第4話新展開

シチロー達が小島みどりの通う大学をあとにして、その足で再び岡崎邸に戻ると、そこでは

松田刑事が興奮した様子でシチロー達の事を待っていた。


なんと!松田は、犯人が解ったと言うのである。


「おい!事件の夜屋敷の外で『バカデカイ女』が逃げていくのが目撃されていたぞ!犯人はきっとそいつだ!」


美佳の殺害現場には、28センチの大きさの靴跡が残っていた。


てっきり犯人は体の大きい男だと決めつけていたものの、『バカデカイ女』がそこに居たとすれば、犯人は男とは限らない。


「しかし『バカデカイ女』なんて、パーティーに来てたのかな…?」


シチローは、松田に渡された招待客リストをパラパラと捲り、該当者らしき名前を探す。


「それが、いたんだな♪…岡崎夫人と浮気してた馬場社長に同行していた娘の『馬場よしこ』が

身長180センチもある」


「げっ!女で180センチ!……そりゃあデカイ!」


「きっとそのコ、周りの友達から『ジャイアント馬場』って呼ばれてたんじゃない?」


子豚が、笑ってそんな冗談を言った。


「そう、足もジャイアント!しかも『馬場』だし、現場の手掛かりにピッタリと合う。


それともう一つ……彼女は殺された美佳さんと同じ大学に通っていた!」


松田はもう犯人は確定したかのような口調で、

自慢げに解説を始めた。


「どうだい♪『名探偵』のシチローさんよ♪

これが探偵風情と警察組織の捜査力の差というものだよ…すまんな、

これで『チェックメイト』だ♪」


「うぅ………」


高笑いする松田の皮肉たっぷりの言葉に、思わずたじろぐシチロー。


「これはもう、本命間違いなしだね♪」


ひろきまでもが、松田の勢いに乗っかりそんな事を言う始末である。


「よしシチロー!今から馬場よしこを連行しに、彼女の大学まで行くぞ!」


「え~~っ!

その大学ならさっき行ってきたばっかりだよ…

行きたきゃ、松田刑事

ひとりで勝手に行けばいいだろ!」


松田刑事に天下を取られ、面白くないシチローは口を尖らせて文句を言った。


「文句言わない!

『一般市民』が警察に協力するのは当然の事だ♪」


今や完全に天狗になっている『チノパン刑事』には逆らえない。


シチローは、渋々、松田刑事との同行を承諾した。


「じゃあ~私達は、岡崎邸に残ってご馳走でも頂いてるから、シチロー頑張ってね」


満面の笑顔でシチローを見送る薄情なエージェントを横目に見ながら、膨れっ面のシチローは松田と共に大学へと向かったのだった。



「さっ♪乗った乗った!行くぞ!シチロー!」


松田は、自分の車の運転席の窓から、トボトボと歩くシチローを急かした。


「これ、松田刑事の車なの?……『松田刑事』だから車もマツダってのは、ひょっとしてダジャレ?」


松田が乗っていたのは、マツダの青いアテンザだった。


「くだらない事言ってないで出発するぞ!

今からなら大学の下校時間に間に合う!」


名前が松田だからマツダ車というのは、どうやら図星らしかった。


松田刑事のちょっと気恥ずかしそうな横顔が、それを表している。


殺人事件には、動機が必要である。


現場に残されていた大きな足跡と、血文字の

『ババ』は良いとして、馬場よしこが美佳を殺すに至った動機はあるのだろうか?


「ところで松田刑事…

馬場よしこが美佳さんを殺す動機については、何か調べてあるのかい?」


もしも、調べていないなんて答えようものなら、思いっきりバカにしてやろうと、シチローは運転席の松田に尋ねてみた。


ところが、シチローのそんな質問に松田は落ち着きはらってこう答える。


「動機?…それなら簡単、いわゆる『嫉妬』というものだよ♪」


「嫉妬?」


「そう!岡崎美佳も馬場よしこも、いわゆる

セレブのお嬢様だが……大学での二人の人気は

随分と差があった。

美しい容姿でありながらも、大学で漫才コンビを結成する程の親しみやすい性格な美佳に対して、身長180センチの威圧的な体に性格もちょっとキツイ馬場よしこでは、美佳の方に人気が集中するのも無理はない」


