第6話おトキ


幽霊騒ぎまで持ち出しておきながら、犯人を間違えるというシチローの体たらくぶりに、わざわざ集められた皆の怒りはなかなか収まらない。


「まったく!今まで、さんざん引いてきた『伏線』は何だったのよ!」


まるで、読者を代弁するようにてぃーだ。


「私を犯人扱いした責任とれ~!」


犯人と間違えられたみどりの怒りも当然と言える。


「もっと子豚ちゃんの『出番』増やせ~!」


「そろそろ、ビール飲ませろ~!」


後半のやつは、意味不明だ……





そんな時、松田刑事がある異変に気付いて叫んだ!


「おい!おトキさんがいないぞ!」


いつの間にか、おトキの姿が部屋から消えていた。


「しまった!逃げられたか!」


慌てて窓から外を覗くとシチローが叫んだ。


「大変だ!松田刑事のアテンザが無くなってるよ!」


「なんだとぉぉぉ~っ!あのババア~!」


「なるほど♪あのダイイングメッセージって

『ババア』のババだったんだ♪」


なんとも間の抜けたタイミングで、ひろきが納得したように頷いた。


先程まで半泣きで謝っていたおトキが、まさか逃亡を計るとは予想外だった。


「クソッ!すぐに本部に連絡して非常線を張らないと!……しかし、あまり深追いして車をぶつけられても困るな……」




新車だからね……



それにしても、一体おトキは何処へ逃げたのだろう?


「岡崎さん、何か心当たりは?」


一刻も早く、我が愛車……いや、おトキを捕まえたい松田は、何か手掛かりになる事はないかと雇い主の岡崎に尋ねてみるのだが……


「さぁ……おトキさんの旦那さんは既に亡くなっていると聞いているし、身内の方はいないみたいですからねぇ」


結局、その日は警察の懸命なる捜査にもかかわらずおトキの逃亡先に関する有力な情報は得られなかった。


松田とシチロー達は、為す術もなくおトキの捜索は翌日へと持ち越された。


そして翌日。




「わかったぞ!きっとあそこだ!」


森永探偵事務所で突然そう叫ぶシチローの声に、周りにいた三人は驚いた顔でシチローを見つめる。


「何よ、いきなり大きな声なんか出して?」


「おトキさんの居場所がわかったよ、恐らくあの場所に違いない!」


一体、どんな情報をもとにそんな事を言うのか、シチローは自信満々だった。


すると、タイミング良くそんなシチローのもとへ、松田刑事から電話がかかって来た。


『なぁシチロー。お前、おトキさんから彼女の身の上の事で何か聞いてないかな?』


おトキの情報があまり入手出来ない松田は、藁にもすがる気持ちでシチローに電話をかけてきたのだ。


「ああ~おトキさんの逃亡先ね♪オイラ達、これからその場所へ出掛けようと思ってるんだけど」


「何!お前、おトキさんの居場所がわかったのか!……ちょっと待ってろ!俺もすぐそっちへ向かう!」




自分の車が無い松田は、森永探偵事務所に着くなり、シチローの車に無理矢理乗り込んで来た。


「あそこって一体何処なんだ?シチロー?」


犯人としても全くノーマークであったおトキだというのに、何故シチローにその行き先が判るのだろうか?


シチロー達が事務所を車で出発してから、既に二時間以上が経過していた。


車は、都内から外れ、北の方角へと向かっている。


「おい、一体何処まで行くつもりなんだよ。いい加減教えてくれたって良いだろう」


松田の問いかけには、ただ「着けば解る」とだけ答えたまま、黙々と車を走らせるシチロー。


その根拠は何なのだろう?


