第15話 襲撃


「兄様、絵里さんから手を離してください!」


 聞き覚えのあるその声の主に、絵里はハッとする。

 真奈美が、一糸まとわぬ全裸の姿で、ドアの前で立っていた。果実のような肌から、白い湯気が湧き上がっている。


「ちょっと、真奈美ちゃん、そんな格好でダメでしょ!」


 バスタオルを手に、慌てやっててきた葵が、真奈美の体を隠す。彼女も一緒にお風呂に入るところだったのか、下着とブラウスだけの半裸に近い姿だ。


「お兄様、止めてください! 絵里さんから、手を離して! 私のお友達に、ひどいことしないでください!」


 必死に懇願する真奈美。

 だが、いくら妹の抗議とはいえ、転校生が手を止めるとは思えない。しかし──


「真奈美の……友達?」


 妹のその言葉に、意外にも英次はそのままピタリと動きを止めた。


「そうです! お友達になったんです、だから酷いことしちゃダメです」


 再び抗議する真奈美を、無言で見つめる英次。 


「……だが、俺たちと関係を持てば、彼女の身に危害が及ぶ可能性がある。真奈美、わかってくれ」


「ダメ、ぜーたいに嫌です!」


 理解を求める英次に対しても、真奈美は首を横に強くふり、拒絶の意を示す。


「み~、真奈美ちゃんの言葉にも、一理あるにゃ」


 そこにノコノコと歩いてきたのは、彼の飼い猫たるレオ。


「どういうことだ、レオ?」


「ん~、あのトレロとかいう赤マントの変態、嬢ちゃんの〝異能〟に興味をもっていて、ご主人が助かった後で力ごと命を奪いに行くとか何とか言ってた気がするニャ」


 そうだ、その事だ。絵里はトレロに狙われるのだ。つまり、記憶を失うのは確実に死を意味する。記憶を失い、無防備になった絵里が、トレロに襲撃に対応できるとは思えない。


「なん、だと……?」


 声を荒らげる英次。驚くことに、その表情には明らかに動揺の色が見えた。

 英次の右腕に集約されていた魔力が静かに霧散する。少なくとも今記憶を消すのは諦めてくれた様だ。

 絵里が小さく安堵し、ほっと息をつく。


(よかった、少なくともこの場は切り抜けた、あとはなんとかなるはず……)


 そう安堵の息をついた矢先──


〝──カタカタカタカタ──〟


 無数の木の板がぶつかり合う様な異音が、絵里たちがいた客間に鳴り響いた。市販されている防犯機械の類とは違う、おそらく〝異能〟で作られたものだろうが、木片がぶつかり合うその音は、どことなく古い警報装置を思い起こさせた。


「侵入者!」


 英次の表情がより険しいものになる。


英次の表情がより険しいものになる。


「まずいニャ、今のご主人は傷の回復が終わっていないニャ」


「……このタイミングで襲撃してくるとは、偶然ではないな」


「裏門の方はオリが見てくるニャ」


 そう言うと、勢い良く飛び出していくレオ。


 ──ガン! ガン! ガン!──


 屋敷の警報装置の作動音に、もはや物音を隠す必要性を放棄したのだろうか、今度は屋敷の四方から一斉に鈍器で建物を破壊するような異音が鳴り響く。


「完全に包囲されているようだな」


 集団強盗かそれとも襲撃か、少なくとも穏やかな連中でないことだけは確かだった。


「英次さん、もしかしたらあの人達が……」


 震える葵の声。侵入者に心当たりがあるのか、その顔は色を失った様に蒼白だった。


「問題ない。葵、ここは君の家だ。たとえ誰が来ようともな」


 英次は勇気付ける様に、葵のか細い肩を力強く叩く。

 彼の目はトレロや兄と対峙していたときと同じ、野獣のそれに戻っていた。

 だがその瞳には、わずかに苦悩の色が混じっているように、絵里には思えた。


「……侵入者は、少なくとも三十人以上。正面に十人に、裏門に十人。左右からもそれぞれ五人が塀を飛び越えて庭に進入しているわ」


 絵里は自身の〝異能〟で把握した状況を、とっさに英次に伝える。


「──君は? 侵入者の動きを把握できるのか?」


「とりあえずこの場を手伝ってあげる。代わりに私の願いを聞いてもらうわ。記憶を消すのもなしよ」


 英次の疑問には答えずに、絵里は矢継ぎ早にこちらの要求を伝える。どうしてそんなことを口走ったのか、自分でも理解できなかったが、直感的にこの場ではそうしたほうがいいと感じたのだ。

 絵里の提案に対し、英次はわずかな沈黙の後、小さく頷いた。


「……わかった。

 葵、真奈美、ここで待機していてくれ。大丈夫、何も心配はいらない」


 そう二人に指示する英次の横顔は、やはり絵里に向けられたものとは違う、優しいものに見えた。


「!?」


 直後に感じた違和感──絵里の〝異能〟が、新たな情報を感知する。


「どうした?」


「目標の数が、さらに増えた……でもこの感覚……奴らは、人間じゃない!」


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