第4話 絵里の異能

 第四放置地区──旧東京都23区の広大な領域をそのまま継承した〝東京特区〟の中でも、開発が放棄された地域には、旧秩序下の多くの施設が取り壊されずに残っている。弥生が絵里を連れてきたのは、第四放置地区内にある寂れた建物だった。いや、原型をとどめているだけでも他の家々より幾分かマシだろうが。四方を三メートル弱の高さの外壁に囲まれたコンクリートだての大きな建物は、絵里がよく知っている施設のように思えた。


「ここって、元は学校だったの?」


「ああ、旧秩序下ではノーマル達──当時は私たちの様な異能力者と呼ばれる人種は存在していなかったが──が通う高校があった。信じがたいだろが、マナハザード以前の世界ではほとんどのノーマル達にも高等教育を受ける権利があったんだ。この辺りも今は荒れ果ててるが、元は閑静な住宅街だったそうだ。マハナザード以後〝当局〟が地区ごと接収したはいいが、結局持て余して放置しているとか」


 弥生は続けて「とっとと壊さないから犯罪者のアジトに使われるんだ」と悪態をついた。


 特区の中に設立された学校の中で、通常の授業そっちのけで日々異能の育成に携わっている絵里からすれば、異能力以外の教育を行う公共施設の存在自体が、やや新鮮な驚きだった。

 弥生は学校の外壁に張り付き、息を殺しながら壁の倒壊部分から中の様子をうかがっている。


「ここがヤツのアジトだ。……絵里、犯人(ホシ)がどの棟にいるか、どのくらい近づけばわかる?」


「まって、やってみるわ」


 絵里は建物の外壁に手を当てて、精神を集中させる。

 彼女の思考は、光り輝く量子となって全身を包む。暖かく、わずかに粘質を持った量子を、徐々に体から放出していく。


──もっと強く。私の力で、助けられる人が、いるかもしれないから──


 絵里がまとう量子──感情によって、大幅に増強された〝思考エネルギー〟こそが、異能力者達が扱う〝異能〟のエネルギー源だった。

 多くの人が異能力に目覚め、その力を使役するようになった現代においても、異能の発動に必要なこの未知のエネルギーについては、感情と密接な関係がある以外はほとんど解明されていない。したがって異能力者達は、古来から異能の力を秘匿しながら研究してきたとされる〝魔術師〟と呼ばれる人々がこのエネルギーのことを〝魔力〟と呼んでいたことを引き継ぎ、便宜上このエネルギーの事を〝魔力〟と呼んでいた。

 遅々として進まぬ魔力の科学的な解析を尻目に、魔力の応用については、異能力者たちの度重なる実践によって飛躍的な発展を遂げつつあった。


〝魔力を、電気に転換……〝紫電の掌〟(ライトニング・プラム)〟


 続いて高めた魔力を電気に転換し、手のひらに集約する。

 自身の魔力を、電力に転換し操るのが、絵里たち電気操作に関する異能力者だった。

 特区においては比較的ポピュラーな存在ではあったが、その力を高めれば強力な戦闘能力を発揮できるため、スイーパーとして戦闘に従事する者も多い。もっとも絵里は電力を放出する技術が劣っているため、戦闘自体は不得手である。しかし絵里が得意とし、弥生が期待しているのは戦闘とは別の役割だった。


 絵里が脳裏に思い描くのは、学校全体を包み込むような巨大な檻。


──戦域能力〝フクロウの檻(アウル・ゲージ)〟──


 絵里は電気に変えた魔力を、手のひらから少しずつ建物の外壁に沿って流しこむ。そして流れ込んだ電流からもたらされる情報を、絵里は少しづつ拾いとっていく。

 脳裏に浮かび上がるのは、モノクロの断面図。まるでレントゲン写真のようなそれは、絵里の力で読み取った建物の構造図だった。

 電流を操作し建物の構造を把握する異能力者。電流の出力が低いため、戦闘自体は向いていないが、電気の流れから建物の構造を読み解く力においては絵里の右手に出るものはいない。

 それが弥生が 特区管理局の〝叡智の樹形図(セフィロト・コード)〟を検索して見出した絵里の力だった。


「北棟の五階教室に気配が一つ。この距離では心情までは読み取れないけど、おそらくトレロ。他に小動物の足音……これは、野良猫みたいね」


「たいしたもんだ。ここから、そこまでわかるとはね」


「……弥生さんの仲間の安否は、確認できないわ」


「──十分さ、あいつを撃破した後で、ゆっくり考えればいい。先手さえ取れれば、勝機は十分にある。いまさらだが、もっと早くあんたの力を借りるべきだったな」


 そう自虐的に笑いながら、弥生は重そうに持っていたゴルフバッグを下ろし、彼女の礼装を取り出す。異能力者達は、それぞれ自身が得意とする道具を獲物としている場合が多い。トレロの場合は深紅のマントであり、弥生の場合は──


「……あきれた、それが弥生さんの礼装ね」


 ゴルフバッグから出された弥生の無骨な〝礼装〟を見て、絵里は思わずそうつぶやく。

 確かに、こと〝戦闘〟に関しては、弥生の異能の右にでるものはいないだろう。見せられた礼装はそれほど戦闘に特化したものだった。


「闘牛士(マタドール)のトレロの礼装である深紅のマントは、いかなる攻撃すら溶かすと言われている。だがマントを手に持っていない状態で奇襲をかければ、いかに奴とて防ぐことはできまい」


「なら問題ないわ。私なら、遠距離からでも奴の状態を把握することができる」


 絵里の即答に、弥生は無言でうなづく。


「君は十分に距離をとった上で、あたしを援護してくれ。もしあたしが奇襲に失敗した場合は速やかに逃走すること。君の力なら、万一の場合でも確実に逃げることができるはずだ」


「わかった。弥生さんもくれぐれも気をつけて」


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