第26話 再戦 最凶の異能者VS魔術師


 目の前で繰り広げられる戦いの凄まじさに、絵里はただ息を呑むしかできなかった。

 英次とトレロ、どちらが先に戦闘の火ぶたを切ったのかさえ、絵里の視力では判断できない。二人の強力な意思と意思、そして感情と感情は、肉眼ではっきりわかるほど濃密な魔力の塊となって、現実世界を侵食する。


 両者が具現化した魔力は、超常たる異能となって、絵里の目の前で激突し、衝突音と共に無数の火花を散らしていた。

 かろうじて理解できたのは、眼前で繰り広げられるそれは、絵里の予想に反した異形の白兵戦であったことくらいだった。


 トレロが握る深紅のマントは首を刈る鎌に、胸を穿つ槍に、身を守る盾に鎧にと縦横無尽に形と硬度を変化させながら高速で宙を舞い、同じだけの変化を遂げた英次の〝何か〟と空中で衝突し、無数の火花を散らす。

 英次の首を狙ったであろうトレロの何度目かの一撃が、英次の右腕から伸びた〝何か〟によって防がれる。ほぼ同時に、英次の左腕から銀色の針がトレロの心臓を穿つように伸び、それをトレロが滑るような動きでかわす。


 共に異能を扱う者の頂点に達するであろう力。

 とりわけ理解不能なのが、英次の獲物である銀色の〝何か〟だった。絵里が初めてみるその白銀の礼装は流水のようにしなやかに、そして時に鋼のような強靱さに変容を遂げ、同じく自在に変容を遂げるトレロのマントに合わせるかのように宙を舞い、絶え間ない衝突を繰り広げている。

 もっとも両者の魔力の源たる〝想い〟は、正反対と言ってよいほど異なるものだった。 

 修羅のごとき怒りの形相で、憤怒の一撃を放つ英次。

 対するトレロは、頬を赤らめながらまるで久々に出会えた恋人との情事を楽しむかのような愉悦の表情を浮かべている。美しくも淫靡なその横顔はどこぞやの傾国の美女をも彷彿とさせるが、奴が決して女性では無いことは絵里が身を以て体感していた。


「あは♡ やっぱり貴方は、最高だよ。こんなに激しくヤりあったのは、久方ぶりだ」


 嘆息とともに発せられたトレロの甘美な声が部屋に響く。

 いつの間にか衝突音が止み、静寂が訪れていた。

 幾重目かの激突の果てに英次の獲物がついに屈したのか、根元からちぎれて地に落ちたのだ。先ほどまでトレロのマントと死闘を繰り広げていた英次の礼装は、銀色の水たまりを形成している。


(あれは……水銀?)


 金属の光沢をもつ流水状のその物体は、明らかに水銀であった。戦闘開始から数分後にして、絵里はようやく英次の獲物の正体を知った。

 刹那、銀色の水たまりがその身を風船のように身を膨らませ、四つ足の物体となる。そしてそのまま巨大な獅子にと姿を変えた。生まれでた銀色の獅子は雷鳴のような咆哮と共に、牙をむいてトレロに襲いかかった。

 水銀を操り武具とする異能。接近戦に利が無いと判断したのか、英次は距離をとっての攻撃に切り替えたのだ。


「いいねえ、この異能も実に私好みだ♡ やっぱり貴方とは、相性が良さそうだ」


 トレロは深紅のマントを翻しながら、迫り来る銀色の獅子の牙をギリギリのところで回避し、華麗にいなす。その姿は正に本分である闘牛士の様。

 傀儡を使い遠距離から攻める魔術師と、かわす闘牛士。先ほどまでの異形の接近戦とはうって変わって、華麗なる魔術師と闘牛士の戦いが繰り広げられた。


「だが、タネはもう理解した。これはあの弥生とか言う女の力の発展型だろ? 水銀も鉛と同じ金属なら、彼女の力を使えば操作することが可能なはずだ。銃弾を操るというあの女の無粋な力も、魔術師である貴方が扱えばこんなにも優雅になるんだね」


 絵里はトレロの口から出た予想外の〝弥生〟という言葉に、おもわず目を見開く。

 

(弥生の異能──鉛を操作するという力を応用し、英次は同じ金属である水銀を操作していたのか)


 絵里は座学で習った知識を思い出していた。

 本来魔術師にとって魔力をもっとも通しやすい金属は金と銀、そして水銀であるとされている。中でも金属でありながら流体としての属性も備える水銀は、魔術の儀式に必要不可欠な物質であり、魔術師にとって最も慣れ親しんだ金属のはずだ。なら鉛を操作する異能より、慣れ親しんだ水銀を獲物にした方がいい。弾丸を操作すると言う攻撃に特化した弥生の異能を、英次は攻撃にも防御も可能な万能の異能へと、昇華させたのだ。


