第6羽-3

「ガデル様!あぶない!!」

 子分の一羽が放った言葉を聞いて横を振り返ると、彼の正面に向かってものすごい速さで飛んできていた何かを、彼は間一髪でしゃがみ避けた。バランスを崩して尻もちをついた彼のもとにすぐさま駆け寄る二羽。彼らが顔を上げて前を見ると、先ほど通り過ぎようとした柱に一本の細い”光”が刺さっているのが見えたのであった。しかしその形は、普通のものとはどこか違い、よく見るとそれは、以前座学の教科書で見た弓矢の「矢」の形にそっくりであることに気が付いた。


 突然の出来事にただ座り尽くしていると、「矢」が飛んできた方向から、声とともに誰かが走り寄ってくる足音が聞こえてきた。振り向くと、そこには知らない天使の顔が見えた。


「わりいわりい!怪我とか大丈夫か?ほら、手を貸すぜ」


 緑色のぼさっとした髪が特徴的な彼はガデルの手を引っ張り上げようとしたが、その重さを持ち上げるには力が足りず、一度よろけると今度は両手を使って精一杯引っ張り上げた。


「ふう。あんた意外と重いな。ガタイも結構いいし、俺の練習に良い”的”になりそうだな」

「ひぃっ?!」


 すくみ上るガデルの肩に、彼はパッと手を置いて口を開く。

 

「はは!嘘に決まってんだろ!でも、授業中はここら一体は俺が使ってるから、あんまり近づくと危ないぜ?次通るときは回り込んでくれよな」

 

 そう言うと、彼は自分のいた方向へと戻っていった。柱を見ると、刺さっていた光はすでに彼の体に戻ったのか、跡形もなく消えていた。


「へ、口ほどにもねえ奴だったな」

「ガデル様。さすがに文脈に合ってなさすぎっす」


 緑髪の彼は元居た場所に戻ると、その場で立ち止まって柱の方を向き直す。そして、また光を出そうとしているのだろうか、集中するように目を閉じながら、授業で習った通りの手指のしぐさをし始める。ガデル達は釘付けになるように。遠くからその様子を見つめていた。

 しかし、自身の光を手のひらから出し始めたその光はどこか"歪"で、全体が発現すると、それは右手に「弓」、左手に「矢」の形をしていた。


「ありゃあ一体何なんだ?あんなの見たことねえぞ?」

「あいつは確か、4組の”サリル”っすよ。確かこの前の座学のテストで、学年2位だったって噂で聞いたっすよ」

「そっちじゃねえよ。あの光の話をしてんだよ。なんなんだ、あのへんな形は?」

「確かに、周りの奴らもみんな剣の形をしてるのに。よくよく考えればさっきのはどっちかというと光が”飛んできた”って感じが――」


「うわぁ、すごいやっちゃな...あれができるのは、やっぱり"才能"ってやつなんかなぁ」

 

 子分の言葉を遮るように、突然後ろからした声に三羽は驚き飛び上がった。振り返ると、そこには別の見知らぬ顔の男の天使が立っていた。


「びっくりした!誰だお前は!?」

「ああ、驚かせてすまんな。わいの名前は”マロス”。君らの先輩に当たるもんやな」


 気さくな言葉と口調で話しかける彼だが、がたいの良い方であるガデルと遜色のない背の高さと、若干とはいえその大人びた顔つきから、彼が指導役として呼ばれた上級生の一羽であることにはすぐに理解がいった。


「にしても"才能"ってのはどういう意味なんだ...ですか?」 

「ああ、緑髪の彼のことやろ?あの”弓矢”のような形、あれはきっと『形状変化』の感覚が元々身体に刻み込まれとってできたんやろうな」


『形状変化?』


 首を傾げる三羽に、マロスは答えるようにつづける。

 

「天使の光は普通、キミらや僕みたいに剣の形で発現する。これは”ほとんど”の天使にあてはまる。オファエル先生やミカエル校長だってそうなはずや」


 話しながら彼が目をやった方向にガデルたちも顔を向けると、遠くの正面玄関前で質問に答えているのだろうか、生徒と言葉を交わすオファエルの姿が見えた。

 

「そして、光はこの”石”を介してのみ発現することができるもんやから、それを自由に扱うことが難しいのは当たり前。ましてやその造形を変化させようだなんて、粒単位くらいの精密な光の操作ができないと無理な話や」

 

 話しながら、彼自身も手から引き抜くようにして光を出すと、それはなんとも滑らかで潤沢な刀身が顔を出した。ガデルのものと比較すると、普通ならば気にならないような彼の刀身の粗も、マロスのものと見比べた瞬間、それが一目瞭然と分かるようだった。


「普通の天使が学校にいる間、二十年三十年ずっと鍛錬を積んできても、できることと言えばせいぜい刀身にある粗を取り除くくらいや。まあ、これでも結構すごい方なんやで?」


 見せつけるように手で何度も撫でながら自慢げに言うマロスだが、その目はどこかやるせない感情が混ざっているようだった。


 「……でもな、ごくごく稀に。この石に触れた瞬間に、光の粒の動き一つ一つの感覚が理解できてしまうような天使が、この星上園には何羽かいるんや」


 その実例があれだと言うように、彼は目線を右奥のサリルに向けた。ガデル達も何かを噛みしめるように、再度その完璧な弓矢の形を目に刻み込んだ。


「あんなのは努力でどうこうできる次元の話やない。生まれ持った才能だとでも言ったほうが、僕らも時間を無駄にしないうちに”諦め”がつくやろ」

 

 喋りながら、自分の刀身をどこか悲しげに見つめるマロスだったが、そんな様子には目もくれずに、ガデルはあさってを向いてしゃべりだす。

 

