4 どんな物を着るのかはその人の自由だが似合う似合わないがあるので 少し考えた方が無難だが細身で背が高いと意外と何でも似合うのは不公平だと思う
話はさかのぼり波留がマンションに来てひと月ほどだ。
彼女はウォークインクローゼットを見ていた。
「なんでこんなに服があるの?」
一部屋丸々服だらけになっている。
「あー、前に家に来た女の子が買ったやつだ。」
波留がそれをざっと見る。
「違うでしょ、男物ばかりじゃん。」
「そうだよ、服を買いに行って買ったんだよ。」
「????」
彬史が波留を見た。
「女の子が服が欲しいと言うから買いに行ったんだよ。
それで僕の服も買った。
それ。」
「それって、アキがお金を出したんでしょ?
女の子が買ったんじゃないよ。」
「ああ、そうだなあ。」
波留は呆れて彬史を見た。
「それにいつも着ていた派手な色の服ってこの辺りのだよね。」
クローゼットの手前の方を彼女は指さした。
その辺りにはあの黄緑色のトレーナーやオレンジのパンツがある。
そして同じような原色の服がいくつかかかっていた。
そしてそこから奥に目をやると
別の色合いのよく似た服が固まってかけてあり、
その奥にはまた違うデザインと色の服があった。
そしてそれは全てブランド物だった。
「要するにここは着ていた服の地層じゃん。
付き合っている女ごとの地層って事?」
少しばかりいらいらした調子で波留が言った。
だが彬史は不思議そうな顔をして彼女を見た。
「付き合っていたと言うか、いつの間にか家に来ていたし。」
「それって付き合っているって事じゃないの?」
「そうなの?別にそんな感じじゃなかったけど。」
波留が彬史を睨んだ。
「ここでHもしたんでしょ?」
「まあ、したいと言われたらしたし。」
「……バカっ!」
波留の目に涙が浮かんだ。
そして彼女自身もその感情に驚いていた。
それは嫉妬だ。
そして呑気な彬史の言葉に苛ついている。
彼女の感情が瞬間的に爆発して涙が出たのだ。
それを見て彬史が驚き彼女の肩に触れた。
「えっ、どうして、なんかいけない事を言った?」
「築ノ宮のバカ。言ったわよ、ほんと情けない。もう出てく。」
すると彬史は慌て出した。
「ま、待って、どうして駄目だよ、行っちゃったら。」
と言っても波留には出て行ってもあてはない。
顔を背けて怒っている波留の肩に手を添えて
彬史は居間に彼女を連れて行った。
波留は目を赤くして膨れた顔で何も言わない。
二人は並んでソファーに座った。
「ハル、あの、何がいけなかった?」
波留が彼を睨む。
彬史がため息をついた。
「何かいけない事を僕が言ったみたいだけど、
それが何なのか分からない。
言ってくれないと分からないよ。教えて欲しい。」
しばらく波留は彼を見ていたがため息をついた。
「……アキが前に何人もの女の人と付き合っていたのは
それは仕方ないと思うけど、
付き合った自覚がないってそれってただの遊びなの?」
「いや、遊びじゃないけど……、」
「Hはしてたんでしょ?
