第11話 特区の王に挑む弟
「……想定外の魔力の衝突を感知したので何事かと思ったが、こんなところにいたのか」
抑揚のない、冷たい来栖の声が、無機質な空間に響く。
その言葉はいったい誰に対して向けられた言葉なのか。
絵里は来栖の怜悧な視線の先をたどり、
その先に、来栖をみつめながらまるで時が止まったように硬直している転校生の姿を見た。
「やっと……やっと見つけたぞ!」
震える唇が、紡いだ言葉。
刹那、転校生の魔力の矛先が変わる。来栖の視線に応ずるかの様に放出される魔力は、今までのそれをさらに上回る圧倒的なもの──そしてその源は、またしても怒り。
いや、今までの怒りの真の対象こそ、この男だったのだ。
「〝兄さん〟!!」
ようやく憎悪の感情を向けるべき真の対象を見つけ、魔力の塊と化した転校生はそう叫びながら猛獣のように飛びかかる。
(兄さん?!)
絵里がその単語の意味するところを理解するよりも早く、転校生は桁違いの魔力を、強引に目の前の来栖に叩きつけた。狂ったように猛る魔力は、まるで地獄の釜を投げつけたかの様に来栖を襲い──
だが、
「──弟よ、私はお前と遊んでいる時間など、ない」
来栖はその〝弟〟の姿に一瞥すらくれることなく──
刹那、見えない〝何か〟が、無情にも転校生の体を吹き飛ばした。
(空間が、歪んだ?!)
巨大なゴムのように歪に変業を遂げた空間ごと、転校生は体はボールの様に宙を舞い──
そのまま、背後の壁に激突した。
受け身など望むべくもない。転校生の骨が砕け、肉体が破裂する異音が絵里の耳にはっきりと聞こえた。
わずか一撃。
まるで虫でも振り払うかの様に、勝敗は決したのだ。
数々の神秘を駆使し、最凶の異能力者トレロを相手に五分の戦いを繰り広げていた転校生の力も、特区最高を誇る来栖の前では、児戯に等しいのか。
全身血だらけのままボロ雑巾の様に地面に伏せる転校生。だが彼は込み上げてくる胃の内容物を苦しそうにでこらえながらも、兄と語る来栖の姿を凝視し、
「兄……さん。答えろ」
唇を震わせながら、兄に向かって叫ぶ様に問う。
「何十億人も殺して……こんな世界を作って……あんたはそれでも何も……何も感じないのか!?」
最後の力を振り絞って問うたその言葉に対し、だが来栖は──
「弟よ──だが〝理想〟のために二十二億の犠牲は、はたして重いのか?」
眉一つ動かさず、弟の問いに答えた。
〝断絶〟
二人の〝兄弟〟の間に存在する、絶対の乖離。
──届かない。兄の意志、その価値観は、この世界の常識とは異なる次元に存在するもの──
感情を読み取ることに長けた絵里にはわかる。来栖の言葉は、偽らざる心からの真実。
来栖の信念は、求める理想は、弟たる転校生が問うた代償をもってしても、何ら曇ることのない輝きを有する絶対のもの。
──交わらない、あの二人の言葉は、決して交わったりしない──
「〝理想〟だと!? 飢える人を、学校に通えない子供を大勢生み出して──あいつにあんなことをしてまで、かなえるべき〝理想〟とは、なんだ!?」
転校生の必死の言葉も、だが兄と呼ぶ来栖の心には届かない。
もしあの男と並び立ち、その解を求めるなら──
それは力をもって同じ場所に引きづり降ろすしかあるまい。
「答えろ、兄さん!!」
断末魔の叫びと共に、瀕死の重傷に悶えているはずの転校生から発動される、渾身の魔力が兄を狙う。だがその異能に、絵里は思わず驚愕の声をあげた。
「あれは──まさか弥生さんの!?」
絵里が驚愕じた事実。転校生が発動したその力は、先ほどまで彼女のパートナーが行使していた力──
〝──全方位から穿つ弾丸──〟(オール・ディレクション・マシンガン)
弥生が取りこぼした散らばっていた弾丸。それらは弟の規格外の魔力によって強引に息を吹き戻され、兄を狙い穿つ。
範囲内の〝弾丸〟を支配する弥生の異能、だがその威力は本来の使い手のそれとは桁違いのものであり──
兄めがけて激突する弾丸は、一つ一つがまさに流星の様。
地に投げ堕とされた星の欠片は、その全てが凄まじい轟音となって兄の体を貫く。
──届いた!──
銃撃を受け来栖の体はワラ束の様に宙を舞い、肉片が四方に飛び散る。たとえ人智の極みに存在し、異能力者の頂点に君臨するという魔術師でさえ、その肉体自体は人間と変わらないはずだ。あれだけの銃撃を受けてはひとたまりもあるまい。今度こそは転校生の勝利を確信する絵里。
だがそれは、あくまで直撃を〝受けた〟場合に限っての話である。
いかなる攻撃でさえ、自身に到達しさえしなければ避けうるのが〝異能の女王〟と呼ばれる能力テレポートであった。
無数の弾丸によって四方から貫かれたと思われた来栖の体は、だが既にその場には存在しなかった。来栖は弾丸がその身に達するよりも先に、形成していた異空間を解除したのだ。
弾丸の嵐に見舞われていたのは、来栖の体ではなく教室の机。無残に飛び散っていたのは机の断片であると気づいた時には、絵里たちはとうに元の教室に戻されていた。
その場には来栖の姿はなく、静まり返った教室の中で重傷を負った転校生と弥生が伏せっているだけだった。
もはや意識すら保てないのか、血だらけのままピクリとも動かなくなった転校生と、すでに気を失っている弥生。先ほどとはうって変わって水を打ったような静けさがその場を支配する。
眼前で繰り広げられていた激闘は終わった。
絵里はようやく一息つこうとした瞬間──
「──ふふふ、二人っきりになっちゃったね」
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