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 こうして俺は二見紫羽という激ヤバストーカー女と晴れて邂逅を果たすに至ったわけだが、つくづく思うのはストーキングを生業とする者はその凄まじい胆力を他所に生かせば良いのに、ということである。




 その日の夜、大学の時間割で六限に当たるタイミングで、サークルの連中数人が集まって前期終了の祝賀会を開くことになっていた。構内のサークル棟に居を構える我がサークルの会室で、各々適当に買い出した肉やら酒やらをちまちまやるだけの身内の飲み会である。




 そこに二見は現れた。




「こんばんは。いつも一ノ瀬君がお世話になっています。彼女の二見です」




 唐突に開け放たれた扉に全員が注目していて、そこに立っていたやたら見栄えのする女が開口一番にそんなことを言うもんだから、あとはもうお祭り騒ぎである。




「貴様一体どういうことだ!」と会長の田口先輩が俺の胸倉につかみかかった。




「どうもこうも、事実無根です」




「事実無根!? 貴様、あの美女が嘘を言っているとでも!?」




「事実嘘で、あの女はただのストーカーです」




「ただのストーカーッ!? あの美女までもがお前のストーカーだと言っているのか!?」




「だからそう言っているじゃないですか」




「あばっ、あばばばば!」




 就活で苦戦続きの田口先輩は脳が著しく委縮していたのか、頭で情報を処理しきれなかったらしい。耳からシュポポと煙を吐くと奇声を上げてぶち倒れた。




「ややこしくなるのでしばらくそこで寝ていてください」と気の抜けた田口先輩を会室の隅に追いやり、ふと気が付けば、二見は長机の前のパイプ椅子に座らされ、会員二人による手厚い接待を施されていた。




「ほら二見さん! この肉はもう焼けているからモリモリお食べ!」と二見の傍らでホットプレート上の肉を捌くニヤケ顔した眼鏡の山田。二見がすまし顔で「ありがとうございます」と答えて早速肉を口に運んだのを見て、そのニヤケ顔をますますニヤニヤさせながら、牛肉をじゅうじゅうさせている。




「いやぁ、一ノ瀬くんが会室にホンモノの彼女を連れてこられるだなんて、こんなにめでたい話はないねぇ! いつから付き合ってるの?」




「去年の暮です」と二見は平然と嘘を吐いた。




「わぉ! なんだぁ、ずいぶん隠してたんだねぇ! やっぱり二見サンから告白して?」




「いえ。一ノ瀬君から泣いてお願いされたので、仕方なく」




「本当に!? 一ノ瀬くん、やる気ぃ!」




「だから事実無根だって」




 ホットプレートを挟んで二見の対面に陣取った俺は、無遠慮に肉を育てていた二見からまだ赤い牛肉を奪い去った。本来サークルに何の関係も無い二見が食っていい肉ではない。




 俺がグニグニした牛肉を頬張るなり「あーっ!」と声を上げたのは、山田の反対側で二見に寄り添っていた橘女傑である。




「うわ山田先輩今の見ました? 一ノ瀬先輩、二見さんが大事に育てていたお肉をドロボウしました! ここぞとばかりに亭主関白ですよ!」




「うーむ恐らく反動形成ってやつだねぇ。今まで他の女の尻に散々敷かれていたぶん、そこから解放されて気が大きくなっているのだろう」




 ずいぶん勝手なことを言いやがる。と言うか反動形成ってそんな意味だったか?




 事の仔細を話そうと口を開くも、山田と橘は俺の話に一切の関心を示さなかった。二見の両脇にへばりついて、せこせこと接待を続けるばかりだ。




 暖簾に腕押し糠に釘、豆腐にかすがい身の上話。もはや二見とのアレコレを訂正することさえバカバカしいような気がして、ともかくほとぼりが冷めるまでは肉を焼くことにした。




「さぁさぁ遠慮しないでどんどんお食べぇ! 二見さん、あなたは我がサークルに平穏を齎す救世主だからねぇ!」




「はぁ。どうも」




「二見さんほらお米もありますよ! 食べますか?」




「食べます。大盛で」




「あ、橘。ついでに俺にもくれないか」




「はぁ? 何で私が一ノ瀬先輩のぶんまで面倒見なきゃならないんですか。女は飯をよそる機械だと思ってるんですか? 自分でやってくださいよ甲斐性なし」




 橘が心底さげすんだ目で俺を睨んだ。かと思えば「はい二見さんご飯どうぞ♡」なんて満面の笑みを浮かべている。多重人格か何かなのか?




「一ノ瀬君、私のをあげるわ」と二見は橘から受け取った茶碗をそのまま横流しにした。俺はそれを「すまんね」と受け取って、炊き立てらしい白飯をモリモリ口に運ぶ。それを見た橘が何かゴチャゴチャ言いながら、また新たに米をよそっていた。




「へぇ」と感心したように間抜けた声を上げたのは山田である。ビン底眼鏡の向こう側で目を糸のように細めると、やはりニヤニヤと口角を捻り上げた。




「ずいぶん気心の知れた仲みたいじゃないか。まるで熟年夫婦のようだねぇ。一ノ瀬くん、もしかしてホントに二見さんと付き合っているのかい」




「まさか。今日の昼過ぎに知り合ったばっかだよ」




「ほぉ。それにしちゃキミ達、立ち振る舞いがあまりにも落ち着き過ぎちゃいないかね」




「ようやく話を聞く気になったか」




 黙々と米を口に運ぶ二見を横目に盗み見つつ、俺はかくかくしかじか語り出した。

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