第22話 クラスメイトの懇願
「弥生さんは、どこにいるの? トレロに連れて行かれてしまって、どこに探してもいないの」
絵里はまるで懇願するかのような眼差しで、英次にそう訴えてきた。瞳に涙を浮かべたその不安げな瞳は、
先ほど見た妹の由佳里そっくりだった。一見したところ性格はまるで正反対だが、やはり姉妹なのか、と英次は思った。
「……あの女の事を当局には通報したのか?」
英次の問いに対しても、絵里は唇をかみしめながら首を横に振る。
「当局に伝えれば、あなたたち兄妹の事を告げなければならないから、言えなくて……それにトレロ相手には他の異能力者達も動いてくれないし……でもあなたならきっと、なんとかしてくれると思って……」
その声は小さく、涙で震えていた。
──そうか。彼女はずっと、苦しんでいたのか──
絵里が震えながらも英次から逃げずに真奈美のそばにいてくれた理由。それを英次はようやく理解した。彼女は連れさらわれてしまった弥生に対する責任で胸を痛めていたのか。
いままで英次からの詰問に答えていたのも、ひとえに弥生を救い出すための行為だったということか。
「問題ない。あの女……弥生は生きている」
はっきりと断言する言葉に、瞳を大きく見開いてこちらを見つめる絵里。
「な、なんでそう言い切れるのよ!」
「彼女の生存は、俺の〝力〟が保証している。俺が複数の異能の力を使えることは知っているだろう?」
「う、うん。知ってるけど……」
絵里は小さく頷く。確かに目の前の男は、複数の能力を操るという異能力者では不可能な奇跡を、幾度となく体現してきた。
「俺の力は対象の力を限定的に使用することができる異能だ。そしてその発動条件の一つが、対象が〝生きていること〟だからだ」
その言葉を受けた絵里の瞳に、はっきりと光が宿る。
「じゃ、じゃあ……弥生さんは生きている!?」
「ああ。現在彼女の異能の〝使用〟に、問題はない。これは彼女が健在である事を示している」
「よかった……」
英次の言葉に安堵したのか、そのまま気の抜けたように床に座り込む絵里。その様子から察するに、よほど強い責任を感じていたんだろう。
「場所も、おおよそだが推測が付く──今から、行くか?」
まるで買い出しにでも行くかのように軽く尋ねた英次の言葉に、ハッと息をのむ絵里。
「い、行くって、まさか弥生さんを助けに行ってくれるの?」
「ああ、君一人ではトレロに返り討ちにあうことはわかりきっているからな」
その言葉に、絵里の瞳に光が戻る。
弥生を助け出すことができると、期待に胸を躍らせているようだ。
そんな矢先──
「──ねえねえ、二人っきりでどこに行くの?」
ドアの向こうから少女がひょっこりと姿を現す。制服のスカートがひらりと舞い、制服に包まれた胸がボールの様に弾む。
「ちょっと理沙、あんたそんなところで何しているの!?」
その正体は、リビングで待っているはずの少女だった。
「え~、だってだって部屋で二人っきりって、怪しいし……二人でエッチなことしてないか見張ってたの」
「そ、そんなことするわけないでしょ!」
的外れでかつ能天気な理沙の口ぶりに、絵里は思わず声を荒らげる。
「理沙ちゃん、盗み聞きなんてしちゃダメだよ~」
「そうですよ、お兄様のお邪魔してはダメです」
聞き覚えのある声が、絵里の後ろから続く。確か、由佳里と真奈美の二人だったか。
「ちょっと由佳里、あんた達まで何で?」
「ええっと……私もお姉ちゃんがなかなか戻ってこないから……」
問い詰める絵里に対し、言葉を濁しながら答える由香里。どうやらみんなして二階の廊下にて立ち聞きしていたらしい。
「真奈美、お前もか?」
「兄様。ごめんなさい、私もどうしても絵里さんが心配で……」
か細い声で、英次の言葉に答える真奈美。彼女だけは色恋事ではなく、本当に絵里の身を案じての事だろう。だがその積極性は、以前のおとなしいだけの彼女には、ありえないものだった。
「……心配することはない。絵里は真奈美にとって大切な友達だからな。
それよりも、絵里と二人で少し出かけてくる」
「それってデート? やっぱり二人ってつきあっているの?」
「さあな……理沙ちゃんと由香里ちゃんはゆっくりしていってくれ。
……真奈美。俺は少し遅くなるかもしれない。葵にもそう伝えておいてくれ」
しつこく食い下がる理沙を、英次は軽くいなす。
「はい。兄様……何があっても、絵里さんを守ってあげてくださいね。私の大切なお友達ですから」
「わかった、約束するよ、真奈美」
そう語る英次の横顔を、絵里は何か言いたげな表情で見つめていた。
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