第3話 最凶の異能者犯罪者
そして罪を犯した異能力者達を逮捕、もしくは殲滅すべく派遣されたのが〝掃除屋(スイーパー)〟と呼ばれる戦闘専門の異能力者であった。
「……ふう、可愛い顔して大したもんだ。やれやれ、嘘は通じないらしい。……確かに、私はスイーパーで、ある異能犯罪者を追っている」
「だったら、問題ないわ。スイーパーの手伝いをしたことも、初めてじゃない」
絵里の提案に、だが女は無言で首を横に振る。
「いやだめだ。相手が悪すぎる、今回の敵(ホシ)は、〝闘牛士(マタドール)のトレロ〟だ」
「トレロ!? 最凶の異能力者じゃない!?」
絵里は思わず声を上げてしまう。通称〝闘牛士(マタドール)のトレロ〟
深紅のマントを獲物とし、トリッキーな戦いを得意とするためそう呼ばれている最凶の異能犯罪者──奴の手によって殺害されたとされる異能力者は、数え切れないほどだという。未だに当局によって逮捕されないでいるのは、その驚異的な戦闘能力に加えて、殺害した相手を奴の異能力によって証拠も残さずに〝溶解〟したためだという。また変装の名手ともされ、性別すら不明。〝溶解〟を力とする異能力者である事以外の情報は、ほとんど分かっていない。
「そう、理解してくれたかい? 相手が相手だ。いくらなんでも学生さんには荷が重すぎる。君は、引いてほしい」
「ちょっと待って。そんな相手に、貴女一人で立ち向かおうとするの?」
「ああ、昨晩襲撃した仲間は全滅──証拠はないが、みんな〝溶か〟されてしまったのだろう」
「増援は? 他の異能力者に応援は頼んだの?」
「相手が〝トレロ〟だと知るや否や、断られたよ」
絵里の質問に、女は静かに首を横に振る。
「……望み薄だが、仲間がまだ生きている可能性もある。あたしは行かなきゃならないんだ」
そう言い残し、今度こそ立ち去ろうとする女。
一瞬の躊躇の後、絵里がコートの裾を掴み、彼女を止める。
「……ならなおのこと、私も協力するわ。生存者を探すには、私の力はもってこいし、何より、そんな奴を野放しにはできない」
食い下がる絵里の瞳を、女が見据えた。
女と目が合う。その瞳は暗く、だが深い覚悟を秘めた戦士の瞳だった。絵里自身の瞳は、女にはどう映ってるのだろうか? 瞳を見据えながら、絵里の脳裏にはそんな疑問がよぎった。
しばらくの沈黙。それを切ったのは女の方だった。
「……あんたの〝感情属性〟は〝正義〟だろう?」
唇に薄く笑みを浮かべながら尋ねた彼女の質問に、絵里は「そうよ」と肯定する。
〝異能力〟──旧秩序下では〝魔術〟として一部の人々にのみ秘匿されてきたこの技術は、人間の〝思考〟を〝感情〟によって大幅に増幅し、現実世界に投影する技術であると定義されている。いわば人間の思考世界による現実世界への侵食であった。
信念、熱意、憎悪や嫉妬そして恐怖、あらゆる心の作用、すなわち〝感情〟は、異能力者の〝思考〟を大幅に強化し、世界を侵食する。そのため異能力者の適正があるとされたものは、まず自分が何に関心を持ち、何に固執して特に感情をあらわにするか──つまりは自らの〝感情の属性〟を把握する必要があった。
そして絵里の感情属性は──本人としてはやや気恥ずかしいものであったが──〝正義〟だった。
彼女が八代学園で風紀委員を務め、また学校外においては〝特区当局〟の協力者リストに名を連ねているのも、ひとえにその人一倍強い正義感からだった。
「恥ずかしがる必要はない。〝自分以外〟の者のために怒れる君の感情は、強く尊いものだ。
今までの非礼を詫びよう。私の名前は藤田弥生。弥生でいい、よろしく頼む、パートナー」
「私の名前は清水絵里、絵里でいいわ、弥生さん」
パートナーから差し出された握手に応えながら、絵里たちは簡単な挨拶を済ます。
「む!?」
その刹那、弥生の頬がわずかに引きつった。
「どうしたの?」
「いやなに……黒猫が横切っていっただけさ。あたしを含めてスイーパーって連中はどうもゲンを担ぐ連中が多くていけない」
〝仕事前に黒猫を見ると、そいつは不幸を呼んでくる〟という話なら、絵里も他のスイーパー達から何度か聞いたことがあった。絵里も駆けていく黒猫の姿をみたが、絵里自身は縁起を担ぐタイプではないので、さほど気に止めてはしなかった。
どちらかというと、猫そのものの方が、少し気にかかった。
「……あの猫って、さっき転校生と一緒にいた猫のような気がしたけど……」
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