあのベッド群が酸に呑まれる!)
目の前にある無数の病床。そこに拘束されている患者達の意識は虚ろで自力で逃れることができない。このままではあの人達はトレロの酸の巻き添えをくらい、生きたまま溶かされていくしかない。
すでに背後側面からも英次を赤い海が取り囲み、水も漏らさぬ包囲陣をしく。
「金属操作──水銀の盾」(メルクーリアス・シールド)
避けきれなくなったエイジは、自身の前に水銀で作ったシールドを展開させる。英次の前に展開された鏡のような光沢を持った水銀の盾。
赤い酸の荒波が水銀の盾に弾かれ、周囲に酸の雨を降らせる。
──水銀で作った盾、あれならどんな攻撃もしのぐことができるはず──
だが絵里が描いたそんな思惑は、次の瞬間に打ち砕かれた。
「!?」
続いて注がれた酸の第二波が、今度は簡単に水銀の盾を突破したのだ。
「くっ!」
英次にとってもこの現象は予想外だったらしく、彼の体は紅蓮の酸に飲み込まれて、その中に没する。
「あ、ああ……」
酸に飲まれ消える英次の姿。
絵里は絶望的な状況に、声を失う。
今度こそ、勝敗は決した。英次の体は、あの酸の海の中で一瞬にして溶解してしまったのだ。いかなる異能力者であれ、あの状況で助かるわけがない。
〝──そう、ただ一つ、転移異能力者を除いては──〟
いかなる攻撃であっても、自身に届かない限りは無力化できるのが転移異能力者である。
「!?」
予想外の事態に、絵里は思わず目を見開く。
絵里が敗北を覚悟したその瞬間、英次は転移能力を発動させ、トレロが展開したマントの背後に現出していた。
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