第六回『いともたやすく行われるえげつない行為。ってか、普通にもう通り魔扱いでいいよ』
「ね。今そこでさ、通りすがりざま……」
「うん」
「正直あの子うざいって声が聞こえた」
タイトルの引き。
呆れ果てたようなマギのアップから再開する。
「ミカは一度病院いこうか……私が探してやるから」
「いやマジ! マジだって。正直、まではっきり聞こえた! 私、イヤホンもしてなければ普通に昔ね、ピアノやってて才能は並未満だったけど、相対音感はあるくらい耳はいいんだって。音楽も得意だったし」
「また余計な能力を。なぜ神はことごとく与えてはいけない人に与えてしまうのだろう。むしろ難聴だったならこの人は幸せになれただろうに」
「違うって! いるんだって。世にはすれ違い様に何の接点もない、ただ懸命に生きていただけの人に、突然理由もなく攻撃を仕掛けるクズが!」
「いるよ。人間ってクズだもん。そこは疑ってないよ私別に」
「え、じゃあ……」
「いるけど、普通は気にしないの。気にしてもしょーがないから」
「そうそう。ミカ先輩ちょっとお疲れなんじゃないですか。それで神経質になってるとか……」
「……いいや。いいや、違うね。マギはまだ若いから、そうやって通り魔にあったことがないからそういうこと言えんだって。これ、普通に私の敬愛する銀ちゃんの中の人も言ってたやつだからね」
「また漫画ネタですか」
「ただの例えじゃん。しかも違うし、声優さんネタだし。道玄坂で言われたって。あのお方レベルでさえ言われんだよ。もうカオスじゃね、もうGTAのが優しく見えるレベル、この世界」
「うん。だからー。いるのが普通と思って、はいはいテメーもな。って返せるか、今のミカみたいに、えっ……えっ、なんで? なんで蛍すぐ死んでしまうのん? て無意味に傷つき、堕ちてしまうかの差でしかない。ミカパイセン、人は死ぬぞ」
「だから滅びたって返してやろうか? じゃあ。開き直って悪口言うのが当たり前ってもうクソじゃん。うわ、やな時代」
「仕方ないじゃん。神が死んでから何年経ったと思ってんの。下界はそういう場所になったんだよ。みんなだって何もかも納得してるわけじゃない。でも、それが一番なら、そこに合わせるっきゃないでしょ。それとも、あんたのわがままで世界の人たちが今日から意識を入れ変えるとでも?」
「(なんかすんげぇ真面目なトーンになってきちゃったけど……たまにはいいか。いや待てよ? むしろこれがあるべき姿なんではないのか? 今までの回がおかしく——)仕方なくないだろ! そんな難しいことじゃなくね? 悪口言わなきゃいいだけなんだから。それでも言ってしまう人のが病気じゃない? 普通に」
「SNSとかでもありますよね。なんかそれ別に言わなくても良くない? ってこと言っちゃう人」
とリツが挟んだ。ミカは水を一口飲んでまだ何気なく続けた。
「先輩として忠告するけど、お前、それは我らが神に刺さるから。続き書いてもらえなくなるぞ。ここで試合終了するぞ」
「あるあるーっ!」
ミカは気遣ったが、マギはむしろ嬉々として身を乗り出すのだった。
「動画配信とかでもさ、こう、流れとか? 空気とかタイミング読まないで話し出すやつ。指示厨とか!」
「おいやめろ。いや指示したことはないけど……あれもさ、本人はあくまで……本人は善意なんだよ。確かに善意だから良いってわけでもないけれども! 底にあるのは善意だから! まー許してあげようよ。そこは。誰だってあるでしょ? 好きな人の前で見栄張りたいとか、頑張って空回りすることくらい……」
間のミカを飛び越えて、リツはマギに同調する。
「わかりますわー空気読めない人って、なんだろ……なんなら一緒にいて一番辛いまである。突然何言い出すかわかんないですしね!」
「そうそう。人と人の関係って安心、安定、信頼感だから。そういう突発的に何かアクティブな行動を起こしちゃう人って正直怖いんだよ。何返してくるかわからないのとかって」
「おいおいおいおい。待て待て!」
このままでは際限なく議論が進んでしまう……それを危惧してミカはデスクをばんばん叩いて注目を集めた。
「私の目指してた方向と違う。そっちじゃない。その人は楽しんでもらえるかな? って思って、勇気出してコメントしてるだけなんだよ。それがズレちゃっただけのことじゃん?」
「だからそれが痛いんだって」
「やめろって。むしろそこまで執拗に取り上げること? ほら荒木先生も言ってるよ。大切なのは勇気だ!」