もしかしたらシチローは、おトキと接触した僅かな時間に、彼女の言葉遣いや仕草などからある地域性を見いだしていたのかもしれない。


「え~と、ナビによるとこの辺りを左に曲がれば良いのかな?」


シチローは、車のカーナビを見ながらウインカーを左に出す。


すると、交差点を左折したその先には、陽の光を反射してキラキラと輝く海が見えてきた。


「海?」


「って事は、ここは日本海になる訳ね……」


いつの間にか、車は日本を横切るように東京湾とは反射側の日本海まで来ていた。


「それで?おトキさんはどこにいるというんだ?シチロー」


「あそこだよ♪」


日本海に面した道路を走りながら、シチローはその先にある岸壁を指差して言った。


「して、その根拠は?」


松田の質問に、シチローは胸を張ってこう答えるのだった。






「だって、追いつめられた犯人が最後にたどり着く所といえば、『日本海に切り立った断崖絶壁』だと相場が決まってるだろ♪」


「『〇曜サスペンス』かよっ!」


てぃーだが呆れたように呟いた。


「そういえばシチロー、ゆうべ真剣になってTVの『〇曜サスペンス』観ていたわね……」


「そうそう!『家政婦は見られた』って、タイトルからして犯人がバレバレだろ~ってやつね!」


子豚が思い出したようにつけ足すと、それを聞いた松田は頭を抱えてこの車に同乗した事を心底後悔した。


「おい、シチロー……車を停めろ」


「えっ?だって、もうすぐ着くのに……」


「時間の無駄だ!まったく、こんな所まで車で来ちまって……一日丸潰れじゃねえか!」


松田は、後部座席でぶつぶつと文句を言うが、シチローはそれを聞き流しているようである。


「おい!止まれって言ってるだろっ!端に寄って車を停めろ!」


「うぐっ!…く…苦しい……」


後ろから首を締めようとする松田の暴挙に遭い、シチローはたまらずその場に車を停めた。


「わかった!わかった!ほらっ、車は停めたよ!」


「お前は一体、何考えてやがんだ!こんな所におトキさんがいる訳が……












…………あるかも……」


松田がシチローに説教をしようとしたその刹那、道路の脇に停まっていたシチローの車を、おトキの運転する青いアテンザが颯爽と追い抜いていくのが見えた。


「あれは!」


「おトキさんだわ!」


「俺の車だ!」


おトキの運転するアテンザは、その先にある崖への入口へと向かって行った。


「追えっ!シチロー!」


まるで、飼い犬に投げたボールを取りに行かせるみたいな命令口調で、シチローをけしかける松田。


「なんだよ……さっきは停まれって言ったり、今度は追えって言ったり…」


今度はシチローがぶつぶつと文句を言いながら、再び車を発進させアテンザの後を追う。


この地域のちょっとした観光名所でもあり、また自殺の名所でもある、この日本海に切り立った断崖絶壁の崖。


シチロー達がそこにたどり着いた時には、おトキは車から降り、その崖の先端に立ち尽くしていた。


「おトキさん、あんな所にいるよ……まさか、飛び降りたりしないだろうな……」


車から一斉に降りたシチロー達は、今にも崖から飛び降りそうなおトキの方へと駆け寄って行った。


「早まるんじゃな~い!おトキさん!」


「俺のアテンザ!無事で良かったぁ~!」


若干、一名程は優先順位が違うようだ。


まさか、こんな場所にまで追っ手が来るとは夢にも思わなかったおトキは、シチロー達の姿を見て大層驚いていた。


「あなた達!どうしてこの場所がっ!」


「ってか、おトキさんこそどうしてこんな場所にいるんだ!」


「私?…私はゆうべ車に付いてるTVで『〇曜サスペンス』を観て……」


やっぱり……


愛車の無事に満足した松田刑事も加わって、五人でおトキを取り囲むが、崖を背にしたおトキにはそれ以上近づく事が出来なかった。


「それ以上近づいてごらんなさい!私はここから飛び降りますよ!」


自らの身を人質にして、おトキが最後の抵抗を試みていたからである。


「どうしよう……これじゃ、手が出せないよ……」


困り果てるシチロー達。


「おトキさん!諦めて自首しようよ!そんな事をしてたら家族の方も悲しむよ!」


「ちょっと、ひろき!おトキさんには身内の人がいないって、岡崎さんが言ってたわよ!」


「ああ~そうか~♪

それじゃあ、悲しむ人なんていないね♪コブちゃん」


「でも、もし死んじゃったら、お葬式とかどうするのかしらね?」


「海に落ちたら、遺体も揚がるかわからないでしょうしね……」


ひろきの言葉をきっかけに、てぃーだまで加わっておトキが死ぬ事を前提にした話を始め出す。


「こらっ!そこの三人!縁起でも無い話をするんじゃない!」


こんな事では埒があかない。


そこで、松田は四人を呼び寄せ、囁くような声で作戦を立て始めた。


「いいか。俺がおトキさんの注意を引くから、お前達はその隙をついて彼女を捕まえるんだ!」


「一瞬の勝負ね……失敗は許されないわ……」


自然と五人の表情は引き締まり、その目はおトキへと向けられる。


(それじゃ、いくぞ!みんな!)


松田がそんな意味合いの軽い咳払いをすると、シチロー達はそれに気付いているのか、緊張した顔で更におトキを見据えていた。










「あっ!!あんな所に『空飛ぶ豚』がいるぞ!」


「えっ!どこ?何処?ドコにいるの?」


「お前らが引っかかってど~すんだよ!おいっ!」


松田が指差す空をキョロキョロと見回して『空飛ぶ豚』を探すシチロー達に、松田が思いっ切りツッコミを入れた。


「ホッホッホッ♪

そんな子供だましな方法に私が引っかかるとでも思っていたの?」


勝ち誇った表情で声高々に笑い声を上げるおトキ。


確かに、子供だましと言われれば、その通りである。


松田刑事は、恥ずかしさのあまり顔を紅くしてその場で俯き、それに引っかかったシチローと子豚とひろきも、バツが悪そうにお互いを見合っていた。


しかし、次の瞬間。








「あっ!!

向こうの岬に『〇曜サスペンス』でお馴染みの

『船越英一郎』が居るわっ!」


「えっ!!どこ?ドコに居るの?」


今度はてぃーだが発したその言葉に、おトキが猛烈に食いついた!


「今よ!みんな!」


「それ~~~っ!」


すっかり隙だらけのおトキめがけて、シチロー達の手が伸びる。


「さあ!捕まえたぞ♪

おトキさん♪」


「あぁ~。今のはあまりにリアル過ぎて、つい目がいってしまったわ……」


おトキ、無事に獲捕!

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る