「なるほど……嫉妬ねぇ……」


しっかり動機まで調べていた松田刑事に、心の中で舌打ちをするシチロー。


そんなやり取りをしているうちに、車は馬場よしこの通う大学の前へと

到着した。


松田は、大学の正門が見える道路端に車を停めて、馬場よしこが現れるのを待った。


「ところで腹が減ったな……

シチロー、近くのコンビニで『あんパンと牛乳』買って来てくれ!」


張り込みには『あんパンと牛乳』と相場が決まっているらしい。


「自分で買ってくればいいだろ!何でオイラが

パシリしなきゃならないんだよ!」


「俺は馬場よしこを見張ってなければならないからな♪

一般市民が警察に協力しないと『公務執行妨害』でしょっぴくぞ♪」


「チェッ!職権乱用だろそれっ!」


先程から、松田にいいように利用されているだけのシチローは、ふてくされながら車から降り、コンビニの方へと歩いて行った。


一人車内に残った松田刑事は、煙草に火を点け

ゆっくりと煙を吐く。


「さぁ、真犯人のよしこちゃん~早く出て来てくださいな」



☆☆☆




「遅いな……」


松田は少しイラついたように煙草を灰皿に押し付けた。


あれから、一時間近くが経とうとしているが、

馬場よしこの姿は見えない。


それに加えて、コンビニに使いにやらせたシチローまでもが、まだ帰って来ていなかった。


「シチローの奴、いつまでかかってやがんだ……コンビニなんてすぐ近くにあるだろうに!」


そう言ってルームミラーをチラリと覗くと、車の後方20メートル程の所をダラダラと歩くシチローの姿が確認できた。


「遅いぞシチロー!

何やってやがった!」


「いやあ~♪

今日、ジャンプの発売日だったんで立ち読みしてました♪」


「なっ!立ち読みって…お前、張り込みをナメてんのか!」


「だってオイラ『一般市民』だから♪

張り込みは警察の仕事でしょ♪」


松田のイラついた顔を見ながら、嬉しそうにあんパンと牛乳を松田に渡すシチロー。


「クソッ……」


舌打ちして、ふと大学の門に目を移した時だった。


「おっ!見ろ、馬場よしこが大学から出て来たぞ」


二人の表情が変わった。


「ホントにデカイな!」


大学の正門から出て来る馬場よしこの大きな体型は、遠目に見ても充分に確認出来る程だ。


馬場よしこは、隣を歩いている学生と、何やらお喋りをしながら、

シチローと松田の乗った車の横を通り過ぎた。


「あれ?馬場よしこの隣にいるの、みどりさんだったな…」


「みどりというと、あの夜、パーティーに来ていた小島みどりの事か?」


「そう………まぁ、二人共美佳さんの友達だったんだから、一緒に歩いていても不思議ではないか……」


そう呟いて、二人の後ろ姿を眺めているシチローの肩を、松田がポンと叩いた。


「じゃ、シチロー君。

馬場よしこを連行して来たまえ♪」


「ええっ!何でオイラが行くんだよ!」


「刑事の俺が行ったら、相手が警戒するだろ!

最後まで彼女には油断していてもらう必要があるんだ!」


そんなもっともらしい事を言う松田刑事に内心呆れながらも、シチローはある事を条件に松田の

指示に従う事にした。


「松田刑事、どうせだったら隣にいるみどりさんも連行しよう!

さっきはあまり話が訊けなかったからね」


「ん~…連行するのは馬場よしこだけでいいんじゃないのか?どうせ犯人は馬場よしこなんだから……」


「だったら行かない!」


「なにを!警察に協力しない気かっ!」


「容疑者を連行するのは警察の仕事だろ!何で

オイラが行く必要があるんだ!」


実を言うと、松田は今時の若い女子というものが苦手だった。


つい先日も、聞き込みをした女子高生に自慢の

チノパンをバカにされたばかりだ。


「わかったよシチロー……小島みどりも一緒に連行してくればいいさ…」


そして話がまとまり、いざシチローが助手席のドアを開け、外に出ようとした……その時だった。






「あっ!!」


「どうした!気付かれたか!」
















「みどりさんが

『犬のウンコ』踏んだ…」


「やっぱりダメだっ!