「まあ、あれができる奴がいたところで、うちの代ではあいつくらいだろ。珍しい力を持っていてどうしても評価が高くなっちまうのはしょうがねえが、それでも俺が自前のパワーで"二番手"を取ればいいだけの話だ。な、そうだよな?」

「そうっすよ。ガデル様ならいけるっすよ!」

「ガデル様バンザーイ!」


「まあ、確かに上界に行けるのは一羽だけってわけやないしな。今年がいわゆる"豊作"の世代とかじゃなければ、君が狙える可能性も無いことはないで」


 首の後ろで手を組みながら言うマロスに、ガデルは突っかかるように不満の言葉を返す。


「『無いことはない』ってなんだよ!俺が行ける可能性が低いみたいに言うじゃねえか」

「いやいや、そんなつもりで言ったんちゃうで。けどな、今実技が始まったばっかりのときに、上界行きが確定してるやつの方が珍しいってことや。ああいう奴らのようにはね」


「ふん、『形状変化』とかなんとかができてようが、実際に戦ったら俺の方が強いに決まってんだろ」


 そう言って無理やり顔をこわばらせ、同じ様に後ろで手を組むと、そのまま近くにあった丸木のようなものに背中から寄りかかった。すると、それを見ていたガデル以外の三羽は突然顔を真っ青に変えた。


「あ、ガデル様!それはっ、」

「ガデル君、そこは危ないで!」

 

「ん?」

 なんのことか分からずにぽけっとしていると、背をもたれていた丸木が突然、一瞬にしてバラバラに崩れた。重心を支えていたものが無くなったガデルは、そのまま後ろへ勢いよく倒れた。

 

「痛ってぇ…」


 手で腰をさすりながら、ガデルが上半身を起こすと、背中側に見えたのは、粗一つ無いきれいな太刀筋で四つに切られた丸木の姿だった。後ろに広がる光景に唖然と目を落としていると、どこからか、焦って取り乱したような女声が聞こえてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい!練習用の人形にまさか寄りかかってる天使ひとがいるとはとは思わなくて…」


 顔を上げると、そこには見知らぬ顔の天使が駆け寄ってきたのが見えた。


「大丈夫?怪我とかしてないかしら……」

「あ、ああ。なんともねえ」


 紫色の髪を首元まで垂らした彼女は、ガデルの前に膝をついて腰を下ろす。


「切り傷とかできてない?ほら、腕見せて――」


 そう言って腕を取った彼女の手先を見た瞬間、ガデルは恐ろしいものを見たとでも言うように、突然悲鳴をあげながら後ろに飛び上がった。

 

「ひ、ひぃぃっ!!」

 

「ガデル様?!どうしたでやんすか?!」

「こ、殺されるかと思った…」


 尻もちをつきながら紫髪の彼女を指差すガデル。子分達がよく見ると、彼女の手先からは"何か"が伸びているのだった。


「それは、、、」

「ああ、ほんっとごめんなさい!私ったらほんとうっかりしてたわ。光を出したまんまだったなんて...」

 

 その彼女の光は、指先一本一本から鋭く細長く伸びているものを指しているのだろうか。まさかと理解が追い付かずに唖然としている三羽の後ろから突然、前のめりになって口を開いたのはマロスだった。


「嬢ちゃん、もしかしてその手から伸びてるのが、あんたの光なんかい?」

「は、はい。そうなんです。みんなと違う形だから、不安になってオファエル先生に相談したら、『特に問題はない』って言ってくれたんです」

「ほええ、どうしてそんな形になったんや?」

「このあいだ座学の教科書で見た武器がどうしても頭に残ってたんです。そしたら、いざ出そうとしたら、本当にその形になっちゃって」


――なるほど、やっぱりイメージが先行してきているのか。確かに、実技指南書に『カギ爪』についてのページがあった気もするな。誰がこんな形作れるんやって思っとったけどな。さっきの弓矢の坊主といい、まさかうちだけじゃなくこの世代も...


 指に口を当てながらそんな考え事をしていると、横から聞き覚えのある声がしてきた。

 

「おーいヨエル。そんなところで何して……ってあれ、あんた達はさっきの、、」


 見えたのは、新しく練習用の的を左手に持ったサリルの姿だった。

  

「ありゃ、君はさっきの弓矢の子やないか。まさかキミらふたりは知り合いなんか?」

 

「なんすか、その呼び方...」

「私たち、一応幼馴染なんです。サリルこいつとだなんて癪ですけど」

「そりゃこっちのセリフだわ。このおかっぱもどき」

「言ったわねぇ...」

 

 互いをにらみ合い始めた二羽。両者が同時に握った手のひらをかっぴらくと、そこから突然ピカッと光の筋が出始めた。そして各々の武器を構えるポーズをとったのを見て、そばにいたマロスが大急ぎで間に入って仲裁する。


「ほらほらほら!落ち着きなさいやふたりとも。キミらが戦闘なんか起こしたらここが大変なことになるで。せっかくふたりとも才能に溢れてるんやから、怪我なんかしたらもったいないで」


 するとマロスの言葉を聞くなり、二羽は急に光を解いて、手中に収めるように消滅させた。

 

「……ま、まあ”才能があって将来が有望”っていうんなら。しょうがないわよねぇ」

「力は無駄なことに使っちゃいけねえもんな。ここは先輩に免じて収めるとすっかぁ」


 顔を背けてそう言う二羽だが、後ろにいるガデル達の目からも彼ら二羽がにやけているのがまるわかりなほどに、その口角が吊り上がっているのが見えていた。そしてそのまま何事も無かったかのように二羽はその場を離れていったのであった。


「やっぱり今年度の子たちは良い子たちばっかりやな。

 才能に溢れてて...扱いやすい」

『……』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スターゲイザーズ itsukaichika @ichioka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