間話その二『-Win』
一次会でカラオケに行った。
マギが『祝福』を歌うと、ミカが答えるように『水の星へ愛を込めて』を歌い、リツは『サイレントヴォイス』を熱唱。もはやオタクでないものに我々についてくることはできない。オタクでなければ真の仲間ではないと言われたアリーシャ姫のごとく拳の効いた歌声を響かせる。それはまさしくサイレントヴォイスだった。
「優しい目をした誰かにっ……あぁ~~……いぃ~たぁ~……」
「そんなの貴様だけじゃないぞ、ハ◯ーン・カーン! みんな同じだよっ! それを貴様ばかり……甘ったれるなっ! 貴様はまず大尉の前で格好つけるのをやめてみせろっ! なぜやってみようと思わない? 自分から歩み寄りもせず、大尉にだけ素直になってもらおうなんて卑怯なんだよっ! 女……大人ってやつは!」
「黙れ、俗物っ!」
やかましいミカの合いの手にリツが毅然と涙を浮かべて答えた。先輩のはずがあまりの無礼講ぶりを見せつけられたショックでわりと小心者のミカはすぐに動揺して固まった。
「あ、あれ……おかしいな。冗談のつもりだったのにパァーって(突然)言われるんだもんな……なぜ動かん! ミーカ!」
「わかるまい! 恋愛を遊びにしている貴様には、この私の身体を通して出る力がっ!」
「へぇ、貧しい青春なんだ……みんなヤ」
「黙れって! 海外の大学を飛び級で卒業、その後研究機関で務めたあとに日本に帰国。キー局で悠々自適にキャリアを積めるかと思えば、なぜかこの有様! 二十◯歳の処◯で悪いかっ!」
「キャリアキャリアって……そんなことやってるから、みんな行き遅れちゃうんだろっ! 三十で恋愛解禁だって? 二十代から内緒で解禁してるくせにっ! 白々しいんだよ!」
(人間ってそんなに信じられないものなのか……)
マギはミカが悪戯でつくってきたドリンクバーの全部合わせジュースを啄みながら思った。
◇
「Twitter……もしくはXでさ、あるある言っていい?」
ラーメンをすするマギの真ん前でミカが言った。
「いいよ」
「なんですか」
「あ、その前に待った」
ミカは言いながら、右手にお箸、左手にレンゲを持った両手をそわそわと動かす。
「ん?」
「なんかさ、ラーメン食べるときだけ人類みなバルタン星人になるの可愛くね? 普通お椀もつじゃん。このスタイルはラーメン食べるときだけ」
「知らんがな(世代的にも)」
「オペを始めます。……メス」
「食事中にやめろ」
(そういえば)三人は天使。ラーメン屋の片隅でラーメンを食べるときにも背中には仰々しい白い(リツだけ黒い)羽根が生えている。
「お嬢ちゃん、盛り上がって広げてるとこ申し訳ないんだけど、ちょっと羽根引っ込めてもらえる?」
「あ、すみません……」
椅子を引くようにしてミカが羽根を畳むと、席の間を通って、サラリーマンのおじさんが後ろの席についた。
改めて話に戻るミカだったが、マギの目はそのおじさんに釘付けだった。
というのも、天使の羽根はでかく、椅子を引いてもなお、席と席の間を越え、おじさんの薄ら寒い頭皮をこすり続けているのである。
あれは絶対に気付いている。いないはずがない。毛根は死するとも五感が失われたわけではないのだから——!