小島みどりは車に乗せない!」


マツダの青い『アテンザ』は、松田刑事が

3年ローンで先月購入したばかりの、ピッカピカの新車であった。


「何だよ!さっきと話が違うだろっ!」


「だって、犬のウンコだぞ!買ったばかりの愛車が汚れる!」


「そんなのは洗えば落ちるだろっ!」


小島みどりを連行するかどうかで、運転席の松田とドアの外のシチローが言い争いを始めた。


何しろ、買ったばかりの新車という事で、松田は頑としてみどりの乗車を拒否していたが……

ひょんな事からその事態は変わった。


「あれ?みどりさん、脇の店へと入って行ったぞ?」


みどりの行動を目で追ったシチローと松田が、そのまま視線を上に向けると、そこには靴のブランド名が並ぶ看板があった。


「どうやら新しい靴を買うみたいだな……」


そして数分後。


みどりは新しい靴を履いて出て来た。


手には、先程まで履いていた靴を摘むように持っていたが、店の外に出るとすぐに、その靴を大学のそばに設置されていたゴミ箱へと捨ててしまった。


「あ~あ~もったいない……洗えばまだ履けるのにな……」


「さすがはセレブのお嬢様だね。犬のウンコの付いた靴は、もう二度と履きませんってか」


「もしコブちゃんがここに居たら、絶対あれ拾って帰るよ♪」


ゴミ箱に捨てられた靴を見ながら、シチローが笑いながら言った。




☆☆☆




子豚といえば、岡崎邸に残ったあの三人は今頃何をしているのだろうか。



ワン♪



「じゃあ~ジェロニモ。次は、このボールを取って来るのよ!それ!」


「チャリパイの三人は、岡崎邸で食事をご馳走になったあと、庭で岡崎家の番犬『ジェロニモ』と遊んでいた。


ハッ…ハッ…


「エライ、エライ♪はい~ご褒美♪」


てぃーだの投げたボールをくわえて戻ってきた

ジェロニモの頭を、ひろきが満面の笑顔で撫でながら、ビーフジャーキーを与える。


「あれ?食べないでどこかにくわえて行くわよ…」


「どこ行くのかしら?」


三人がジェロニモを追いかけると、その先には庭に掘った穴に犬が集めた『宝物』が埋まっていた。


「ゴムホースに、ジョウロの先に、ボールに、植木鉢…ジェロニモの宝物ね……」


「私、この靴貰っちゃおうかしら♪」


ジェロニモの宝の中にあった靴を拾い上げ、子豚が無邪気に顔の横に並べて微笑む。


「コブちゃん…それ、

ウンコ付いてるみたいだよ…」


「ぎゃああああ~~っ!」


子豚が絶叫して放り投げた靴を、てぃーだがつまみ上げて呟いた。


「いったい誰の靴かしらね…」








「さぁ、二人共、降りて降りて♪」


岡崎邸に着いたアテンザから真っ先に降りたシチローは、ホテルのドアボーイのように後部ドアを開けて、馬場よしこと小島みどりをエスコートする。


「あの……探偵さん、私達大学の帰りだったからこんな服だけど、構わないのかしら?」


車から降りた馬場よしこと小島みどりは、少し心配そうに自分達の服装を見渡している。


「いやいや、全然OKだよ。気にしない、気にしない♪」


どうして二人が自分達の服装など気にするのかというと、それは、シチローが二人を車に乗せる為についたデマカセに関係があった。


『実は今日これから、

岡崎邸で美佳さんをしのぶ会が催されるそうなんだ……美佳さんがあんな殺され方で亡くなってしまったものだから、岡崎さんとしても、あまり大それた葬儀などは行わないらしい。それでも、美佳さんに縁のある人達を集めて、こんな形で故人をしのぼうという訳だよ。』


