第一シーズン
第一回『ミカの偏頭痛』
誰でも一度は見たことがあるだろう。
黒と白のストライプが入った横断旗のようなものを振って、中村が声をあげた。
けれども中村はアホゆえに、3の時点ですでに口パクにしてしまい(つまり、声はあげていなかった)、司会とMCの二人はどこ吹く風。
話し続けるのだった。
「やっべ。頭いてぇ……バファリンバファリン」
「またですか? 最近〈こだわり酒場のレモンサワー〉呑みすぎですよ、ミカパイセン」
「ちげぇよ。偏頭痛なの! 知ってんだろ……私、産まれたときから先祖代々のババア共に呪われてっからバファリン常備してんの。マジ呪い強えんだから」
「初耳です」
「心の中で言ったんだよ。いつも心の中で言ってんだよ、私は。ちゃんと聴き取れよ、めんどくせぇな」
「むしろ、めっちゃビビってますよ今。え、パイセン呪われてんですか? 天使なのに」
「そうだよ。当時齢六十すでに過ぎてたババア連中にだよ。朝起きてきたら開口一番にさ『私が死んだらお前を呪ってやるからね』って言われたの」
「え、こわっ。こわすぎんでしょ、パイセンのお婆ちゃん」
「でしょ? 『え?! 私何したっ?!』ってあの時ばかりは耳を疑ったね。私まだ小3だよ? まだ下の毛も生えてねえよ」
「天使が当たり前のように下の毛とか言うな。ロリコンがブヒって下半身パオっちゃうでしょ。ご褒美与えるにはまだ早いですよ」
「ブヒってパオるってもはやキメラかよ。顔と腹だけで既にオークなのに、下半身からも鼻伸びてんの、そいつ。もうバケモンじゃん。極めてなにか生命に対する侮辱を感じる」
「奴ら超敏感だからね。触れられたことないから空気に触れただけで、つまり私たちの話題にあがるだけで、酸化しちゃうんですよ。知らないんですか」
「知らなかった。魔法使いって呼ばれるわけだ……」
「そうそう、私たちの口が奴らを話題にしたことで『これもう間接的に口でされてるのと一緒でしょ?』と思えてパオっちゃうらしいですよ。魔法使い以外の何者でもない」
「世間体という常識を超越し、歳という時間を超越し、実際には触れられてないという物理法則すら無視して空間をも超越したか……ロリコン、恐るべき豚共だな。アインシュタインも舌引っ込めて真面目な顔するレベル」
「で、お婆ちゃんの続き」
「うん。死んだよ。もうこの世にいない。進行形で呪われてるけど勝ったのは私とバファリン」
「そうじゃねぇよ。なんかもっと他にないの? って聞いてんですよ」
「え、聴きたいの。引いてたのに」
「そういうもんでしょ、ホラーって」
「いやこれホラーじゃないけどさ……まぁいいよ。出生祝いに菊の花贈られたりとか」
「待って。それあれでしょ。神の新作の話に出てきたやつじゃん」
「うん。だってそういうもんでしょ、創作って。自分が経験したことを題材にするしかないじゃん。そこらへん神はもう吹っ切れたんだよ。自分の引き出し見て闇しかねーって悟って、闇しかないなら闇しかないなりに全部出してくって覚悟したんだよ」
「え、てことは神……お姉ちゃん、います?」
「いるよ」
「え、てことは神……」
「いやそこはほら、ごそーぞーにお任せしますって奴で。なんか倫理とかよくわからんそれなりにパンクな人生送ってるから小説家とかやるんだよ」
「うわ……マジか。少女漫画の設定だとときめくけど、現実で聴くと正直一番引くやつ……でもそれならそれでさ、あれの真実知りたい」
「どれ?」
「相性、めちゃくちゃ良いらしくね? その……うん、あれって」
「あーみたいだねー。でもそこはほら、ごそーぞーにお任せしますって奴で。神も私もBPOに睨まれるつもりはなくてさ……」
「これ放送してねえから大丈夫だろし、歯切れ悪いのがむしろ怖えんだよ! 別の意味でホラーですよもう!」
「だもんでさ、私、世間ではおばあちゃんおばあちゃんとか言って、ジジイに比べてババアってなんか良い思い出感あるみてぇだけど、私そんなんないから。産まれたその日から歴代のババアと死闘繰り広げてっから。家族? 何それ? ってセリフに素で共感しちゃったくらい超えてきた死線が違うんだよね」
「急に話変えんなよ……余計怖えよ」
「いやいや本人からすると、そんなんよりババアの呪いが重大事なんだって。マジで痛いんだから頭。冗談でバファリンODしてんじゃないんだからね」
「服用はまだしもODはすんなよ。問題になってんだろ、プロなら影響力考えろ」
「うそうそ。ODはしてないから。容量は守ってるよ。それはもう薬物に手を染める際のちゃんとしたライオン誓約だから」
「言い方ってもんがあるだろ……あと製薬と誓約かけたところでお前の念は倍増しませんからね、パイセン」
「あーもうダメだこれ、言ってたら何とかなると思ったけど、耳の裏っ側超痛え……おい、小鳥遊! 小鳥遊! バファリン持ってきて!」
「優しさ以外の半分が呪いにも効くってマジ?」
言いながらマギの目が遂にカメラを捉えた。
「あー……やっべ」
ミカのマネージャー小鳥遊がセットの背面を回って背を丸めながら薬を届ける。その矢先、ミカの酒焼けした罵声が轟いた。
「バッカじゃねぇのか、薬持ってこいっつって薬だけ持ってくる奴いる?! ハッタショかテメーは! 水とセットだろ、
「先輩、先輩……」
「あ? 常考(常識的に考えての略)なんてもう誰も使ってねーよってか? やかましいんだよ、私はあれ結構気に入ってんだよ! あと微レ存(微粒子レベルで存在する)とかンゴ(語尾につけるンゴ)とか可愛いよね。護りたい、この語録」
「いや先輩、始まってます」
「あ? 始まってるって? WW3か? 日本もついにか?」
「冗談でもやめろや、お前。そういうこと言うの、人が死ぬんだぞ」
「ごめん……」
カットが入った。
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