第21話 クラスメイトの女子
清水絵里──八代学園二年生で英次の同級生にあたる。電流を操作する異能力者。特区当局の能力ランクではCクラスに分類。生徒会役員の仕事のかたわら、その力を活かして当局からの依頼もこなしている。クラスでは一番大きな女子グループに属しており、男子からの人気も高め──それが英次が知る彼女の情報だった。
その絵里と英次は二階の自室にて、無言で対峙していた。
こちらを見つめる絵里の姿は、凜としたものだった。やや赤みがかったツインテールの髪は少女のあどけなさを残してはいたが、こちらを見据える大きな瞳は、力強い意思を感じさせた。
さすがに〝ただの一般人〟である他の少女二人とは違う。英次が知りうる情報では、特区からのかなり危険度の高い依頼も受けているというが、それは事実らしかった。何より英次が戦った死闘を、眼前で二度も経験してきたのだ。それなりに肝も据わっているということか。
「絵里、あれからどうなったのか、教えてほしい」
おもむろに口を開いた英次の言葉に、絵里も唇をひらく。
「あれから一ヶ月たったわ。もう十二月よ。あんたは病休ってことで学校に報告してあるから、感謝しなさいよ。無断で一ヶ月も学校を休んだら、普通は退学なんだから」
いったん口を開くと止まらない性格なのだろうか、矢継ぎ早に言葉を続ける絵里。
「学校のことは問題ない、次の異能試験で満点を取れば、退学にはなりはしない」
英次は落ち着いた口調でそう応じる。異能至上主義の特区内の学校において、優れた異能力者は決して退学になどにはならない。そして異能試験で満点をとることは〝魔術師〟である彼にとってはたやすいことだった。
そもそも英次は学生生活などに興味はない。それが単に真奈美にとって必要なものだから、提供しているにすぎない。そしてもう一つ、彼には学校に通う目的があった。
「あんたねえ、あんた自身は何のために学生してるのよ?」
「……使える異能を見つけるためだ」
英次とって学校とは、彼が認めうる異能力者を獲得するための狩場に過ぎない。兄と戦うために、優れた異能を必要としていたのだ。そして異能の育成を目的として設立された八代学園は、その目的に適合していた。
そんなことよりも、英次にとって優先すべき事は他にあった。
「真奈美の、あの新しい制服は、君が用意してくれたのか?」
「そ、そうよ……何よ、学校指定のブレザーじゃ気に入らないってわけ? やっぱり噂どおりセーラー服フェチなの?」
英次の質問がよほど予想外だったのか、絵里は少し驚いた表情をしながらもそう答えた。
「……あのセーラー服は学校指定のもののはずだが?」
そう、英次の記憶では、八代高校の正規の制服はあのセーラー服であり、真奈美があこがれていた制服もまたそれだったはずだ。
「セーラーが学校指定だったのはもう何年も前の話よ! どんな事情があったかしらないけど、クラスで一人だけ制服が違うってかわいそうじゃない!」
「可哀想……真奈美がか??」
「そうよ、目が見えない上に友達がいないから気づかなかったみたいだけど、ずいぶんとクラスで浮いていたみたいよ! 変な噂も流れてたし……ちゃんと否定しといてあげんだから!」
「そうか。そういうことだったのか。
真奈美の異能試験の方は、どうやってクリアしたんだ? 今の真奈美は一切の〝異能〟の力を使えないはずだが……」
今の真奈美はかつての〝ソロモンの花嫁〟とは違う、ただの一般に過ぎないのだ。英次のフォローがなければ、八代学園の異能試験をパスすることは不可能ははずだ。
「そりは、オリのおかげだにゃ」
英次のその質問に答えたのは、いつの間にか部屋に入り込んでいた、使い魔である猫のレオだった。レオは尾っぽをなびかせながら、英次の前に寄ってくる。
「そうよ、この猫と口裏を合わせて、教師達をごまかしたわ。〝猫を操作する力〟が名目上の彼女の力よ」
「そうにゃ、オリのおかげだミー、もっと褒めるにゃ」