岡崎邸に来たのは、馬場よしこと小島みどりだけではなかった。


庭に停まっていた白の

メルセデスCクラスから降りて来たのは、馬場よしこの父親であり馬場建設の社長である馬場芳郎と、経済評論家の羽葉康文の二人だ。


「あれ?お父様も『美佳をしのぶ会』にお呼ばれになったの?」


見覚えのある車から降りて来た父親に、馬場よしこが駆け寄り話しかけた。


「美佳ちゃんをしのぶ会?……いや、俺は刑事さんから『犯人がわかった』と連絡を受けてここに呼ばれただけだが……」


腑に落ちない顔でシチローの方を振り返る馬場よしこに、両手を合わせて“ゴメン”とジェスチャーを送るシチロー。


「いやあ~、嘘をついてごめんなさい!君達にはどうしても来て欲しかったものだから!」


「いや、シチロー君の言った事もまんざら嘘とも言えないさ。

やはり、真犯人を逮捕してこそ、殺された美佳さんも安心して成仏できるってもんだよ」


隣の松田が、そんなこじつけを言ってシチローのフォローにまわった。


岡崎邸に呼ばれていたのは、馬場親子に羽葉、そして小島みどり、その他にも、あの夜パーティーに出席していた招待客の何人かがこの場所に集められていた。


「それで、犯人は一体誰だったんです?刑事さん!」


招待客達の注目を一身に浴びて得意そうな松田刑事は、ざわつく招待客を片手を挙げて静かにさせた。


「え~。皆さん!本日はわざわざお呼び立て申し訳ありません!

地道な捜査の末、ようやく犯人の目星がつきましたので、皆さんにご報告申し上げようと思い、こうして集まって頂いたしだいであります!」


松田は、まるで刑事ドラマの主役を張るベテラン刑事のように、腕を後ろに組んで招待客の間を縫うように歩きながら、自らの推理を語り始めた。


「まず最初に……犯人は、オートロックの美佳さんの部屋の中に難なく入れた事からも、美佳さんが知っている人物の可能性が高い……

つまり、ここに呼ばれた皆さんが容疑者だった訳です!」


招待客達は、互いに顔を見合わせて牽制しあった。


「つまり、この中に犯人がいるって事か!」


招待客の誰かのそんな問い掛けに、松田はニンマリと笑みを浮かべて答えた。


「その通り!犯人はこの中にいます!」


そして、さらに続けた。




「現場には28センチの靴跡が残されていた……随分と大きなものだ。

当然、体も大きいに違いない……この中で、その条件に当てはまるのは?」


招待客の視線は、身長

180センチの馬場親子、そして、身長179センチの羽葉に注がれた。


「そう!そこの3人!

だいぶ捜査対象が絞られてきましたね♪」


まるで犯人当てのゲームでもしているように、楽しそうに微笑む松田。


「殺された美佳さんは、死ぬ間際『ババ』というダイイングメッセージを残していたが、読み方によっては『ババ』とも『ハバ』とも読める……つまり、この条件にもこの3人が当てはまる訳だ♪」


「冗談じゃない!俺は、犯行があったという8時頃、岡崎夫人と一緒にいたというアリバイがある!……この間、刑事さんに話したじゃないですか!」


「私だってその時間は、岡崎さんと談笑をしていたんだ!」


馬場芳郎と羽葉康文の二人が堰を切ったように反論を始めた。


そのアリバイは、捜査が始まってすぐに確認の取れている事項である。


松田は、二人に掌を見せながら『落ち着いて、落ち着いて』とジェスチャーをしてみせると、最後の仕上げにかかった。


「聞き込みによると……あの夜、丁度犯行のあった時間のすぐ後に岡崎邸の庭の外で、妙に落ち着かない様子で帰って言った挙動不審な長身の女性の姿が目撃されていました」


「まさか!」


馬場芳郎が驚いたように我が娘のよしこを見つめた。












「そうです!犯人はズバリ……

『馬場よしこさん』君だ!」


ビシッと指先を馬場よしこへと向ける松田刑事。


「私…ですか?」


キョトンとした表情の

馬場よしこ。


まるで、寝耳に水といった様相であるが、本当のところはどうなのだろうか?


「そうだ!とぼけても

ダメだぞ!

