第6羽 part 4

 ガデルたちのもとから離れたところで、サリルとヨエルの二羽は各々練習を始めるわけでもなく、気持ちそっぽを向きながら話しているのであった。


「あんた、ちょっと先輩に褒められたからって調子乗ってんじゃないわよ。さっきから目に見えて浮足立ってるわよ」

「お前こそ、さっきから口元がニヤついてるぜ。かぎ爪なんかよりも、光のマスクを作ったほうがいいんじゃねーの?」


 すると、さきほど沈められた喧嘩の火はまた燃え始め、次第に互いのほうを向き、声も大きくなっていく一方であった。

 

「そんなに生意気なこと言うなら、今から一対一で決着つけてもいいのよ?なに、ビビってんの?まあ、そりゃそうよね。昔っから運動不足のあんたじゃあ勝ち目ないもの」

「お前だって一度でもテストが平均点超えたことがあったかよ?足に栄養行き過ぎて、脳の分とっとくの忘れちまったんじゃねえの?」

「何よ、実験に失敗したみたいな髪型してるくせに!」

「いったなてめえ!」


 導火線の火が火薬に届こうとしたまさにその瞬間、どこからか二羽を呼び止める大きな声が聞こえてきた。


「こらー!ふたりともやめなさーい!」

『あ、ハニエ』

  

 走り寄ってきた彼女の顔を見るなり、二羽は一秒前の勢いが嘘かのように、すぐさま胸ぐらを掴み合っていた手を離した。

 

「もう!目を離したらすぐ喧嘩ばっかりするんだから。どうやったらもうちょっと仲良くできるの?」

『だってこいつが!』

 

「ほらほらストップ!!『喧嘩両成敗』っていうでしょ。まったくもぉ...」

 

 頭を掻きながら唸るハニエ。二羽はただ口をチョキにして目をそらすだけだった。


「まあいいや。それよりも聞きたいことがあって――」


 ハニエは唐突に眉間にシワ寄せていたのを戻し、素朴な顔で聞く。

 

「"フォルン"がさっきから見当たらないんだけど、ふたりとも見てない?」

 

 すると二羽は一瞬顔を見合わせ、今まで頭から消えていたフォルンの存在を思い出すように口を開く。

 

「いや、、そういえば見てねえな」

「私も見てないわ。てっきりハニエと一緒にいるもんだと思ってたけど」


 返答を聞くなり、つい数秒前まで二羽を叱っていた彼女ハニエだとは思えないほどに、表情をうつむかせ、気が沈んだ顔を見せ始めた。

 

「そっか...フォルンったらどこ行ったんだろう...迷子になってたらどうしよう...授業中に見失っちゃうなんて...私ったら、、」

「おいハニエ、そんなに気を落とさなくても――」

 

「『幼馴染失格』だわ...」

 

 心配のあまり涙すらもこぼしそうな彼女を見て、サリルとヨエルは感慨深そうにつぶやく。


――これじゃあ幼馴染というか「姉弟きょうだい」だな

――ここまで平和な関係って存在するのね。私達も同じ幼馴染のはずなのに、どこでここまで違くなったのかしら...


 膝をついて顔を手に埋める彼女に、ニ羽も同じように腰を落として語りかける。


  

「ま、まあそんなに深刻に考えなくても大丈夫だろ。俺らなんか、互いの安否を心配したことなんて一度もないぜ」

「サリルのいう通りよ。それに、もう少し彼のことも信頼しても大丈夫だと思うわ。フォルンならきっと大丈夫よ」

 

「サリル、ヨエル...そうだね。私のほうがちょっと不安になりすぎたのかも」


 二羽の言葉に我に返ったハニエの声には、活気を取り戻し始めていた。


「ふたりとも、ありがとう。じゃあフォルンが戻ってくるまでここで待とうかな」

「ああ、それがいいと思うぜ」


 すると、ヨエルは何かを思いついたのか、その場で立ち上がり口を開いた。

 