「あんたね~、学校では不用意にしゃべんないでっていつも言ってるでしょ! 動物操作能力ならまだしも、しゃべる猫なんて特区内でも無視できない存在なんだから、バレたが最後、一生研究所から出られないんだからね!」
誇らしげにしっぽを振るレオと、それをたしなめる絵里。
「猫を操作する力、か。その程度の異能でも、異能力者として認められているのか?」
「ええ、動物操作は割とメジャーな力だしね。最高でもCランク相当だけど……」
「そうか……もう一つ、あの二人の少女は、君の妹と友達なのか?」
「そ、そうよ。たまたま妹が真奈美ちゃんと同じクラスだったから、友達になるように勧めただけよ。理沙の方は興味本位で付いてきただけっぽいけど」
「それで屋敷でお茶会をしていた、と?」
「そうよ。こんなに立派なお屋敷だから来てみたいって妹が……もちろん真奈美ちゃんの許可は取ったわ」
「……ここを使うことを、葵はいいと言ったのか?」
英次のやや厳しめの口調に、内心ドキリとしながらも、絵里は答える。
「葵……あのメイドさんの事? 確かに葵さんもいいと言ったけど」
屋敷の住人である真奈美や英次はともかく、なぜノーマルのメイドである葵の許可まで必要なのだろうか、と絵里は不審に思ったが、ありのままを告げることにする。
「わかった……
絵里、君に言わなければならないことがある」
そう言うと、英次はベッドから腰を上げ、絵里の前に立った。
「な、なによ! あんたの家で勝手なことをしたのは悪いと思ったけど、ずっと意識がなかったんだから仕方ないでしょ?」
絵里を見つめる英次の視線に対し、彼女は慌てた様子で言い訳する。
「いっ、言っとくけど、記憶を消すのはなしよ。わ、私に何かあったら、下の二人が当局に通報するんだからね! ほんとだからね!」
魔術師の末裔である英次と、電流操作能力者に過ぎない絵里。彼女の目にも。力の差は歴然のはずだ。
英次の視線に絵里は身の危険を感じたのか、顔を真っ青にしていた。それでも体の震えを押さえながら、気丈にも英次をにらみつけてくる。
その姿は完全に一ヶ月前の焼き直しだった。あのときは確かに、英次は絵里の記憶を奪い去るつもりだった。
だが、今は事情がまるで異なる。
先ほどの真奈美の表情、それは英次が久しく見ていなかったもの。英次にも、学校には通えない葵にもできないことを、絵里は真奈美に提供してくれたのだ。
英次は怯える絵里の様子を無言で見つめた後──
「──真奈美のために配慮してくれて、心より礼を言う。ありがとう」
深々と頭を下げた。
「……えっ?」
「あんなに楽しそうな真奈美の姿を見るのは、ずいぶんと久しぶりだ。一ヶ月もの間、妹の生活を守ってくれて感謝する」
「わ、私の記憶を、消したりはしないの?」
英次の反応がよほど予想外だったのか、絵里は目を丸く見開いたまま固まっている。
「もちろんだ。君は真奈美の〝友達〟だ。それに真奈美たっての〝願い〟でもある。
それに、妹がそんな願いをするなど、はじめてのことなんだ」
そういうと、英次は厳しく結んでいた唇を緩めた。
それは絵里が見初めてみた、自分に対して向けられたこの男の微笑みだった。
「そ、そう。
……別にあんたの妹のためだけって訳じゃないわ。私の妹も、あんまり友達がいないタイプだったし……それに、真奈美ちゃんは学校で孤立しているみたいだったから、面倒見てあげるのは生徒会委員の仕事に含まれるでしょ?!」
「そうか……できればこれまで通り、仲良くしてやってほしい」
「べ、別にあんたに頼まれなくても真奈美ちゃんは私の友達よ」
絵里は英次の視線から身をそらしながら、そんな言葉を続けた。ツインテールに束ねられた髪が、横を向いた彼女の顔に遅れて空を舞う。
「……あ、あなたの質問は、これで終わり?
じゃあ、今度は私からも聞いてもいい?」
やや遠慮がちにそう尋ねてくる絵里。英次は無言で首を縦に振る。
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