…『血文字の[ババ]』そしてバカデカイ女を見たという目撃情報…そしてこれが決定的だ!

さぁ、現場にあったのと同じ大きさのこの28センチの靴に君の足を合わせてみなさい!」


松田刑事は、まるで

『シンデレラ』の王子様のように、馬場よしこの足元に用意した靴を置き、足を合わせるように促した。


しかし、童話のシンデレラと違う所は、この靴が幸せに結び付く物では無いという事だ。


「さあ!早くこの靴に!」







「さあ!早く!」












「さあぁぁっ!」





松田刑事に何度も促され、仕方なく覚悟を決めた馬場よしこは、自分の片足の靴を脱ぎ、ゆっくりと松田の用意した靴に爪先を差し込んだ。


「これでいいの?」


「ほら♪見事にピッタリ……合わない………

…ん?合わない?」


それを見たてぃーだが、すかさず馬場よしこに尋ねる。


「よしこさん、失礼ですけど足のサイズはいくつ?」


「『29センチ』だけど!」


『シンデレラ』の足は、ガラスの靴に合う事は無かった。


馬場よしこの足は、松田の用意した28センチの靴には収まりきらなかったのだ。


「どんだけデカイんだ!」


この事実により、松田の推理は見事に崩れ去ってしまった。




☆☆☆





「何が『ピッタリ』だ!全然犯人じゃないだろ!」


「俺の娘が犯人な訳ない!」


「なんだよ…わざわざ来たのに…」


皆の批判が松田刑事へと集中した。


松田はといえば、先程までの自信満々な態度とは打って変わって、肩をすぼめて小さくなっていた。


(なんだよ…たかが1センチ位、大目に見ろよ……)





そういう問題でも無いと思うのだが……



わざわざ呼び出された挙げ句の見込み違いである。


すっかり興ざめしてしまった招待客達は、ぶつぶつと文句を言いながら

松田刑事に背を向けて

散り散りになろうとしていた。



その時である!




「皆さん!帰るのはまだちょっと早いですよ!

…ここに【名探偵】がいるのを忘れてませんか~♪」




岡崎邸のパーティールームに響き渡るその声の主は、もちろん……








「真打ち、名探偵シチロー登場!」




☆☆☆



本当ならば、かの名探偵シャーロック・ホームズのようにパイプでもくわえていれば格好良かったのに…などと思いながら、シチローは煙草の煙をゆっくりと吐いた。


「皆さん……松田刑事が言ったように、犯人はこの中にいます。

…が、馬場よしこさんではありません」


「じゃあ、犯人は一体誰なんだ。探偵さん!」


一度は帰ろうとした招待客達は、再びシチローの周りに集まり、興味深い表情でシチローの次の言葉を待った。


「実は、さっき松田刑事と馬場よしこさんの大学へ行った時、オイラは

美佳さんの事について

学生達に色々と聞いて回っていたんだ」


「えっ?お前、コンビニで少年ジャンプ立ち読みしてたんじゃなかったのか?」


驚く松田。


シチローが松田に頼まれたアンパンと牛乳を買いに行ったまま、一時間も帰って来なかったのは、そういう訳だったのだ。


「その時、オイラの中で引っかかっていたこの事件に関わる謎が、全て解き明かされたんです。

……パーティーの騒ぎに紛れて、岡崎家のひとり娘『岡崎美佳』さんを殺した犯人は……」


「この殺人事件の犯人は…ズバリ!









小島みどりさん、君だ!」


「なんだって!!」


シチローが口にした、

思いもよらない犯人の名前に、招待客達は驚きを隠せなかった。


中でも一番驚いていたのは、松田刑事だ。


なぜなら彼の中では、小島みどりなど捜査の対象にさえならない存在でしか無かったからに他ならない。


「ちょっと待て、シチロー!彼女が犯人な訳が無い!

……『ダイイングメッセージのババ』『28センチの靴跡』そして、屋敷の外で目撃された『長身の女』……

それらの手がかりが何ひとつ合ってないじゃないか!」


松田の言う事はもっともである。


招待客達も、松田に賛同していた。


28センチの足型などとうてい持たない、どう見ても小柄な体型の小島みどり。血文字の『ババ』にも全く関連が無さそうな彼女が、どうして犯人だと言えるのだろうか……


「そう。一見、彼女は事件に全く関係が無いように感じられます…

それ故に、この捜査は難解を極めた!

