第16話 魔術格闘術

 人々が異能に目覚めたマナハザードから十年経った現代では、異能力者が扱う力には様々な種類、分別が存在していた。

 魔力で自身の体や物体を〝強化〟することを得意とする強化型の異能力者に加えて、その発展型として物体の性質を〝変化〟させることができる異能力者。絵里のように魔力を電気に変化させ、さらにそれを〝操作〟すること長けた異能力者などがいた。

 その中でも物体操作能力に特化した異能力者達、彼らが好んで使うのが人間の形を模した等身大の人形、すなわちマネキンであった。もとより人間の形を模して作られたそれは汎用性に優れており、また魔力を通しやすいという特徴があった。

 もっとも戦闘用に開発されたマネキンはただの人形ではなく


「──────」


 等身大の人形が、屋敷のガラスに体当たりし、窓を打ち砕いた。

 無数のガラス片が絵里のすぐそばに舞い散る。力は並の男性以上、材質はおそらく鋼鉄。

 何より恐るべきなのは、人形であるためあらゆるダメージをものともしないその特性にあった。特に銃撃に対する耐性は高く、ノーマルを相手にした先の大戦では、異能力者側の数の上の主力として、日本以外の世界中で大量に実践投入されたと言われている。

 体内構造を破壊するか、術者を倒さない限り動き続ける。動きこそまるで昔の映画で見るゾンビの様に単調だが、特別に製造された戦闘マネキンは重量もその体躯も一般人(ノーマル)の兵士に勝っていた。


「ッ──電流の拳(ライトニング・プラム)」


 マネキンの攻撃をかわすと同時に、絵里は電流を込めた拳で人形に触れる。小さな異音と鼻を突く悪臭と共に、人形の動きが止まる。電流で、中の回線が焼き切られたのだ。

 絵里の力では鋼鉄製の外骨格を破壊するのは不可能だが、電流で内部の回線を焼き切る事はできた。幸いにして鋼鉄のマネキンに対しては電気を操る異能力者が有効であるとされている。電流を操る強力な異能力者なら、雷撃でこの人形の群れを葬り去ることさえ可能だろう。

 もっとも出力の低い絵里の異能ではそれはかなわず、触れた人形の回路を一体づつ焼き切るので精一杯だったが。


(っつ、しかしなんて数……)


 人形の数は、先ほど感じ取った数だけでも三十七体。絵里一人で回路を全て焼き切るのは到底不可能だった。

 加えて臨時の相方である英次に至っては、学校では常に体育の授業を見学している虚弱体質という役回りのはず、だった。


「砕(セイ)!」


 英次の正拳突きが、人形の胴を粉砕する。鋼鉄でできているはずの戦闘人形(マネキン)の胴は、たった一撃で粉砕され無数の欠片に姿を変えた。


「いっ!?」


 予想外の出来事に、絵里は思わず目を見開く。


「応(オウ)!」


 続いて英次から繰り出された回しキックがヒットし、人形は室内に侵入しようとしていた人形数体を巻き込みながら室外に弾き飛ばされる。

 〝魔力〟は単に異能を発動するためのエネルギー源ではない。純粋な魔力は、それそのものが至高の武器にも防具にもなりえた。魔力で拳を覆い、攻撃力を〝強化〟した上で戦う格闘術。基礎でありながらいかなる相手にも通用するそれは、特区の学校においても必修科目とされていた。

 背後から襲いかかって着た人形をいなし、そのまま別の人形の群れに放り投げる英次。激突した人形同士が砕けるより早く、英次の左肘が別の人形の胴を砕いていた。

 一切の無駄の無い、流れる様な魔力の転換から繰り出される多彩な体術からは、絵里が学校で知る彼の病弱な姿は微塵も感じられなかった。

 魔力を自在の武具とする異能格闘術は、マハナザード後に開発された比較的新しい武術体系である。しかし英次が繰り出すそれはいかなる異能格闘術とも似ておらず、その動きはむしろマナハザード以前から存在していたとされる日本の古武術を思い起こさせた。


「強い……」


 十数体目の人形を事もなげに撃破した英次の姿に、絵里はおもわずつぶやく。

 迫り来る無数の人形を紙一重の機動でかわし、最低限の魔力を集中させた拳で敵を砕く。トレロや来栖を相手とした戦いとは違い、派手さはない。しかし流水の様なその動きは、絵里が今まで見たどんな格闘術より美しく、そして圧倒的なものに思えた。


「波(ハ)!」


 英次の両腕から放たれた魔力の塊。人形五、六体がその魔力の塊に巻き込まれて吹き飛ばされる。純粋な魔力は、高めて放出すれば飛び道具としても使えるのだ。高レベルの魔力の使い手でしかなし得ない高等技術を、転校生はいとも簡単に成し遂げていた。

 だが体術にて敵を圧する転校生のその姿に、絵里は当然持つべき疑問を失念していた。

 彼は決して拳で戦う格闘家などではない。複数の異能を用いて戦う魔術師のはずだ。魔力の消耗を抑えながら、体術をもって迎撃する彼がどれほど追い詰められているのか──

 その事実に、もっと早く気付くべきだったのだ。


「はあ……はあ……」


 人形が軋む無機質な音の中に、荒く乱れる英次の呼吸の音が聞こえる。

 敵の攻撃を華麗にいなし、圧倒的な力で人形を蹴散らす英次。だがその表情は苦痛に歪み、上着のシャツは血の赤に滲んでいた


(──そうか、あれは、さっきの戦いの傷!?)


 シャツそのものは破れていない、つまり人形の攻撃はただの一つも届いていないはずだ。それでも真っ赤に滲む彼のシャツは、彼の〝兄〟との戦いの傷跡。それは未だに完治しておらず、無理な戦闘で再び傷口が開いているのか。

 先ほどから異能の力を一切使わないのは、その余裕がないということか。


「絵里、雑魚はいい。どこかにこいつらを操っている奴がいるはずだ。そいつを探せ!」


 荒い声でそう言い放つ英次。


「初めて名前を呼んだと思ったら呼び捨ての上に命令口調、なによ、もう!」


 絵里は思わず悪態をつく。だがそんなことを気にしている余裕は無い。絵里が感じ取った人形の数はまさに無尽蔵、このままではいずれ数で押し切られる。なら、それを操作している術者を倒した方が手っ取り早い。


──戦域能力〝フクロウの檻(アウル・ゲージ)〟──


 絵里は手のひらを屋敷の柱につけ、そこから目一杯の電流を流す。

 人形の数は多いが動きは単調で画一的、つまり人形達と異なる動きをしている者が、術者のはず──


「いたわ。中庭奥の茂みの中!」


 絵里が言い終わるより前に、英次は人形達の群れをくぐり抜け、おそるべき速さで中庭の茂みに向けて飛び込む。

 その姿はまさに疾風。一筋の影のよう。

 どんな術者といえ、この奇襲に対応できないはず──

 だが直後、まるでビデオテープを逆再生したかのように、英次は飛び出したままの高速で弾き返され、屋敷の柱に激突していた。

 大量の血しぶきが噴出のように吹き出し、部屋を紅蓮に変える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る