第6羽-2

「これより実技講座を開講する。私は3組の担任をしているオファエルだ。初めての者はよろしくたのむ。それではさっそく、この授業のカリキュラムについてだが――」


 静まり返った二百数羽の生徒たちの前で、オファエルは毎度のように淡々と話し始める。彼の威圧感というのか、眉を一切動かさないほどの固さに慣れていない他クラスの生徒たちは、心なしかいつも以上に真剣な顔をしているように、各々の担任教師達には見えていた。


――やっぱりオファエルさんが授業してると違うわね

――僕の時じゃあ、あんなに真面目に聞いてくれなかったのになぁ…

――あれ、あそこの子大丈夫かしら...あの列は確か3組の...

  

◇◇◇

  

「フォルン……フォルン、寝ないで!」


 顔をうつむかせ、体育座りが崩れそうな幼馴染を、ハニエは必死に抱きかかえて支える。幸い、気付いてないのか無視しているのか、オファエルの叱責が飛んでくることは無かった。

 


 「――ということで、これより以前座学でも触れた、”光”の使い方について説明する。説明したのち、君たちにはすぐに実践を行ってもらいたい。いきなりだとは思うが、天使ならすぐに”出す”ことができるはずだ。今回は君たちの一個先輩にあたる天使たちにも来てもらったので協力してもらう」


 そういってオファエルが合図を送ると、今まで端で立っていた、彼らよりも少し背の高い天使たちが一斉に前へと歩き出てきた。


「ここに来てもらったのは、一個上の代の中でもとりわけ”光”の扱いに優れた、つまりは実技での成績が優れた生徒ばかりだ。積極的に教えを乞いに行くことも、成長には欠かせないことだ」


 彼が話している中、その後ろでは他クラスの担任達が何か重たそうに箱を運んでは、彼の横に並べていくのであった。よく見ると、その数はちょうど各クラス分置かれていることに気づいた。


「それではさっそく立ち上がって散らばってもらいたいところなのだが、その前にを配りたい。最前列の者に渡すので、次々と後ろへと回してほしい」


 そう言って彼は、足元の箱の蓋をパカッと開けた。

 

 ◇◇◇

 

「へぇ、なるほど。これが”光”か。思ったより簡単に出せるもんなんだな」

 

 自分の左手のひらから軽々引き抜くようにして出てきた輝く棒状の物体を見て、不良生徒として悪名高い彼は、柄にもなく興味を示した。オファエルによる説明はすでに終わり、生徒各々で実践する段階に移っていたのであった。

 筋肉質でガタイの良い彼に比例しているのか、周りで同じ様に"光"を発現させている生徒と比較すると、彼が出したものは平均より一回り大きいようだった。手に持った光の筋をじっと眺めていると、突然前方から二つの気配が歩き近づいて来たのだった。


「ガデル様、見て下せえ。俺たちもできましたぜ」

「でもやっぱり、ガデル様のには敵わないっすね」


 ガデルを”様”付けでそう呼ぶ彼らは、自らを彼の子分と名乗り、普段からその三羽で行動を共にしていることは、クラスメイト達にもよく知られていた。

 子分二羽の手には、同じ様に彼ら自身で発現させたであろう光がそれぞれ握られていた。

 

「にしても、俺たち天使の体に、こんな秘密があったなんてビックリっすね。なんだか急に、俺たちが戦闘民族みたいに思えてきたっすよ」

「でも、もし発現しなかったらどうしようかと思ったすよ。みんなできてるみたいだしひとりだけできなかったらをかくところだったすね」

 

「バカ、光を出すくらいできて当然だろ。なんせ、に触れてるだけでいいんだからな」


 水を差すように言い放つガデルは、胸元からネックレス状につけられた”石”を取り出した。薄く青に染まったそれは、首にかかるくらいのひもが通され、しっかりと肌に着くようにそれ以外の装飾は施されていなかった。


「『天使の石』、これに触れているだけで全ての天使が”光”を発現できるようになる石だ。原理は誰もよく分かってないらしいけどな。一説には俺たち天使の"秘められた力"を引き出しているとか」


「やけに詳しいっすねガデル様。どこでそんなこと知ったんですか」 

「バカ、さっきオファエルのやろうが話ししてたじゃねえか。聞いてなかったのか?」

 

 頭を掻きながら放った彼の言葉に、子分たちは驚きを隠せないと言わんばかりに目を丸くする。

 

「え!?ガデル様が先公の話を聞いてる?神聖な不良生徒で名をはせているガデル様が??」

「いったいどうしちゃったんすか...これじゃまるで"優等生"じゃないですか!!」

  

「うるっせぇ!おれが優等生じゃ悪いかよ。だいたいな、『勉強しなくても上界に行けるチャンスがある』ってんなら、狙いに行かないわけないだろ」

『へ?』


 口をポカンと開けてその場で動かなくなった子分たちに、ガデルは手を額に当ててまたため息をつく。


「んだよ。お前ら知らねえのかよ。最近の上界の審査の傾向だとな、座学の点数よりも実技での評価のほうが見られてるって噂なんだぜ。テストで問題が解けるよりも、”光”をうまく使えたやつの方が合格しやすいってことだよ」

 

「え、評価の割合って厳密には1:1じゃなかったんですか?」

「とするとガデル様ならチャンスありますよ。今のところガデル様より大きな光を出せてる天使なんて一羽もいませんぜ」


「ふふん。そりゃそうだ。誰もが出せることはできても、光の硬度・大きさはその者の運動能力などに比例するって言ってたからな。地元じゃ喧嘩で負け知らずの俺が、強くないわけがねえってんだ」

「さっすがガデル様!」

「一生ついて行くっす!」


 子分たちがいつものように合いの手をいれると、彼は誇らしげに顎を前に突き出し、腕を組んでその場で仁王立ちする。そんな様子を周りの天使たちは、「またか」と細い目で見ていた。


「よーし、じゃあまずは"落ちこぼれ探し"から行くか!」

「なんすか?"落ちこぼれ探し"って」

「実技で落ちこぼれてる奴を見つけに行くってことすか?でも一体なんで…」

 

「バーカ、これがすごく意味のあることなんだよ。実技の授業じゃ、これからは対人戦の練習もあるって話だ。なら、今の内により弱いやつを見つけて、そいつをボコボコにしてる姿を見せつけりゃあ、俺の評価が爆上がりになるのが目に見えるだろ」


「なるほど…それ天才じゃないすか!」

「さっすがガデル様。となればさっそく落ちこぼれとやらを見つけに行きましょうよ」


「ああ。まず最初に行くのは、、もちろん『フォ』から始まるだな」


 歪めた眉で言うガデルにならうように、子分たちも悪い顔をして「イエッサー」と答える。手に持った光はしまわず、下に傾けながら歩き出した三羽の集団を、周りの生徒たちは気味悪がり、自然と彼らの前には小さな道ができるようになっていた。

 

 目をそらす群衆の顔を一羽一羽顔を確かめるようにじっくり見つめて歩いていくなか、ある広間を支える大きな柱のを横切ったその時だった。

 

「ガデル様!危ない!!」


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