…では、ひとつずつ順を追って説明していきましょう」



シチローは、手始めに小島みどりにこんな質問を投げかけた。



「みどりさん、アナタは大学で美佳さんと、ある漫才コンビを結成し、学内で時々漫才ライブを披露しては、学生達を楽しませていた。

その漫才コンビの名前を教えて貰えませんか?」



「美佳と組んでいたコンビ名は『ハチハチ組』です」




素直にシチローの質問に答えたみどりに、シチローは“ありがとう”と微笑むと、再び、招待客の方へと向き直った。




「そう。この『ハチハチ組』…これは、美佳さんとみどりさんが揃って

88センチのバストを持っていた事から付けられた名前なのだそうですが、この『ハチハチ』を漢字に直すとこうなります」




   『八八』





シチローは、前もって用意していた白いボードにマジックで大きくそう書いた。


「こ、これは!」


「美佳さんが死ぬ間際に書いたというダイイングメッセージは『ババ』でした。

しかし、この濁点についてはナイフで刺された際に飛んだ血しぶきかもしれないという指摘もありました……

つまり、『ババ』かもしれないし『ハハ』かもしれない…」


「まさかあれが漢字の『八』だったとは……

いや、それは気付かなかった」


岡崎が、感心したように頷いた。


「オイラも最初は気付きませんでした。

現場の文字に血しぶきの濁点があったから、尚更あれはカタカナだという先入観が働いてしまったのかもしれませんね……」


しかし、ダイイングメッセージの件はそれで良いとして、小島みどりが犯人だとするなら、まだ辻褄が合わない事がある。


松田はその事に言及した。


「28センチの靴跡は、どう説明をつけるつもりなんだ!シチロー!」




するとシチローは、

“少しお待ち下さい”と言って、自分の車から何やら紙袋のような物を抱えて戻って来た。


「いやあ~♪オイラ、素人だから上手く出来ているか不安なんですけど……ひろき、ちょっとこっちへ!」


シチローが持って来た

紙袋の中身は、ブーツであった。

シチローは、ひろきを呼びつけ、そのブーツを履いてみるように頼んだ。


「でもこれ、ずいぶん大きいみたいなんだけど…あたし、靴のサイズ24センチだよ……」


まるで男が履くような大きさのブーツである。


しかし、それでもシチローはひろきにそのブーツを履くように勧めた。


「いいから、履いてごらん♪ひろき」


意味が解らないといった顔で、自分の足をそのブーツの中へと収めたひろきだったが……


「あれ?ピッタリだよ!シチロー!」


外観からは、どう見ても大きいとしか思えないそのブーツが、ピッタリだとひろきは言う。


それだけでは無かった。


ブーツを履いたひろきの身長は、シチローを見下ろす程の高さになっている。


「昔、通販で『履くだけで身長が高くなる』なんて触れ込みで『シークレットシューズ』なる物が販売されていたけれど、これは更に足のサイズも大きくなるって仕組みだ♪……インナーのサイズは24センチだけど、外側のサイズは28センチになっている♪」


シチローが見せた大胆な発想に、招待客は度肝を抜かれた。


アリバイの為とはいえ、本当にわざわざそんな靴を小島みどりが作ったのだろうか?


