5 幼馴染はよくドラマや小説で都合よく設定してしまうが実際は簡単に手に入るものじゃなくて何十年もかけて作るものなので本当はあまり世の中にはない




『おい、彬史、結婚したんだってな。』


休日彬史に電話がかかって来た。

早めの夕食も済んで波留と一緒にテレビを見ていた。


「おお、豆太郎か、久し振りだな。誰から聞いたんだ。」

愛雷あいらさんだよ、うちに米を買いに来た時だ。』


彬史の顔が白くなる。


「で、なんて言ってた?」

『豆太郎君は知ってるかしらぁと言ったから

知りませんと言っといた。

まあ実際知らなかったからな。水臭いぞ、お前。』

「すまん、一月前に本当に急に入籍したからさ。

式も挙げてないからそのうちはがきで連絡しようと思ってた。」

『式を挙げないと色々と面倒だぞ。』

「まあ事情があってね。」

『それでちょっと出て来いよ、

今ヒナトリにいるんだよ。少し飲もうぜ。』

「奥方に聞いてみるよ。」


彬史が波留を見た。彼女が言う。


「友達?」

「うん、豆太郎って幼馴染。ちょっと出てこいって。

飲みに言って良い?」

「良いよ。」


あっさりしたものだ。


「許可が出たから今から行くよ。」

『もう尻に敷かれてるな。』

「柔らかくていい感じだぞ。」


と彬史は電話を切り家を出た。


スナック「ヒナトリ」はマンションから歩いて数分だ。

波留も何度か彬史と訪れていた。

なので何も言わず送り出したのだ。




「あ、つきちゃん、いらっしゃい。」


ヒナトリに入ると雇われママの白川しろかわがカウンターの中にいた。

そしてマスターのヒナトリも中にいる。

体の大きな男でどこか別の国の出身らしい見た目だが、

小さな頃から日本にいるので中身は完璧な日本人だった。


ただ見た目がごついのでどんな人も気後れして大人しく飲んでいる。

そして白川も綺麗な女性だが怒らせるととても怖い。

ある意味最強コンビがいるスナックだ。


そしてカウンターには柊豆太郎が座っていた。

この男は米屋「柊米穀店」をやっている。

親から継いだ店だが、革新的な事も色々と始めていた。


「飲食店をやっている人はなかなか味にうるさくてさ、

こっちも気が抜けないよ。」


と笑いながら彬史に話した事がある。

白川が豆太郎を見た。


「あたしとヒナトリは波留ちゃんと何回か会ったけど、

豆ちゃんは会ってないんでしょ?」

「まあな、結婚も愛雷さんに聞いたから。」


白川が苦笑いをする。


「愛ちゃんは濃いぃからねぇ。大変だ。」


白川が彬史のボトルを出しグラスに注いだ。


「でも俺は驚いたよ、彬史が結婚するなんてな。」


と豆太郎がにやりと笑った。


「何しろお前、相手を取っ替え引っ替えしてただろ。

ずっとそのままかと思っていたからな、

一人に決めたってのに驚いた。」

「別に次々と、と言うつもりはなかったけど……、」


彬史がふと思い出す。


「それを波留に叱られたよ。

僕は付き合ったつもりはなかったけど、それは不誠実だって。」


豆太郎がはっとした顔をした。


「その話を波留ちゃんにしたのか。」

「ああ、すごく叱られた。」


豆太郎が笑い出した。


「マジで良い子じゃないか。」

「そうだよ、一人でずっと生きて来たらしいから苦労してるんだ。」

「ボンボンのお前としてはなかなかの選択だな。」

「ボンボンは余計だ。」


彬史はお屋敷の坊ちゃんで豆太郎はそこに出入りしている米屋の息子だ。

彼の父親、博倫はあまり家柄など気にしないタイプで

彼は豆太郎と同じ公立学校に通っていた。


高校も豆太郎と同じ学校だった。

その頃博倫は家を出てしまい、彬史は屋敷に一人残されていた。

どうして彼が残ったのか豆太郎はよく分からなかったが、

それでも居心地がかなり悪いらしく、

時々豆太郎の家に泊まった。


豆太郎の両親も彬史を気に入っておりずいぶんと親身になっていた。

その頃豆太郎がいなければ彬史もどうなっていたか分からない。

さすがに大学は別になったが、

その付き合いはずっと続いている。


「親父とおふくろも話を聞いて喜んでたよ。」

