4-①
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あの荒波の正体はなんだったのだろう。あの
それは当然、今まで出会ったことのない瞬間、情動、
その一方で、もしかしたら僕は、もう一つの世界の扉があることを知ってしまったのかもしれない。その扉の向こうには、淑女や俗女たちの一輪の明鏡止水と拮抗するように、少女たちの
彼女と出会ってから一週間が経ち、さらにはそれから二日が経ち、日曜の日が僕らを迎えた。もちろん僕はその休日を毎週アルバイトに
そんなことを思いながら八時五十二分に店内に入ると、店内の変化に早速気が付いた。それからバックヤードのドアを開けると、そこにいたのは店長だけではなかった。
「あ! おはようございます!」
「おはよう橋内くん。前に面接した関根さん、今日から入ることになったからよろしくね」
「関根
初めてだった。このドアを開けた瞬間、血と骨が廻り出すことなど。
「橋内です。……よろしくお願いします」
「お願いします! 橋内さん!」
初めてだった。僕の名前が、こんなに光を浴びたことなど。
「それじゃ、制服はそれでオッケーだから、次は出勤と退勤教えるね。あ、橋内くん、申し訳ないけど、今日関根さんに色々教えなきゃだから、基本的に店内一人で任せられる?」
「あ、はい、大丈夫です」
「ありがと。助かるよ」
「ありがとうございます! ご迷惑お掛けして申し訳ありません!」
そのまま店長は彼女にタイムカードの書き方や入れ方を教え、僕は更衣室で制服に着替え、売り場へ出る準備をしていた。
何の変わりもない、何の変哲もない日曜日が始まるはずだった。いつものように店長は売り場には立たず、僕が一人でレジやレジ周りを整理して、夕陽がさんざめく時を待つはずだった。
「あ、じゃあ僕、もう行きますね」
「うん。今日も一日よろしくー」
今、僕の後ろには、朝の陽ざしが昇っている。ギラギラと輝こうとしている夕陽を前に、控えめながらも、その存在こそが太陽の真価であると証明するように、陽の光が花紅柳緑を映し出している。
「出勤するときはカードをここに入れて──」
振り返ることは許されない。ゆっくりと閉まるドアを止めることは、売り場に立つことを定められた者の権利ではない。いくら彼女の面接がたまたま僕のシフトの日で、彼女の初出勤もが僕のシフトの日であっても、これは因縁でも
「あの、すいません店長。新商品の置き場所ってどこでしたっけ?」
「あ、それはね──」
そうして、罪は犯された。
陽の光を全身に浴びるという、卑しくも
「了解です。ありがとうございます」
「はいよー。お待たせ関根さん、じゃあ次は退勤ね」
彼女の両手にはペンとメモが握られている。出勤や退勤の方法など、メモを取る必要のない事柄だという接触の時宜を模索して、心の奥に押し込める。
「わかりました! ありがとうございます!」
「忘れちゃったら僕でも橋内くんでも、何回でも訊いていいからね。たぶん、何回でも教えてくれると思うから」
そう、これは紛れもない願望なのだ。
彼女の存在を陽の光として浴びることも、彼女に先輩として敬われることも、ましてや、彼女に何かを教え、助け、感謝の念を抱かせることも、全て、もはや紛れもない願望になってしまった。彼女の応答一つ一つが耳を潤し、動作一つ一つが目を綻ばせることも、今や抑えることのできない反射神経と化している。
「どうしたの? 橋内くん」
それでも、僕には桃源郷がある。
楽園を侵害することが最も
なにせ今までの僕は、それだけが
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