第5話自白


「ちょっと待ってよ!全部憶測じゃないの!…

私が犯人だと言うなら、もっと決定的な証拠見せてよ!」


素直に罪を認めるかと思えたみどりが、意外にもそんな事を言いだした。


「え~い!まだシラを切るか!…この『桜吹雪』がぁ~…」


「またそんなもん描いて来たのかよ……コブちゃん……」


呆れたような顔で子豚の方を見た後に、シチローは松田刑事をチラリと見やった。


(やっぱり、そう来たか……全く厄介な事件だぜ)


幾つもの殺人事件に携わっている松田は知っていた。


映画やドラマと違い、現実の殺人事件の犯人というのは簡単には『自分が殺した』などとは言わない。


それは、殺人という犯罪に対する刑期の重さがあるからである。


何しろ、よほどの事でも無ければまず執行猶予など付かない。


通常十年以上もの長い刑務所生活が科されるのである…現在、青春真っ只中のみどりが再び実生活に戻れるのは少なくとも三十歳を過ぎてからなのだ。


被害者への良心がどうのこうのという『きれいごと』では割り切れないのが人間の心の現実なのである。


しかも困った事に、シチローが今まで提示してきた推理は全て状況証拠である。


本人の自白が無い場合、指紋やDNA鑑定という決定的な物が無ければ、裁判でみどりを有罪にする事は極めて難しいのだ。


松田がシチローに耳打ちした。


「どうするシチロー?

こっちにある物的証拠といえば小島みどりの靴くらいな物だが、殺人の決定的な証拠にはならないぞ」


しかし、焦りを見せる松田に対してシチローは余裕のある表情で松田にだけ聴こえる声でこう答えた。


「決定的な証拠ね~

……それなら『証人』がいるよ。あの事件の瞬間を一部始終見ていた人間が」


「何!そんなバカな!

…一体誰なんだ、その人間ってのは?」


驚く松田に対して、シチローはとんでもない名前を口にした。








「それは、あの事件の当事者。『小島みどり』そして『岡崎美佳』だよ!」



「はぁ…何言ってんだ?お前……」


そんな事は当たり前である。


松田は、怪訝な顔でシチローの額に手を当てながら、首を傾げていた。







シチローと松田が馬場よしこを連行する為、大学に行った際、張り込み中にアンパンと牛乳を買いにシチローが席を外したあの時間。


シチローは大学の生徒に小島みどりの聞き込みをすると共に、ケータイで岡崎邸にいるてぃーだに連絡を取っていた。




☆☆☆


「え~~っ……そんな作戦、本当に上手くいくのかしら?シチロー…」


「いや、ティダの演技力をもってすればきっと上手くいくさ♪

何しろ、今の証拠だけじゃ彼女を有罪には持ち込めないからね……」


「まぁ、とりあえず準備の方はしておくわ……」


「頼むよティダ。

事件の解決は君の演技にかかっているんだ!」




☆☆☆



シチローがてぃーだに何を指示していたのかは、その後すぐに判る事となる。


いつの間にかすっかり陽は暮れて、屋敷の外は真っ暗になっていた。


当然、シチロー達のいる岡崎邸のパーティールームには照明が灯されていた訳だが……

突然、その照明全てが消えてしまい、室内は一瞬にして闇に包まれてしまったのだ。








フッ……




「何?」



      「停電?」



「停電だ!」





 「何も見えないわ!」




「灯りは無いのか!灯りは!」




突然の停電に、部屋にいた皆が口々に騒ぎ出した。


この家の主人、岡崎は、慌ててお手伝いのおトキに非常用の懐中電灯を持って来るように指示をする。


「おトキさん!これじゃ何にも見えんよ!何か灯りを持って来てくれっ!」


「ハイ!ただいま持って参ります!」


暗闇の中、手探りで一旦部屋の外へ出て行ったおトキは、災害時用の懐中電灯を何本か抱えながら、そのうちの一本のスイッチを入れて足元を照らしながら再び部屋へと戻って来た。


「お待たせしました。

旦那様、こちらをど……………」


「ん?どうしたんだ

おトキさん、そんな驚いた顔をして?」


岡崎に懐中電灯を渡そうと目線を足元から上に移したおトキの顔から血の気がすぅっと消え失せていた。


「あわわわわ……あ…あ…あ…」


ガクガクとあごを震わせながら、岡崎の後ろ側の壁の方を指差すおトキ。


その壁を差す指でさえもガタガタと震えている。


「一体どうしたっていうんだ?」


「旦那様……う…うしろ……」


「後ろ?…後ろがどうしたって?」


不思議そうな顔で後ろを振り返る岡崎とその他の招待客は、次の瞬間、その有り得ない光景に絶叫した!


