第2話 異能掃除屋の弥生

〝特区当局〟のデータからピッタリの〝異能力者〟を探してもらったが、まさかこんなお嬢さんとはね。いやはやツイてない」 


 呼び出し地点にいた人物──長い髪を後ろで束ね、灰色の防水コートにジーンズ姿の二十代半ばの長身の女性──は、絵里の顔を見るや否や、ため息とともにそんな悪態をついた。


「……雨の中呼び出しておいて、私では力不足だ、と言いたいんですか?」


 濡れた髪と制服を拭いもせずに、絵里は不満げな表情で女を睨みつける。


「いや君の〝異能力〟は私が求めていたものそのものだ。流石は〝特区〟のデータベース、〝叡智の樹形図(セフィロト・コード)〟だ。問題は、君があまりに〝お嬢さん〟だと言うことだよ、お嬢さん」


 異能力者特区当局──それは異能力者達が旧東京都23区に設立した組織であり、東京都異能力者特別区の行政から教育、治安維持に至るまでの特区の全てを取り仕切っている組織だ。同時に異能力を研究する専門機関でもあり、特区に存在する全ての異能力者の力を観測し、記録していた。

 そしてそれらのデータを集約したのが、特区が持つ異能力者データベース〝叡智の樹形図(セフィロト・コード)〟だった。関係者はその権限と必要に応じて、異能力者のデータを検索することができた。


「あんまりお嬢さんお嬢さん言わないでください」


「おや、すまないね。こちとらも、まさか八代学園の現役学生さんが来るとは思ってなかったものでね。それもこんな女の子が……」


 〝お嬢さん〟が〝女の子〟になっただけで、依然として女の小馬鹿にしたような態度は変わらない。その姿勢に、絵里は苛立ちを積もらせた。


「……来てもらって悪いが、これは当局の任務の中でも、とりわけ危険な任務なんだ。今回はツキが無いと、〝獲物〟を諦めることにするよ。君も、学校に戻りなさい」


 女は壁に立てかけていたゴルフバッグを背負い立ち去ろうとする。

 だが──


「──私に帰れと言いながら、貴女、自分ひとりで向かうつもりね」


 絵里の声に、女は背中を向けたまま無言で立ち止まった。


「隠してもわかるわ。私の〝異能力〟は言っている。貴女は、嘘をついていると」


 女は背を向けたまま首だけ振り返り、 絵里の顔を凝視する。その険しい表情には、先ほどまでの余裕は見られなかった。


「……なぜ、そう思う?」


「嘘発見器と同じ要領よ。私の力で対象に微弱な電流を流すことによって、ある程度は心象を読むことができるわ」


「そんな事までできるなんて、当局の〝叡智の樹形図(セフィロト・コード)〟には、載っていなかったぞ。君は単に〝電流を流し物質の構造を把握すのに特化した〟異能力者のはずだ」


「あたりまえじゃない。〝嘘が見破れる〟なんて力、知られたらロクな事にならないもの。研究者は、いつもテキトーに誤魔化してるわ」


「ふう……それは違法行為なんだがな。やれやれ、とんでもない〝お嬢さん〟もいたもんだ」


 女は頭を掻きながら苦笑しつつ、絵里の方を向き直る。女の内面を覗き見た絵里に対しても、特に不快の念を持ってはいないようだ。


「あんたを置いて一人で行こうとしたのは本当だ。だがそれは、この〝任務〟が本当にヤバい案件だからだ。あたしの今回の任務は〝異能犯罪者〟の逮捕もしくは〝殲滅〟

 はっきり言って、今まで君が経験してきたような〝浮気調査〟や〝ペット探し〟の任務とは次元が違う」


〝異能犯罪者〟、異能力を使った犯罪者は、日本の警察では逮捕できない。逮捕が困難という点だけでなく、東京特区には事実上の治外法権が認められており、日本の警察は干渉できないのだ。

 マハナザード以後、世界中で異能力に目覚めた人々がその力を使って犯罪を犯し、旧来の秩序は崩壊した。後に第三次世界大戦とも呼称された世界規模の動乱の際、日本において彼ら異能犯罪者達を鎮圧し秩序を取り戻したのが、異能力者達が設立した〝東京府異能力者特区〟だった。


「やっぱりあなた、特区当局が派遣した〝掃除屋(スイーパー)〟ね」

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