「そうだハニエ。じゃあその間に、私としていかない?」


 ◇◇◇


 「学校で代々受け継がれてる”人形切り”っていう伝統の勝負があるのよ。一人一人のエリアに木の人形を十体ずつ配置するのね。合図でスタート地点から走って、先に自分の陣地にある人形を全部切った方が勝ち。あ、切り込みを入れるだけじゃなくてちゃんと最後まで切り落とさないとだめよ」

「わかった。とりあえず"全部切り倒せば"いいのね」

 

 ルールの確認をとりながら、二羽はそれぞれ人形が置かれた場所から、十数メートルほど離れたスタート地点に立った。

 

 二羽の会話を聞きつけた他の天使たちは、ざわざわと耳打ちをしながら周りを囲みだした。


 ――おいおい、あのハニエとヨエルが勝負するらしいぜ。どっちが勝つと思う?

 ――そりゃ"ヨエル"じゃないか?さっきから練習用の人形をバッサバッサ倒してるのを見てたか?あんなの誰もついてけねえよ

 ――私もヨエルだと思う。いくらハニエと言っても、実技にも才能があったわけじゃないみたいね。ほら、彼女の光を見て。私達と同じ"剣"の形よ。


 

 集まり始めた群衆の中には、ガデルと子分達の姿もあった。

 

「やっぱりこの勝負はあの紫髪ヨエルが有利っすかね」

「これは見物っすよガデル様。またさっきみたいにすごいことが繰り広げられるかもしれねえっす」 

「...さあな。どうでもいいわ」


「そんなこと言うて、ちょっとばかしビビってるちゃうんか~?ガデル君??」


 そう煽るように後方から顔を出したのはマロスだった。


「うっさいな!なんであんたも来てんだよ!」

「そりゃあ、からに決まっとるやろ」

「そうっすよね!あのヨエルとかいうやつの光、どういう風に使うか気になりますよね」

 

 子分が指をさしながらそういうと、マロスは首を横に振り、その人差し指を握って別の方向をさした。

 

「ちゃうで、わいが気になるのはや」


 ◇◇◇

 

「よし、じゃあ俺が合図したらスタートな。よーい....

 

ドン!」


 サリルが合図をならすと、スタート地点から目にもとまらぬスピードで走り出したのはヨエルだった。滑らかな足の運びからの力強い踏込みに、その場にいた全員の目線を集めた。ガデル達も目を奪われるように釘付けになっていた。


「なんなんすか?!あの足の速さ!?」

「人形との距離なんて一瞬で無くなったっすよ!?」

「なるほど、あそこまで脚が速ければ剣の長さが無くてもすぐに近づける」

「身体能力との相性が良い形で、実戦って意味での評価は高くなりそうやな。オファエル先生も良しと言ったわけや」

 

 十メートルという人形との距離も一気に縮まり、彼女が手振り上げる動きを一瞬だけみせると、周りにあった十数体の人形が、鋭く裂くような音とともに次々と切られていった。


「す、すごい……」

「太刀筋すらまるで見えないのに、木でできた人形が紙を破くみたいに…」


 十もあった人形は次々と倒されていき、ついに最後の一体に、彼女の爪がかかろうとしたその時だった。

 

 観衆の誰もが見ていなかったスタート地点から、突然大きな輝きが放たれたかと思うと、次の瞬間、強く光る何かが”もう一方”の人形の群れの中へとすさまじい速さで入っていった。その何かは中心あたりで一瞬止まると、次の瞬間さらに強く輝きを放った直後、その場で何かを真横に振りかざした。


 その瞬間巻き起こった風圧と強い輝きに、観ていた者は一人残らず目を瞑った。


「なんだ!?眩し!」

「一体何が起こってるんすか!?」

 

「きゃあっ!!!」

 

 

 