「豆おじさんと豆おばさんには本当に世話になったからな。

一度挨拶に行くよ。」

「お中元やお歳暮も贈ってくれて喜んでいるけど、

そろそろいいぞ。」

「そんな訳にはいかないよ。

それにお前の子どもが喜びそうなものを贈ってるだろ?」

「まあなあ。」

「それで衣織さん元気か。」


衣織は豆太郎の奥さんだ。

彼には男の子が二人いる。


「元気だよ、相変わらず強くてさあ。」

「衣織さんは棒を持たすと最強だからな。」

「木刀持たすと顔が変わるからな。子どもも静かになるぞ。

夫婦げんかもなかなか怖い。」


彬史、豆太郎と衣織は高校の同級生だ。

豆太郎は弓道部、衣織は剣道部でこの二人は高校生の頃から付き合っていた。


「お前も弓を持って構えればいいだろう。」

「ダメだよ、俺は遠距離攻撃だから。構えている間に刺し殺される。」


考えてみたら怖い夫婦だ。


「で、おばさんは合気道でおじさんは柔道だろ?

お前のところには泥棒は入れないな。」

「だから愛雷さんも大人しいんだよ。」


とははと豆太郎が笑った。


「まあ一度遊びに来いよ。

おふくろが彬史と奥さんに会いたいと言っていたから。」

「ああ、近々行くよ。」


実に穏やかな話だ。


だが彬史は知っている。

一度豆太郎の米穀店に強盗が入ったのだ。


米を買いに来たふりをしてレジを開けた途端泥棒が手を伸ばした。

その時店にいたのは衣織だ。

女だと思って舐めてかかったのだろう。

だが衣織は間髪を入れずその手を掴み逆手ぎゃくてにした。


「豆太郎!泥棒!」


と言うと奥から素早く無言で豆太郎が出て来た。

そして強面の豆太郎の父の金剛と母の柚子ゆずこも。


金剛は泥棒の胸倉を掴み、豆太郎は衣織の木刀を持っていた。

そして柚子は入り口辺りで構えている。

泥棒は衣織の逆手でかなり痛がり座り込んでしまった。


皆が無言で泥棒を囲んだ。

その時の泥棒の心中はどうであっただろう。


そんな家庭を彬史はよく知っていた。

そして悪い事をするとどうなるのか。

彼はここで学んだ気がした。


だからこそ彬史は彼らを大事にしている。

もし彼らがいなかったら

彬史も橈米に似た男になっていたかもしれないからだ。




二人はしばらく話をして店を後にした。


「じゃあな、彬史。」


と豆太郎が笑って帰って行った。

彬史も家に帰る。


すると家では波留が一人でテレビを見ていた。


「おかえり。」


波留がちらと彬史を見る。


「ただいま。」


彼は彼女の横に座った。

部屋は暖かい。

彼は波留にしなだれかかった。


「-ん、重いよ、築ノ宮。」


波留が少し苦しがるがそれに構わず彬史はもたれかかった。


「だって、帰って来たら誰かがいるってさ、

なんかいいよなあって。」


波留がちらと彼を見る。

彼女も一人暮らしが長かった。

なのでその気持ちはよく分かった。


彼女は少し笑いながら間近にある彼の頭に

自分の頭をごつごつとぶつけた。


「痛いよ。」

「飲んで来たくせに。」

「だって行って良いよって言っただろ?」

「言ったけど、言ったよ、でもさ。」


彬史がにやにやしながら波留を見た。


「なんだ、淋しかったのか。」

「バカ。」


彬史が彼女をそっと抱いた。


「部屋が暖かくてうれしかった。」


波留がふふと笑う。


「会って来た人って誰?」

「僕の幼馴染だ。

豆太郎と言って良い奴だよ。米屋だ。」

「アキが買って来るお米ってそこのお米?」

「そうだよ、今度遊びに行こう。豆太郎の家族に紹介したいし。

僕は凄くお世話になってるんだ。」

「うん。」


テレビでは警察24時間をやっていた。

パトロール中の警官が一目で怪しい人を見抜いている。

素晴らしい能力だ。

このような地道なお仕事をして下さる方がいるから

日本の治安は守られている。


だが二人は全然それを見ていなかった。

オイ コラ オマエラ


しかし、私は本当に感謝している。

お巡りさん、ありがとう。








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