「こうも言ってますよ。『おっと会話が成り立たないアホがひとり登場~~~質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってたか? マヌケ』」
「おま。漫画とか知らない……設定忘れんなし」
「漫喫で読んで勉強しました。さておき今、ミカ先輩はすれ違い様悪口言う人を執拗に取り上げて、ヘイト集めようとしてましたよね」
「えっ……え、まぁ、そうだけど、それは悪意が」
「それは良くて、これはダメなんですか?」
いたって真面目な目つきでリツがミカを見た。真面目とは言うもののこの場合、それはもはや責めの構えだ。
反対からはマギのうろんな眼差しが突き刺さる。
「……人間、そうやって気が荒んでるときもあるし。いつもそうなら糖質だけど、たまにぽろっと、あの人あれじゃね? 的に言っちゃうこともあるでしょ」
「え……えぇ?」
ミカは困惑した。
気がつけばなにこれ。かつてないぴりぴりとした空気がスタジオに満ちている。撮影があまり楽しくないぞ。
そして、私が悪者のような雰囲気だ……。
一度タイトルをここで切り直したいくらいの間ができた。
ミカは胸の中で十字架を切ると、冷静に反芻した。
いや、私おかしくない。
ここで私が負けたら、全国の不当に中傷に晒された銀ちゃんの中の人含む全ての人が負けたも同じ! それだけはあってはならない。
ミカはなけなしの闘志を燃やすのだった。
「それは掛け値なしの悪意じゃん! でも私が擁護してんのは善意!」
「善意だろうと悪意だろうと、表出された情報が何か? ってことですよミカパイセン。世間的にはどっちも悪で、どちらが……とかじゃない」
「出た! 世間! 勇気出すことが悪いことなのか!」
「時と場合によっては」
「うわ……マジで泣きそう。なにこれ」
「ちょっとピュアすぎるんですよ、ミカ先輩。もうちょい気楽にいきましょ」とリツ。
「じゃーお前、それでそいつが一日やる気無くして、仕事に支障が出たらどう責任とんだよ?」
「知らねえよ。そいつが強くなるしかない」
なおも強気に答え返すのはマギだ。ミカも即座に応戦した。
「無責任じゃん、それを開き直るのはおかしいって。指示厨なんかでそんなやる気まで損なわれることあるか? ないだろ? あるとしたら、そいつが指示厨は悪みたいな観念が頭にあって、それを基にした苛立ちじゃん! けど通りすがりの悪口なんかは確実にそれを狙っての行動じゃん。全然違うし、むしろ後者のがしょうがないみたいに言うのは絶対おかしい!」
「おかしくても、今はそうなんだって……」
「大体さ、ぼそっと言うじゃん。そういうやつって。聞こえるか聞こえないかくらいの。あるいはさ、最近ではさらに酷くなって、聞こえるように言うんだって。あえて。最悪でしょ、こいつら」
「あー」
「どっから来たの。その文化。いつからこうなった?」
「言わんとしてることは解るが、やめとけ、ミカ」
「文句あんなら面と向かって言いにこいよ! そういう根性もない者同士が集まって、その方が強いみたいな。集団心理みたいな。こそこそと卑怯なんだよマジで」
「わかるけど」
マギはため息をついた。けれど、それは怒気とかがこもったものじゃない。
まったくこの先輩はしょうがないなー。けど悪い人じゃないんだよなぁ、やれやれ。って感じのものだった。
「ミカパイセン。私だってミカパイセンの言ってること解らないわけじゃないですよ。でも、だからって、ここで暴れても世界は変わらない」
「うん……」
「だから、代わりに発信しましょう。そういう番組にして、訴えかけて」
「マギ……」
マギが優しくミカの手に手を重ねると、反対からリツも同じようにした。
「私も……なんかすみません。言いすぎたっていうか……その薪をくべてしまったというか……」
「リツ……」
「なんか、らしくない回になっちゃったね」
「それ私も思ったけど、いいんじゃない。たまには。この後三人でラーメンでも食べに行かない?」
「いいですね! 行きます!」
「ラーメンは……でも、ま、付き合いますか」
「よっしゃ。行こ行こ……でもその前に——そうだ、小鳥遊!」
ミカは久しぶりにマネージャーを呼びつけると言った。
「ここ入る前にすれ違ったあの女出禁にしろや! 主演に陰口なんざ転生したって犬の糞になるてめえにゃ度がすぎんだよって教えてやる! ぎゃーーっはっはっ! なんとしても人生めちゃくちゃにしてやれ! 中村、何なら今度は私がお前の玩具になってもい……」
カットが入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます