第四回『援交とパパ活、それから推し活とオタクの違いについて』
「(話もクソもねーけど進まないから前略)第四回の議題はー」
「エンコ……」
カットが入った。
Dの高橋が黄色いメガホンを振り回しながらスタジオに上がってくる。
こういうとき思うのはパーソナルスペースってやつだ。個々の許される(物理的な)距離感のこと。百貨店のエスカレーターとかで一個詰めると、えっ……思ったより近いし、うざっ……ってなるあの感覚。おそらくこれは車とかでもある。
車に乗ってるときドライバーの意識は車全体に乗り移るらしい。それで気が大きくなってしまうわけだ。それと同じようにして、どうやら演者にとっては番組を構成するスタジオ全体(正確にはカメラに映っている箇所)が自分のなわばりということになり、例えDであれ、通常映らない部外者のおっさんに踏み込まれるとミカ、マギ共にSAN値があがる。
ミカ的にはウザさからであった。
「なに、なに? なんですか、なんか文句あんの?」
高橋はミカにごにょごにょと耳打ちする。VのASMRならともかくおっさんの生温かい吐息なんて気持ち悪いだけ……と思いきや、不覚にもちょっと感じてしまうミカだった。されてしまえば吐息の熱自体は皆同じ。顔とか年齢とか関係ないし、なぜかしらおじさん特有のエロさみたいなものもこの世には存在する。メガホンは飾りだった。将棋や囲碁のプロが扇子を持つのと同じ理由で高橋も買ったに違いない。
一方でマギのおっさん嫌いはガチのもの。スタジオに上がってきた時点で硬直が始まり、その距離が一メートル近づくごとに歯軋りがひどくなる。
「は、はいっ! 援交はダメで、パパ活ならアリなんですねっ! そ、それがコンプライアンスっ! で、ですよねっ! なんだか推し活みたいで売◯って感じがなくなりますからね!」
「あと、いい加減慣れてくれない?」
「それだけはどうしても勘弁してもらえませんか! 私、ナンパとおっさんだけはどうしても苦い過去があって!」
「◯春とかチンポは平然と口にするくせに、君のコンプライアンスも大概だね!」
「はいっ! 日本で育ちましたから!」
「天使だから! 設定」
「日本で育つとコンプライアンスが援交はダメでパパ活ならありだけど、ナンパとおっさんだけはどうしても無理になるんですっ! あの臭いとか醸し出す粒子の全てが生理的に!」
「嫌よ嫌よも?」
「絶対死んでも無理だから! ぎゃああああ……よ、寄るなぁ、ゴキブリぃぃーーーっ!」
二次元とそれに近い眉目秀麗な女にも見えるくらいの二十歳前後の男子以外の男に近寄られると、PTSDが発動。マギは発狂してしまうのだった。
追い立てられながら高橋がスタジオから降りていくや、マギは浅葱色の上品なチェアを持ち上げたまま肩で荒く息をし、ミカは乗馬体験を終えた令嬢のように顔を赤らめて少しぽわぽわしていた。
仕切り直し。
ADの中村が白黒の横断幕的なあれを鳴らす。
(やべ……不覚……どうしよ、私、これ耳、◯んだかもしんない……)
「聴いてください、皆さん。わたくし、滝沢マギステル。たった今ディレクターから枕……」
カットが入った。
「一回休憩入りまーす。つーかもう来なくて良くね、この二人。別の人雇おうよ。番組始まんないよ」
「新人ちゃん入れたじゃん。だから」
「喋ってねーよ。紹介すらないよ」
マギが控え室で目元にアイスノン、ミカがトイレに引きこもって数時間して、その間新人のリツは差し入れの焼肉弁当に舌鼓を打った。
撮り直し。
「第四回の議題はー」
「パパ活……なんだけどさ、なにパパ活って普通に(ピー)って言えよ(ピー)。普通にまだ風俗嬢のが好感持てる」
「(風俗はありなんだ。ま、昨日も夜十一時くらいにAVの監督が喋ってるバラエティあったしなぁ)推し活みたいですよね」
「そそ。私さ、推し活自体嫌い派」
「まぁまぁ、ミカパイセン。正直解るけど」
「この語録、独特の気持ち悪さない? 何、推し活って? 界隈とか言うのもキモい。同担。箱推し。あれかな、同族嫌悪ってやつなのかな。所詮みな単なるキモータって事実から目を背けたいがためにさ、格好つけてる? っていうのかな」
「あ、わかってしまう。けどね、私たちは……」
「私たちの活動は大衆の支持基盤があります! みたいな宗教的気持ち悪さ。どんな言葉で繕おうと、てめえはオタクだし、てめえのやってることはキャラのポスタービームサーベルみたいにカバンに挿して、チェックのワイシャツ来てたあの偉大なる元祖オタク様と同じ気持ちわりぃ偏愛趣味なんだよ!」
「うるせえな! わかってんだよ! 解ったうえで、言ってんだよ! お前も少し前まではちょっと年上の人たちからそう思われてたんだよ、時代なんだよ!」
「はぁ?! 違うね! 絶対違う! だって私らは自分の気持ち悪さを隠すことなんかなかったもん。むしろ、キモいってのが誇りだったし、前向きに受け止めてた。友情だったよ。けど、てめえらは違うじゃん。このオタク特有の気持ち悪さを黒から白に変えようと必死じゃん! で黒のままでいるやつを除け者にしたり、無意味にマウントとったりして、差別して、必死じゃんなんか! ワンピースは見てていい。HUNTER×HUNTERはダメみたいな。どっちも面白いでいいのに、差別してる側は認められてんだ、世間的にも人権があるんだみたいな! そこがダセェ!」
「は、わかってねー。わかってねーんだよ、ミカパイセンは。所詮黒子世代はこれだから……いいか、それまではBLだって隠れ趣味だったんだ。休み時間、神の悪戯で天から遣わした妄想をちょっとした気の迷いでノートの隅に綴ってしまって、直後に隣の席の子が『あれ。次数学だっけ? やっべ、宿題忘れた。ノート写させてくんない?』と言われた時の虚脱感があんたに解るか? その題材が同じクラスの良さげだなーって見てた男子二人だった時の即座に飛びたい気持ち! それがあんたにわかんのかよっ!」
「いや知らないけど。え、そんなことしてたの。ホモっ」
「キモっ、みたいに言わないで! 神聖なの! それを推しだから! の一言でやっと私たちは自分たちの存在を陰の世界から肯定的に……そう、日の元に出て考えられるようになったんだよ! むしろ、オタクの精神的進歩の産物……」
「ならオタ活でいいじゃん! なに推しって?! どっから出てきたのその正当感。私はあくまで推し活してるのであってオタクとは違いますよ、若干高尚みたいなっ! 結局、お前らは自分の気持ち悪さから逃げ……あ、逃げるなぁっ! いつだってオタクは変な事件が起これば全部ゲームやアニメのせい! そうやって世間にあれやこれやと罵倒されながら日陰で生きてきたんだ! 鬼でもない生身の人間がだ! ちっさなコミュニティで分かり合える同士だけで分かち合ってきたんだ! ゆえの連帯感!」
「私は気持ち悪さから逃げてんじゃねえ! 世間の目から逃げてんだよっ!」
「今更、世間なんざ当てにしてどうする! 奴らが白と言えば白になる。黒といえば黒になる……! そんなもんで好き嫌いが変わる私らじゃねぇのに、てめえらはそれをやってる……世間が認めたアニメは凄い! 一般人も見てる漫画はすごい! それ以外はカスだっつって! 誰かが評価してないと見られないのかよ! 周りからどんな白い目で見られようと、自分の好きなもんに誇り持てないオタクなんか、オタクじゃないっ!」
ここ一番のキメ顔でミカは声色を低く、格好良く言い放った。
「——世間の犬なんだよ」
「そうですよ? 私たちオタクじゃないもん。一般人だけどアニメとかにも詳しい人だから」
「あ……。あ、こいつ……こいつ、開き直りやがった!」
「だーかーらー推し活女子だから。そもそもからしてー、キモいオタクと一緒にされたくないんですよねー。キモいオタクにはそれがわからんのですー。同類、友達だと勝手に思い込んでるだけなのですー。オタクはオタクだけどー、推し活してる女子は一般人だけどアニメとかも見る人だから」
「うわ……うわ! 心がない! 最近のオタクって心がないとは思ってたけどここまでとは……うっわ、絶対わかりあえね、こいつ。そ、そんなのさ……そんなの、トロイの木馬じゃん! 1stのテーマと一緒!」
「あの」
そこまでずっと特殊な非常勤コメンテーター的な立ち位置で口論を見ていた新人のリツが手を挙げていた。
「いつもこんなん?」
「そうだけど?」
「私、この仕事おります。結局(バキューン)も直ってないし」
カットが入った。
◇
余談。
「喋ってて思ったんだけどさー」
「ん? まだやる?」
「違うけど。むしろ、言い得て妙だわ。その一般人だけどアニメとかも見る人の括り」
「あ、そうなんですか」
「うん。ノリで怒鳴り返してたけど、なんか、しっくりきちゃった。一般人なんだよ、大半が、アニメも見るだけの。元々のオタクっぽいオタクも中には育ってるだろけどさ、ほら、アニメとか漫画、声優さんって今すごいじゃん。ゴールデンタイムのバラエティとか普通に出るようになったし。日の目を見るようになったってか」
「うん」
「それで一般の人が大量に入ってきたわけ。だから——」
「——まて。その問題は、解決してはならない」
「うん。声優さんたちがさ、日の目を見るのはすんげー嬉しいからな、私も」
「……よしよし。成長しましたね、先輩」
「ただもう少しアニメーターとか監督とかも見てほしいよな。今期や流行り、わかりやすいヒット作とか追うばかりじゃなくて。鬼滅の監督とかさ、名前言える? 日本で一番ヒットした映画なのに、やっぱり世間受けがいいっていうか、知られてるのはそういう局のプロモーションが、ま、あっちも嬉しいんだけどね」
「ヨシヨシヨシヨシ。神の原作がなんか一石投じてくれると信じましょう」
「こんな酔った勢いで吐いたゲロみたいな話しか書けない邪神だけどな」
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