第6話 宝石④
「蛇的な」
「蛇の鱗が光るかね」
「たしかに……じゃあ、今年の干支ってことで龍的な?」
「ドラゴン? ……今年の干支がバーで女を引っ掛けたり、サウナに行ったり、──死んだ人間の眼窩に翡翠を入れたりするか?」
「やだなぁ
「新年早々物騒っすね〜」
仕事を終えた犬飼と煤原は、新宿歌舞伎町にある喫茶店で顔を突き合わせていた。『純喫茶カズイ』というスチール製の看板が出ている小さな店は地上三階、地下一階建ての雑居ビルの地下にあり、日中は喫茶店、夜18時以降はバーも兼ねて営業しており、その上今時珍しい全席喫煙可、という煤原ら喫煙者にとっては大変ありがたい店だった。
店内にふたつしかないテーブル席のひとつに陣取り、犬飼はカルボナーラ、煤原はナポリタンを食べた。日替わりコーヒーがマンデリンだったので、ふたりの食後のコーヒーの味は同じだった。
煤原、犬飼、それにこの店の店主──
店主の孫だ。
「あれっお孫さんっ」
犬飼がふにゃりと笑う。どうもどうも、と言いながら別の席の前にある椅子を手に近付いてきた響野が、当たり前のようにテーブルを囲む仲間に加わる。
「あけましておめでとうございます、今年も何卒〜」
「俺はあんたとあんまり何卒したくないんだけどなぁ」
「冷たいっすね煤原さん! でも駄目ですよ、ここは俺のじいちゃんの店、ということはつまり俺の庭!」
「そこつまりで繋がるんですか?」
面白がるように尋ねる犬飼に、長い黒髪をお団子に結い上げた響野が大きく胸を張る。
「この店で話した内容が外に出ることはないですからね!」
「でもお孫さん、記者さんじゃないですか。えーっと、今は……」
「
「そうだそうだ。鵬額社ってめちゃくちゃ大手の出版社じゃないすか。雑誌も本もいっぱい出してるし。そんなところに勤めてるお孫さんの前で、僕ら仕事の話はできないなぁ」
「まあまあそう言わずに」
おじいちゃーんコーヒーお代わりくださーい、とカウンターに呼びかけた響野は、朗らかな笑顔のままでレザージャケットの内ポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。
「宝玉眼」
「……盗み聞きを?」
煤原の眉間に皺が寄る。「悪いなぁ」と言いながら、店主・逢坂がコーヒーカップが乗ったトレイを手に丸テーブルに歩み寄る。
「今年はこいつ、出禁にするかな」
「え! 俺を!? 孫なのに!?」
「孫だからだよ阿呆が」
呆れ返った様子の逢坂に空になったカップとパスタ皿を手渡しながら、煤原は犬飼に目配せをする。逢坂の孫で記者でもある響野が先ほど口にした通り、この店は本当に口が堅い。仮に反社会的勢力が法に触れる何某かの打ち合わせを行ったとしても、逢坂がそれを警察に通報することはない。絶対に有り得ない。その逆も然りで、警察官である煤原や犬飼が夕食を摂りがてら今関わっている事件に関して口にしても──それがどこかに漏れるということは、ない。加えて、コーヒーも軽食も美味い。だから煤原はこの店を気に入っている。
「いや〜出禁はちょっと……あとですね煤原さん、俺100%盗み聞きしてたってわけじゃないんですよ」
まず煤原の煙草に火を、それから犬飼にライターを差し出そうとして断られた響野が、丸眼鏡の向こうの目を細めて笑う。
「じゃ何%? 120%?」
「増えてる! 増えてますね鑑識さんそれ! 逆です逆です、えー、40%ぐらいかな?」
微妙である。
煤原と犬飼は、再び視線を交わす。場所を変えるか、もしくは逢坂に頼んで響野を店から放り出してもらうか。どちらの方が早いだろう。
「40……っていうのは、どういう?」
顔を傾けて尋ねる煤原の目の前で、響野も自分の煙草に火を点ける。紫煙を吐き出した記者は、またにっこりと笑って言った。
「俺も調べてるんです。宝玉眼」
「……知ってる人、あんまいないんじゃなかったですっけ」
犬飼が珍しく警戒心を顕にしている。煤原は僅かに頷き、
「そうだな。その名前を知っている人間自体が、そう多くないはずだ」
「怪談バー・
テーブルに頬杖を付き、響野はさらりと言い放つ。響野を──この男を篝火で見かけたことは、残念ながら一度もない。
「どういう」
「あ、篝火の常連さんから情報引き出したとかじゃないっすよ。あのお店ってちょっと
「おい
憲造というのは響野の下の名前だ。祖父の声音に「外寒いよ〜おじいちゃ〜ん!」と笑って応じた響野は、
「俺には俺の情報網というか……『
K区。
多田隼人の自宅がある地区だ。
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