「おや?……皆さん、

そんな事がある訳が無いという顔をしてますね?」


シチローの問いかけに、馬場社長が冷めた表情で呟いた。


「いや、探偵さんには申し訳無いが、そんな靴がそのブーツの他に存在するとは、とうてい思えない」


他の招待客達もそう思ったのだろう。


互いに顔を見合わせて頷いている。


「なるほど……

では皆さん、逆にこんなヘンテコな靴をみどりさんが作っていたのが事実だとしたら、みどりさんの容疑はますます深くなるという事になりますね?」


「そんな証拠はどこにも無いだろ!」


松田が語気を強めた。




しかし、証拠はあったのだ。


シチローは松田の目の前に、ある一枚の写真をちらつかせた。


「これが、その証拠です♪」


その写真には、小島みどりと今は亡き岡崎美佳が並んで笑っている姿が写っていた。


その小島みどりの背丈は隣の美佳よりもはるかに高い……そして、その足にはシチローの言う『シークレットシューズ』らしき靴が履かれていた。


「これは、先月大学で行われた『ハチハチ組』の漫才ライブの直後に撮られた写真です。

このブーツは、コントのネタに使う為にみどりさんが作ったブーツ……

シューズデザインの学科に所属するみどりさんにしてみれば、こんな靴を作るのは朝飯前なんでしょうね……」


「中は小さいが外側は

28センチのシークレットシューズ……本来はコントの小道具の為に作られたこの靴を、みどりさんは犯行に利用した。

現場にわざと28センチの靴跡を残し、その後、再び元の自分の靴に履き替えて庭に出る……その様子は、馬場社長と岡崎夫人が目撃していますよね♪」


「確かにあの夜、お庭でみどりさんを見かけましたわ……何かソワソワした様子だった印象だったのを覚えています」


岡崎夫人が、その時の様子を思い出しながら語った。


みどりがシークレットシューズを持っていたと知り、招待客の思いは再び小島みどり犯人説を信じ始めていた。


しかし、この説明にはひとつだけ不合理な事実がある。


松田刑事はその事に気が付き、シチローに言及した。


「それはおかしい!

ちょうど同じ位の時間に屋敷の外では、身長の高い女の姿が目撃されているんだ……しかし、岡崎夫人は小柄ないつも通りのみどりさんを目撃している……この矛盾はどう説明をつけるつもりだ!」



「その身長の高い女性って、馬場よしこさんだったんじゃないの?」


子豚が、馬場よしこの方を向いて尋ねると、馬場よしこはその可能性をあっさりと否定した。


「いえ……私がお屋敷の外へ出たのは、その時間よりずっと後のことです……」


では、その証言にある

『長身の女』は一体誰なのだろうか?





「その『長身の女』というのも小島みどりですよ」


シチローは、涼しい顔でそう言い放った。


「はぁ…?」


招待客達の頭に『?』のマークが浮かぶ。


「探偵さん、悪いがもっと分かり易く説明してくれないかね」


眉をひそめて岡崎がシチローに解説を求めた。


「つまり、岡崎夫人に目撃されたのも、屋敷の外で目撃された長身の女も、両方小島みどりさんだという事です」


「何言ってんのよシチロー!全然意味が解らないわよ!」


子豚がシチローに食ってかかると、シチローは

愉しそうに後を続けた。


「犯行後、小島みどりは現場に28センチの靴跡を付け、その後すぐに元の靴に履き替えて何食わぬ顔で屋敷から逃げ出す計画でいた……

実際、岡崎夫人に目撃されるまではその予定だったんだ。

あるトラブルが起きなければね」


「あるトラブル?」


カムフラージュの為のシークレットシューズを、敢えて屋敷の外で履き替える意味がみどりにはあったのだろうか…?

そのトラブルとは一体……





「みどりさん。アナタあの夜、屋敷の庭で……















『犬のウンコ』踏みましたね!」




「ギク!」


小島みどりの肩がビクリと動いた。


「セレブのお嬢様ともなれば、犬のウンコの付いた靴はもう二度と履きませんってね」


シチローは、松田の方を笑って見ながら、大学で張り込みをしていた時の松田の言葉をそっくりそのままマネてみせた。


「犬のウンコの付いた靴に堪えられなかったみどりさんは、木の影に隠れて持っていたシークレットシューズに履き替え、自分の靴は庭に捨ててしまった!それが屋敷の外で目撃された長身の女の真相です!」


それを聞いた子豚が思い出したように呟いた。


「ジェロニモが持ってたあの靴、みどりさんの靴だったんだわ……」


およそ事件の手掛かりとは何ひとつ合わないと思っていた小島みどりだったが、これで全ての辻褄が合ったという訳だ。


最後にシチローは、小島みどりが美佳を殺害するに至った動機について語り始めた。


「実は、この動機についてが最後まで解らなかったところです……」


漫才コンビ『ハチハチ組』の写真をつぶさに眺めながら、シチローは呟いた。


「この写真の中の二人の笑顔は偽りの無い本物の笑顔だ……美佳さんとみどりさんはまさに親友と呼べる間柄であった事は疑いようの無い事実です」


その親友であるみどりが、何故美佳を殺害してしまったのだろうか?


