第17話 異獣の猟団(ゴルゴーン)の傭兵
兄様!」
「英次さん!」
響く真奈美と葵の悲鳴。
その瞬間何が起こったのか、絵里には理解できない。
人形相手に無双していたはずの英次が、茂みの中の〝何か〟によって、一撃で吹き飛ばされたのだった。
「──このような簡単な罠にかかるとは、魔術師殿も随分と焦っておられるようだな」
茂みの奥から、男の声が響いた。
凄みのあるその低い声は、歴戦の猛者のそれを思わせた。事実、茂みの中から姿を現したのは、重厚なコートを着込んだ百九十センチ超の大男だった。着膨れコートの上からもわかる鎧のような肉体。彫りの深い頬に鋭い眼光、そしていたるところにある傷跡は、幾千もの戦地をくぐり抜けた軍人を思わせる。だが男は軍人が持っているある種の規律とは無縁の、粗野な雰囲気をも漂わせていた。
(……あのエンブレムは──〝異獣の猟団〟(ゴルゴーン)
コートの襟元のエンブレムから絵里は彼の所属を理解した。
世界中で行われた異能力者とノーマルとの紛争に、高額の報酬と引き換えに参加していたとされる異能力者たちの傭兵部隊。そのなかでも最悪の異名を誇るのが、一般市民に対しての容赦のない無差別攻撃で悪名を轟かせた〝異獣の猟団〟(ゴルゴーン)だった。
「へへ……さすがです、ダンナ」
「意外にあっけなかったな、兄貴」
続いて現れた二人のスキンヘッド男達。小柄なその姿はまるで双子のように瓜二つだった。 葵は彼らに見覚えがあるのか、息をのむ。
「久々だな、お嬢ちゃん」
下卑た視線で、ブラウス姿の葵を舐めるように見つめる兄弟。
「この屋敷はオレ達のものなんでな、不法侵入者のお前ら兄妹は立ち退いてもらう。もっとも嬢ちゃんだけは残って働いてもらうことになるがな」
当の葵は、真っ青な顔で、ただ震えていた。
「ふざ……けるな……。この屋敷は……お前らのものなんかじゃない。葵の……ものだ」
瓦礫の中からゆっくりと体を起こした英次が、声の出ない葵にかわって答える。
「フン、特区では、ノーマルによる資産保有は禁止されている。ノーマルは特区の外で暮らすと法律で決まってるんだよ」
「そうだ、お前こそ出ていきやがれ!」
スキンヘッドの双子が、次々と英次に向かって怒鳴る。
「……彼らの言う通りだ。異能力者とノーマルの住み分け、それがこの国が世界で唯一、異能力者とノーマルとの内乱を避け得た知恵であると、俺も聞き及んでいるのだが?」
その言葉を、傭兵の大男が肯定する。確かに彼らの言うことは事実だった。力に目覚めた異能力者とノーマルが、お互いに離れて暮らすために設立されたのが〝特区〟なのだ。特区に暮らす住人はノーマルのために力を提供し、ノーマルはそれに対し資材と労働力を提供する。
ノーマルは特区において資産の所有を禁止されて、そして特区発行の独自通貨である〝紫円〟を得るために出稼ぎ労働者として働きに来る。
それがマナハザード以後の〝特区〟と〝日本〟の関係だった。
いびつで間違っていようとも、戦争よりも秩序と平和を望んだ日本の選択と妥協の産物。
だが──
「お前らのつくったルールなど、知るか!」
英次は震える葵と傭兵たちの正面に立ち塞がると、そう吠えた。
すでにシャツは血だらけで、立っているのがやっとの様子だったが、野獣の様な力強い瞳で一人咆哮をあげる。
「ふん、それでこそ現代を生きる魔術師、殺して名をあげる価値のあるというもの。やはり貴様には、一騎打ちによる決着こそ、ふさわしい。
いざ!」
嬉しそうに雄叫びをあげると同時に、傭兵は英次に向けて疾駆する。
武器こその手にない徒手空拳ではあるが、傭兵の両拳に込められた魔力は、英次のそれを圧倒する膨大なもの。
英次は自らに向けられた拳をまっすぐに見据えながら、
「病み上がりを狙って襲撃してきたタコ野郎が、一丁前の武人を気取ってるんじゃねえ!」
負けずと咆哮をあげながら、迫り来る巨体に向けて立ち上がり、
「来たれ、火炎!」(ラ・インフェルノ)
迫り来る傭兵に対し至近距離から、灼熱の業火を投げかけた。
唸る炎が、傭兵に叩きつけられる。
先ほどの人形戦では温存していた炎を操る異能。それをこの至近距離で叩きつけられれば、さすがの傭兵もひとたまりもあるまい。むしろマントをもって炎を凌ぎ切ったトレロこそ、特級のイレギュラーなのだ。
だが──
「フン!」
傭兵は炎を避けようとすらせず、そのままためらうことなく炎の中をかいくぐり、
「喰らえ!」
渾身の一撃を、英次の身体に叩き込んだ。
「!?」
英次の体は藁屑のように宙を舞い、再び壁に叩きつけられる。大量の血が吹き出し、そのまま力なく倒れこんだ。
予期せぬ事態に驚愕したのは、絵里だけではない。英次自身にとっても、この事態は想定外のもの。
「……防いだ……だと……」
英次の驚愕は、絵里には理解できた。異能力者は魔術師と違い原則として複数の異能は使えない。傭兵の異能は人形を操る者のはず。つまりあの炎を防ぐ異能を扱えるはずがないのだ。
「ふう、魔術師殿が発火の異能を獲物としているという話は、事実だったようだな。だが残念だったな、炎程度なら、異能の力を使わずとも防ぐこともできる」
正面から炎の洗礼を浴びたはずの傭兵から、不敵な声がもれる。
その涼しげな声色から、絵里は事態を理解した。
(そうか、耐火耐熱コート……あの着膨れしたコートは、英次の炎に備えてのものか……)
「情報収集は戦闘の基礎でね、悪く思わないでくれたまえ」
不敵ま笑みを浮かべながら発したその言葉の中には、すでに勝利を確信した余裕がみてとれた。
「では魔術師殿、これにてとどめとする」
そう言い放つと、傭兵は再びおびたたしいほどの魔力を両拳に集中させた。瀕死の英次相手にも、手加減する様子は全く見られなかった。
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