(二人は気付いてなさそう……あうあう。これ、言ったほうがいいのかな……気にしすぎなのか。悩む)
「ここの豚骨がうまいんだよ。コクがあって酔い覚まし、シメに最高でさ……」
「へぇ、頂きます! 課長」
「別に奢るとか言ってねえから」
「メシに言ったんだよ、ハゲ」
おじさんのさらに向こうから若い殿方の声が聞こえる。どうやらあっちも先輩と後輩みたいだった。
(向こうの男の子、気付かないかな……)
「でさ……なんだっけ」とミカ。
「え……」
「若年性痴呆ですか? ミカ先輩」とリツ。
「え、よくない? なんか考えてるときに別の事柄を挟むと『あれ……今、私、何してたとこだっけ……?』ってなること」
そうして二人が話している間もその動きに乗じて羽根が揺れ、そのたびにおじさんの頭皮は羽毛の先で優しくこすりあげられている。
「若年性痴呆ですか? ミカ先輩」
「え、よくない? なんか……」
「1ターンでループに陥るな。それよりも、うし……」
「あ!」
ミカが突然言った。
「思い出した。有名人の話だった」
「誰もしてねーよ。若年性痴呆か?」
「違う違う。これからしようとしてた話がね……」
「ああ、そっちか(鼻と違って、むずむずしたりしないのかな……産まれてこの方、頭皮を羽毛でくすぐられた経験がないからわからん!)」
「Xあるある」
「うん、そこまでは聴きました」
「有名人が意外とうざくてそっ閉じする」
「あー……」
「あの現象なんだろうね。やっぱり売れると、気が大きくなっちゃうのかな。ネタに見せかけて説教みたいのが隠しきれてないのとかあってさ~うーわー……って思っちゃった。よく考えたらその人の漫画、クドくてあんま知らなかったからいいけど……」
「私たちは売れてなくても気だけ大きい人を誰よりも知ってるはずですから。たぶんあれですよ」
リツが冷静に言う傍ら、黒い羽根がおじさんの頭頂部を弄ぶようにさすっていく。
「よくほら、アルコールで言うじゃないですか。酒が人をアカンようにするのではなく、その人が元々アカン人だということを酒が暴く」
(今まさに羽根で暴いてるお前らが言うな)
「あー……」
「SNSに多少そのように仕向ける方向性があったとして、酒と同じく、大なり小なりその人の本性を暴くツールなんですよ、あれ」
「元々アレな人だからサラリーマンとかじゃなく漫画とか創作で食ってこうと思うんだもんね」
「そうそう。あとは本気で自分の作品で人の意識変えたいとか転生とかいうクソ弱者向け媚び媚びジャンル終わらせたいと思ってる御大を勝手に継ぐもの。彼が見てきたオタクというのはむしろ、社会や世間のウケに迎合せず自分を貫く強者であったはず……と信じるムッソリーニみたいなやつ」
「あははは。ヤバい奴だらけやん。あんまXで検索しないほうがいいかもね」
「それが安全牌です」
「でもさ、中にはちゃんと面白い人もいるんだよね。声優さんとか人気キャラでネタふってくれたり……ネタに振り切ってんならいいんだよ! そういう人は面白くて一層好感持つ」
「やっぱり中の人格ですかね」
「余裕かも」
(なんだか、ここまで平和だと何も起こらない気がしてきた。おじさんも解ってて、全部……はっ! ……いやしかし、頭部に性感帯ってあんのかな……ま、誰も気付いてないし、いいのかな……)
一方、向かいの若手平社員は思っていた。
(絶対このセクハラ親父、狙ってこの席にしたろ……二人で隣に座るってのも変だし……なんかセブンみたいにずっと頭の上に羽根みえてんだけど……話し辛えし……良い匂いとかすんのかな)
会計を済ますとき、マギは気になってちらっと店内を振り返った。
課長はとっても良い顔をしていた。
「ちなみにだけど」
「おん?」
「エックス? ツイッター?」
「あー。もう慣れた。ポスト。リポスト。しかも、元々こうだったんだってね」
「私なんか始めて一年経ってないからすぐ順応したけど、リツイートって未だに聴いて、あ……って思っちゃった」
「どっちでもいいけどね。意味が通じれば。それを過剰に『えぇ~~まだトゥイッターって言ってるのぉ~~エックスだよぉ~~慣れなよぉ~~』みたいなニュース記事のが馬鹿みたいでうざい」
「禿同」
ミカとリツの声がかぶった。
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