好きとか大切にしたいとかそんな気持ちがなきゃただの遊びじゃない。
そんないい加減な考えで女の人と付き合うって……、」
彬史の顔がはっとする。
彼は思い返した。
確かにこの部屋には何人も女性が来た。
終電がなくなっちゃった~などと言われたので部屋に招いた。
そして何となく肌は合わせた。
しばらくは一緒に出掛けたりしたが、
いつの間にかその彼女達はいなくなっていた。
「私もそんな風に遊んでるだけなんじゃないの?」
波留が彬史を見るとその目から涙がぽろぽろと流れた。
「いや、ハルは違う。
本当に仲良くなりたかったんだ。
そんな風に思った事は今までになかった。
だから、その……、」
彼が赤くなって俯いた。
「その、アパートも毎日時間があったら様子を見て、
こっちも仕事を調整して、ハルが帰る時間を待ち伏せてた。
どうしても、その、」
「ス、ストーカーじゃない。」
ハルが呆れた声を出した。
「すみません、ストーカーです。
でもハルとどうしても仲良くなりたくて……、」
波留はあの古いアパートの廊下が落ちた時の事を思い出した。
彬史は一番にマンションから出て来た。
そして寝ぼけていた波留が廊下に出ようとした時に
彬史が大声で声をかけたのだ。
だから彼女は落ちなかった。
そしてあの時の彼の顔を思い出す。
真剣な顔だった。
「廊下が落ちた時も見てたの?」
「変な音がしたから上から見た。
そうしたら廊下が落ちていたから慌てて行ったんだよ。」
それを聞いて波留が彼の肩に頭をこつんと当てた。
「私は特別なの?」
彬史の顔が赤くなる。
「当たり前だよ。」
彼は彼女をそっと抱いた。
しばらく二人はそのままだった。
やがて波留が顔を上げる。
「でもね、やっぱり今まで付き合った人には
良くない事をしたと思うよ。」
「色々なものを買ってあげたけど。」
「そう言うのがだめなの。」
波留はそっと彼の唇に優しく触れた。
彼の顔が甘くなる。
「気持ちがあるとこれだけでもぞくぞくしない?」
「……するなあ。」
そう言うと彬史は彼女に深く口づけた。
数時間後二人はクローゼットに再びやって来た。
「アキは部屋着はこの手前から何も考えず選んでたって事ね。」
「面倒くさいし。」
二人が初めて会った時の派手な服の地層だ。
「背広だけは別の所にあるからこちらはもうほとんど
放置していたんだね。」
「そう言う事です。」
「じゃあ、この服は全部売っちゃおう。」
「えっ。」
波留がギラリと彬史を見た。
「これはいわゆるマーキングよ。この男は私の物って。
だからアキの服も買ってここに置いたのよ。
自分の趣味の服をアキに着せてね。」
「そ、そうなの?」
「でもアキは全然変わらないし、
何考えているか分からないから結局離れていったのよ。鈍感すぎ。」
「すみません……、」
しょぼんとした様子で彼はうなだれていた。
「だからこの服は全部売る。」
「売るの?」
「そう。過去を清算するの。」
波留がにやりと笑った。
「でも背広は別の部屋にあるじゃない。
あれは溜まってないよね。」
「背広は仕事だからな、ちゃんと時期を見て買い替えてる。」
「じゃあ私服もちゃんと変えれば良いじゃない。」
「面倒だし。」
やっぱり彬史は仕事人間だと波留は少しばかり呆れた。
だが同居する前に何度も出会った彼を思い出した。
いつも仕事帰りで背広姿だった。
そしてその様子は格好良かった。
いつの間にか波留も彼と会えるのが楽しみになっていたのだ。
だがそれは偶然ではなく、彼が仕組んだ事だった。
でももうそれはどうでも良かった。
彬史は波留を特別だと言った。
そして波留も彬史がいなくなるのはもう考えられなかったのだ。
それから何時間かかけて服をまとめ、リサイクルショップに持ち込んだ。
店員は全く表情を変えなかったが
少しばかりうんざりしただろう。
「一日仕事だったね。」
「そうだなあ。」
波留の手元には売れた金額が書かれた領収書があった。
「さあ、焼肉行こ。」
だが彬史が立ち止る。
「でも明日から僕は何を着ればいいんだ?」
波留がはっとする。
今着ている服以外全て売ったのだ。
「あーー、背広着たら?」
「あれは仕事用。」
波留がにやりと笑って彼を見た。
「あれが一番アキが格好良く見える。」
「そうかぁ……、」
前を歩く波留を彬史が捕まえた。
「もしかして背広が良かったの?」
にやにやと彬史が彼女を間近で見る。
少しばかり彼女の目が泳いだ。
「じゃあ、ハルは背広マニアだ。」
「うー、」
「だろ?」
ふふんと彬史が鼻を鳴らす。そして彼女の耳元で囁いた。
「じゃあ今度背広で良いコトしてあげようか。」
「ち、ちょっと……。」
「図星だ。」
「前の彼女にも同じ事言ったの?」
波留が赤い顔で少し怒った声で言った。
「言う訳ないだろ?
こんな事はハルにしか言わないよ。」
「……バカ。」
だがその声はもう怒っていなかった。
そしてその後服を買いに行き、
何もないウォークインクローゼットに新しい服がかかった。
「地味なのばっかりだ。」
彬史が少しばかりがっかりしたように言った。
「でもトランクスは派手じゃない。」
「まあそこぐらいはね。」
「今日はピンクのひよこちゃんかなあ?」
「さあ。」
「さあ、ってお姉さんに見せてごらん。」
「いやーん、」
と仲がよろしい事である。
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