「ぎゃあああぁぁぁ~~~~~~~~っ!」





「ウ~~ラ~~メ~~シ~~ヤ~~~」




「み、美佳!!」




そこには、殺されたはずの岡崎美佳が立っていた。


暗闇に浮かび上がるその顔は青白い明かりに包まれ、胸にはナイフが刺さったまま、血で真っ赤に染まっている。


「よぉ~く~も~あ~た~し~を~こ~ろ~し~て~く~れ~た~わ~ね~」


俯いた顔から目だけをギラつかせたその表情は怨みに満ちていて、あの明るい美佳とはまるで別人の様であった。


「ひっ!ひぃぃ~!」


親である岡崎夫妻でさえ、そのあまりの恐怖に堪えきれず両手で自分の頭を抱えながらその場にうずくまっていた。


この中で平静を保っていられたのは、シチローだけである。


(さすがはティダ。本当に美佳さんの幽霊が出たみたいだよ……)


そう……ここに立っている美佳の幽霊は、特殊メイクを施したてぃーだの熱演である。


すべては自白を拒む小島みどりに罪を認めさせる為に、シチローの仕組んだ作戦であった。




名付けて

『死人に口あり大作戦!』



「あ~た~し~を殺したって~どうして言わないのよ~~!

あ~な~た~自分だけ~助かろうなんて~ムシが良すぎるのよ~~!」


充血して真っ赤になった目を剥き出し、髪を逆立てて怒りをあらわにするてぃーだ。


その迫力に圧倒される招待客達。このままでは、みんな呪い殺されてしまうのではと思ってしまうくらいだ。


「ナンマンダブ。ナンマンダブ。……美佳さん、私は関係無いのよ……どうか呪うのは犯人だけにしてちょうだい……」


チャリパイの中で唯一事情を何も聞かされていない子豚は、両手を合わせてぶつぶつと念仏を唱えている。


(ムシシ♪コブちゃん、怖がってる♪怖がってる♪)


その子豚の後ろで、イタズラ小僧のようにほくそ笑んでいるのはもちろんシチローであった。


(さて、怖がらせるのはこれ位にして、そろそろ仕上げに持ち込もうかしら)


やがて、てぃーだがひろきとあらかじめ決めておいたサインを送ると、停電の間に仕掛けておいたロープをひろきが思い切り引っ張った。



ヒュウウゥゥ~~


「うわあぁぁぁ~~っ!宙に浮いたぁぁ~っ!」


「さぁ~~!正直に白状するのよおぉ~!さもなければ~あたしぃ~あなたの枕元に~毎晩化けて出て来るからね~~っ!」


招待客達に覆い被さるように宙を舞いながら迫りくるてぃーだ!


恐怖におののく招待客達の絶叫が、夜の屋敷にこだました!




「ぎゃあああぁぁぁ~~~~~~~~~~っ!」





「ひぃぃ~っ!

ごめんなさいお嬢様!

仕方が無かったんですぅぅぅ~~~!」













「え・・・・・・?」







てぃーだの目が点になった。


「あの…おトキさん……今、なんておっしゃいました?」


「美佳お嬢様を殺したのは私です!本当にごめんなさい~~!」


「・・・・・・・・・」


まるで、ランチにカレーを注文したのに、パフェを出されたお客のような表情で、一斉にシチローの方を振り返る松田刑事と招待客達。


「おい、シチロー!これはどういう事だ?」


「いやぁ~♪」


反省の色など微塵も感じられない満面の笑顔で、ひたすら頭を掻いているシチロー。


「笑ってごまかしてんじゃねぇよ!」


「今までさんざん解説してきた推理は何だったんだよ!」


「ここまで来て、探偵が犯人間違えるなんてありえね~だろ!」


「だから私は犯人じゃ無いって言ったでしょ!」


部屋の電気が点いた途端、全ての招待客と松田からシチローに対する怒涛のバッシングが浴びせられた!


幽霊の特殊メイクを剥がしたてぃーだが、呆れ顔で呟いた。


「もう……シチロー………………最悪………」





やはりここでもシチローは、『名探偵』では無く『迷探偵』だったようである……



真相はこうである。


あの夜、岡崎美佳と小島みどりの間にちょっとしたイザコザがあったのは本当の事であった。


自分のシューズデザインのセンスを美佳にけなされた小島みどりは、その時美佳に対して大いなる怒りを抱いていた。



しかし……



それが殺人に発展する事は無かったのだ。


みどりは、美佳の頬に平手打ちを食らわせると、走って美佳の部屋を出て行ってしまったからだ。


おトキが美佳の部屋へやってきて、あの不幸な事件が起きたのは、それから十数分後の事であった。


ちなみに。






小島みどりが犬のウンコを踏んだのは、シチローの推理の通りである。




















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