(しかし……)


 そして何より、絵里の目の前でうごめく白銀の獅子は強靱で、そしてトレロが賞賛するとおり、息を呑むほど美しいものだった。まるで伝説で語られる空想上の幻獣のよう。神秘とは、本来かくも美しいものなのだろうか。

 絵里が思わず白銀の獅子の姿に見とれた刹那、ついに獅子はマントごとトレロを飲み込まんと大きく牙をむきだし──

 そして金属同士が軋む異音とともに、牙をむきだした状態のままマントの前でその動きをピタリと止めた。

 

「残念♡ 水銀の獅子、美しいがその牙自体は脆弱だ。所詮は水銀、残念だが私のマントには敵わない。私は触れた物の性質をも自在に変化させることができる。例えば、牙ではとてもかみ砕けないような強固な金属にもね」


「──その〝金属〟とやらは〝電気〟を通す性質のものか?」


 英次の抑揚のない低い声が響く。いつの間にだろうか。彼の右腕と獅子を、細く輝く糸が繋いでいる。それは水銀の糸だった。


「〝紫電の拳〟(ライトニング・プラム)」


「!!」


 刹那、トレロから愉悦の表情が消える。

 水銀の糸と獅子が無数の稲光を発したと同時に、次なる衝撃がトレロを襲った。ほとばしる火花に天井の蛍光灯が砕け、ガラス片の雨が降る。

 予想もしないその攻撃の正体に、絵里は思わず目を見開く。


(〝電撃〟──そうか、水銀の糸は電気を通すための誘導線。いやそれよりもあの力は──)


 攻撃の正体は、魔力を電気に転換する異能力──絵里自身の電流操作能力である〝紫電の拳〟(ライトニング・プラム)。電流放出を不得意とする絵里の異能の欠点を、水銀の糸を媒体にすることによって補ったのだ。


「信じ……られない」


 他者の異能を模倣するという英次の力。だがそれ以上に絵里にとって驚愕だったのは、放出は不得意である絵里の力の欠点を、水銀を媒体にすることによって補完するというその運用法にあった。

 だがトレロとて尋常では無い。本来なら身動きがとれないほどの感電のさなかでさえ、左足一本だけで地を滑るような機動で電流の地獄から脱しようとする。

 触れている地面を変化させる事によってなし得る規格外の高速機動、だが恐るべき魔術師にとってはその軌道すら予測の範囲内であり──


「波!」


 トドメの一撃が、英次の両腕から繰り出された。放出系の魔力攻撃──解き放たれた巨大な魔力の弾丸は、純粋なエネルギーの塊となって離脱中のトレロを襲った。

 弾丸はトレロを飲み込み、そのまま病室の壁に激突する。


 轟音と共に吹き荒れる爆風。


 砂塵を含んだ爆風には、冷たい外気が混ざっていた。コンクリートの外壁が崩壊し、外へと続く巨大な穴が開いている。その光景はまるで爆撃を受けた戦場の跡のようだった。


 ──やはり強い──


 風になびく英次の背中を見据えながら、絵里は改めて思った。あらゆる力を模倣し完全に使いこなす謎の〝力〟と、流れるようにそれらを組み上げる戦術センス。憤怒の情はあくまで魔力を高める源に過ぎない。根底にあるのは、冷静で計算高い本来の彼の姿だった。


──神秘の扉を叩いてまもない異能力者達には、到底届きえない世界──


 それは古来より異能の神秘を独占してきたという魔術師の力。力もその使い方も、異能力者(私たち)を凌駕する圧倒的な強さ。

 傷の癒えた今、いかなる存在を相手にしても彼が負けるなど想像もできない。

 だが、頭ではそう理解できていても、絵里は一抹の不安を禁じ得なかった。脳裏をよぎるのは、血だらけで地に伏せながら〝兄〟に挑むあの時の英次の姿。

 そう、彼でさえも決して無敵ではなく、不敗ではない。少なくとも〝兄〟と呼ぶあの男の足下にも及ばなかったのだから、彼を上回るほどの超常の存在には破れることもあり得るのだ。

 そして、底知れぬ愉悦の表情に顔をよじらせながら、明らかに英次を挑発していたトレロもまたそんな存在に含まれるのでは無いか。そんな絵里の予感は、奇しくも現実のものとなった。

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