「大学で聞き込みをして知ったんですが、『ハチハチ組』という漫才コンビは大学内では知らない者がいない程の人気ぶりでして、時々行われるライブでは広い大学のホールが満員になる位に盛り上がっていたそうです。

……しかし、今回の事件はその人気が徒になったとも言えるでしょう…

あの夜、その話を持ちかけたのは美佳さんの方からだった……」


小島みどりの脳裏に、あの夜の美佳とのやり取りが再び浮かび上がっていた。





☆☆☆



岡崎家のパーティーに招待されていた私は、あの夜、美佳の部屋で二人くつろいで話をしていた。



「はい、みどり。預かっていた靴返しておくわね♪……ところでさぁ~

この間のあの話、考えておいてくれた?」


「あの話って……卒業したらプロの芸人になって、一緒にMー1王者を目指そうとかいう話?

……悪いけど美佳、私はプロの芸人なんて目指す気はサラサラ無いから!」


美佳がそんな事を言い始めたのは、先月位からの事だった。最初は冗談だと思っていたんだけど、どうやら美佳は本気らしい。


「ええぇぇ~っ!

そんな事言わないでよ!みどりのボケが無ければ『ハチハチ組』は成り立たないんだからっ!」


「あのね美佳……私は、シューズデザイナーになる為にあの大学に来てるの!

『ハチハチ組』はあくまでもお遊びなのよ」


「あたしだって最初はそうだったわよ!

だけど、勿体無いと思わない?あれだけ人気があれば、絶対プロでも通用すると思う訳。

Mー1からバラエティーのレギュラー。そしてあたし達は女優に転身して、アカデミーの主演女優賞に選ばれるのよ♪」


「…はぁ……美佳、よくそんな夢みたいな事考えつくわよ……とにかく、私は小さい頃からシューズデザイナーになるのが夢だったの!芸人やりたいなら、アンタ一人で勝手に目指せば良いでしょ!」


最近じゃあ、大学の講義さえサボり気味の美佳に、私はどうかその甘い考えを改めてもらおうと、少し強い口調でそう言ったわ……でも、美佳は考えを改めるどころか、こんな言葉を私に返してきた。


「夢みたいな事って…

あたしに言わせれば、

みどりの方がよっぽど夢みたいな事言ってるわよ!アンタなんかがシューズデザイナーになれる筈が無いじゃない!」


「なんですって!

美佳、それどういう意味よ?」










「だって、みどりの作る靴って、ダサイ靴ばっかりだもん。

シューズデザイナーのセンスゼロ」














私は、いくら親友の美佳でもその言葉だけは絶対に許せなかった……




☆☆☆



全てを語り終えたシチローは、天を仰ぐようにして大きく息を吸った。



「これが、この事件の真相です。

殺意などというものは、ほんの小さな言葉のすれ違いから生まれる事が多いんです……みどりさんの譲れない部分に土足で踏み込んで来た美佳さんにも非はあったでしょう。

しかし、それに対処する方法は他にもあった筈だ……」


集められた招待客達、松田刑事、そして岡崎家の者達は複雑な表情で暫く黙ったまま俯いていた。


「そこまで深い意味があったとは…負けたよ…シチロー」


松田が今まで見せた事がなかったような優しい微笑みを見せてシチローに握手を求めた。


「よっ♪名探偵♪」


子豚がそんなかけ声をかけてシチローを持ち上げる。


「いや、見事な推理だ!シチロー君!」


「さすがは探偵さんだ♪目の付け所が違う!」


「いやぁ~♪」


皆の賞賛を浴びて、少し照れたように頭を掻きながら屈託のない笑顔で応えるシチロー。


これで何もかもが終わったかに思えた。





ところが……





























































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