 数秒はかかっただろうか、吹き荒れていた場の風も収まり、やがて沈黙が訪れた頃。観衆がゆっくりと目を開けると、人形があったはずのエリアの真ん中に見えたのはハニエの姿だった。丸切りどころか、跡形もなくなった丸木の破片に囲まれるように突っ立っていた彼女の左手には、神々しくも感じるほどに強い輝きをまとった光が握られていた。

 

「ふたりのエリアのどっちにも人形は残ってない、てことは引き分けってことか...?」

「いやでも、ヨエルの姿がどこにもないっすよ?一体どこに?」


「いててて...」


 聞こえてきた声のほうを振り向くと、柱に尻もちをついて座り込んでいるヨエルの姿があった。


「おい、なんでヨエルがここで座ってるんだよ」


 ことが呑み込めないでいると、ハニエのいるほうから声が聞こえてきた。

 

「ねえヨエル。これって私とヨエル、どっちの勝ちなのかな?」

 

「...ハニエが自分の陣地の分と私の最後の人形も切ったから、


 どこか悔しくて吞み込めないような顔をしながらヨエルがそう言う。


「やった!私の勝ちぃぃー!

 ちなみになんでそんなところで座ってるの?」

「あなたの起こした風に吹き飛ばされたからよ!」

 

 両手を高く挙げながらその場で華奢に飛び跳ねている彼女の背後で、観衆たちのあごはこれでもかというほど大きく落ちていた。


 ――え、今のなに??って...

 ――あの爆発みたいな光は、ハニエの仕業ってこと?

 

「あの一瞬で...」

「あの一太刀で...十体の人形をいっきに切ったってことすか??」

「信じられねえ、、どこからあんな出力が」

 

 空いた口がふさがりきらないまま呆然と立ち尽くすガデル達三羽の横で、マロスが口を開く。


「はは、やっぱりなぁ...どこかおかしいと思ってたんや。あの子の光」

 

「どういうことだ?どっからどうみても普通の光じゃねえのか?形状変化ってやつもできるようには見えねえし」

「確かに、形は普通の剣型の光や。だがな、光ってのはもう一つ別の性質があるんや。それは、発現者の身体能力の高さに応じて、光の”質量”が増えるということ。ちょうどガデル君も体格が筋肉質な分、光の直径が一回り大きい。それはつまり、光自身の出せる力、出力も大きくなっていくんや」


「でも、あいつハニエの光は全然大きくないっすよ。ガデル様のほうがむしろでかいように見えるっすけどね」

 「いんや、よく見てみ」

 

 子分の一羽が疑問を呈すと、それを待ってたと言わんばかりに首を振り、もう一度強くハニエの方を指さした。

 

「彼女の光、ほかのよりように見えんか?」

『確かに』

「そしてプラス、あそこから何かキラキラした空気みたいなんが漏れてるのが見えるやろ?あれはきっと、”光の粒”があまりに多すぎるから、たえずあそこから放出されてるんや」

『多すぎる?』


 呼吸を合わせたように三羽は首をかしげる。


「あれが小さいように見えるんは、その密度がとてつもなく高いからや。もう少しわかりやすく言うと、あの小さい剣型の中には、異常なほどの”質量”と”数”の光の粒が凝縮されとる。あの明るさがその証拠や」


 いわれてから見ると、確かにほかのどの天使よりも、あきらかに発光のしようが目立って見えた。


「けれど、それ以上に驚いたんは、あの粒子の”漏れ”やな。最初に彼女ハニエが光を出した時からあった、わいも感じた違和感の正体や。まだ未熟ゆえに全部を凝縮できずに漏れてるってことなんやろうけど、そんな天使なんてうちの代でもその上の先輩たちでも見たことないわ」

「それって、どういう...」

「それほどに、彼女が持ってる身体的な力が強いっちゅうことや。たぶん木の人形くらいなら素手で――」


 マロスの話を聞いていくほどに、ガデル達はを思い出すように顔が真っ青になっていくのであった。

 

『....』


 彼らは心の中で静かに、そして固く、『フォルンに対しての嫌がらせいじめをやめよう』と決意したのであった。

 

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