第12話 運命の相手
絵里は依然として死地から抜け出せていないことに気づかされた。
いつのまにか絵里の背後に立ち、まるで恋人のように背中に体を密着させながら語りかけてきたトレロ。
(しまった、まだこいつがいた!)
頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、そのまま石のように硬直する絵里。そうだ、来栖は去り、転校生と弥生は伏せっている。
トレロならこの場の全員を皆殺しにすることは、簡単だろう。
状況は先ほどよりずっと悪い。
逃げなくては──だが、逃げ切れるはずが……
「ねえねえ、最高のショーだったね。興奮したよねぇ。
もう私の▲▲▲はビンビンで、□□□の方はグショグショだよ。君のはどう?
……ああ、君はまだ✖️✖️✖️だからわかんないのかな?」
トレロが何を言っているのか、絵里には理解できない。恐怖にかられた心に、奴の言葉が届かない。だがその歪んだ表情から、この奴がなにか吐き気がするほど卑猥な言葉を口にしていることだけは理解できた。
(──っ!)
だが、腰に押し付けられた思いがけない感触が、絵里の意識を強引に引き戻していた。
絵里の肩に押し付けられている肉の塊は、奴の胸。はち切れんばかりに豊満なそれは女性らしい柔らかい感触をともなって絵里の肩を圧迫していた。
だが問題はそちらではない。
問題は、もう一つの感触。絵里の腰のあたりに触れる奴の〝部位〟。
それはまるで熱を持った蛇のように隆起し、服の上から絵里の腰を圧迫していた。
──これは、この感触は!?──
腰に押し付けられた違和感の正体に、絵里は驚き、目を見開く。
──そんな……トレロは、男性!?──
奴の上半身は、間違いなく女。それも絶世の美女といっていい造形のものだった。だが、絵里の下半身に押し付けられていた硬くて熱いものは、おそらく男のもの。
何より信じられなかったが、その形状。奴のそれは絶頂にあった。熱く力強く隆起し、服の上から絵里の腰を圧迫するトレロの〝部位〟。
あの戦闘を間近で見てなぜそんな状態になったのか、全く理解できないし、理解したくもない。
「はあはあ……電気を操る異能は、別に珍しくもない。だが君ほどの応用力を持った存在は、なかなかにレアだ。君を殺して、その力を奪うのも、いいんだけど……」
興奮のあまり息の荒いトレロの声が、絵里の思考を再び中断させる。
トレロは立ちつくす絵里の耳を背後から無遠慮に、だが愛おしげになでまわし、そして耳筋に口づけさえした。
絵里の体は恐怖のあまり、まるで石になったように硬直して動かない。
「うう……」
体をズタズアに引き裂かれ、道端に打ち捨てられる自信の未来が再び脳裏に浮かぶ。
「……だが今は気分がいい。私の頼みを聞いてくれるなら、しばらくは見逃してあげてもいい」
「!?」
「猫を連れたあの少年──〝彼〟の弟だが──死にかけているが、助けてくれるというなら、君の命もそれまではあずけてあげよう」
耳元でトレロの言っている言葉が理解できない。あの転校生は、先ほどまでトレロと激闘を繰り広げていたはずの宿敵のはずだ。彼が瀕死の重傷を負っているのは理解できるが、なぜその命を助けろなどというのか──
「あの人は……あなたの敵では……無いの?」
ようやく絞り出し、尋ねたその問いに、トレロは唇を蛇のようによじらせ、
「敵さ。だが私の将来の伴侶でもある。つまりは〝運命の相手〟さ」
こいつが何を言っているのか、その言葉は相変わらず理解できない。
「だから彼と再び戦う前に彼が死んでしまったら、君を確実に殺りにいくからね」
ぞっとするほど綺麗に整った顔に、禍々しい笑みを浮かべながら、そう答えた。
わずかに理解できたのは、絵里と転校生を見逃してくれるらしいということ。そして、転校生が生き絶えたら、トレロは絵里を殺しにくるという事実だけだった。
「じゃあ、彼の体のことを、くれぐれもよろしくね。質として、彼女を預かっておくよ」
トレロはまだ気絶したままの弥生を軽々と持ち上げる。
「あっ……弥生さんを……」
どうする気か? と続く言葉を絵里は飲み込んだまま、トレロは弥生を背負い窓から去った。
恐怖に震えたままの絵里は、その後ろ姿を見送ることしかできなかった。
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