2 二人には色々と事情があってあれやこれや考えると面倒くさくて 何かしら大事になりそうなので隙を見てさっさと結婚した
一緒に住みだして5か月ほど経った頃だ。
同居してから思ったより二人の関係は良かった。
小さな衝突はあったが上手に解決出来ていた。
そしてその頃にはお互いの今までの事を話して、
どのように生きてきたか分かっていた。
「ハルは親戚からお金を
「お金と言うかばあちゃんの持ち家で
そこに住んでいたけどそれを取られちゃった。
ばあちゃんが亡くなったのは高校を卒業してしばらくしてから。
持っていったのはばあちゃんの子どもだから相続権はあったけど。」
「ひどい話だな。取り返したい?」
「うーん、かなり古い家だったからなあ。白アリもわいてたし。
田舎だから売っても大したお金にならないと思う。
お金は少しくれたからそれを持って街に来た。」
「すぐこの街に来たの?」
「ううん、別の街だよ。
それから転々としてここは三つ目の街。」
「でも酷いな、親戚の人も。」
「高校まで住まわせてやったんだって散々言われた。
まあお金には汚い人だったから、
引っ越し費用を出して来たからびっくりしたよ。
それだけ追い出したかったんだろうね。」
「だから逃げて来たんだな。」
「そうだよ、そう言う人は絶対にその金返せって来るから。
多分今は私の居場所は分からないと思う。」
「でも戸籍を調べられないようにした方が良いよ。」
「そんな事出来るの?」
「うん、今度手続きをしよう。」
そのような事は彬史は詳しかった。
「ありがとう、アキ。」
「ハルはかなり苦労しているんだなあ。それに比べて僕は……、」
「人それぞれだし。
アキはお金持ちの家で良かったじゃない。」
「でも僕も追い出されたようなものだからな。」
「このマンションに?」
「うん、前は屋敷って言うぐらいの家に住んでた。
土地は一町分あったよ。」
「一町?」
「大体100メートル四方ぐらいかな?」
だが波留にはぴんと来ない。
「そこに大きな屋敷があってさ、叔父家族と住んでいたんだ。
だけど僕の父親が家を出てしまって、僕だけ残ったんだ。
それでしばらくしたら叔父が出て行けって。」
「何だか私と似てる。」
「そうだね、でも父と叔父は会社を経営していてね、
父は叔父に追い出された形なんだよ。
その後色々あって僕も出て行けって言われた。
それで用意されたのがこのマンション。」
「お父さん、今はどこにいるの?」
「山で炭を焼いてるよ。」
「炭?」
「お手伝いと言う感じだけどね。
でも自然の中で仕事がしたかったんだって。
たまに会うけど楽しそうにしてるよ。」
「へえ、それでアキは今は会社勤めでしょ?」
「うん、若手で一番だよ。」
「それを自分で言う?」
と波留が笑う。
「そうだよ、僕は結構頑張っているからね。
仕事では誰にも負けない。」
それは多分本当だろう。
一緒に住みだしてからそれは分かった。
仕事で帰りが遅くなることが多いのだ。
同居する前にアパートの近くでよく会ったが、
あれも仕事を調整していたのが後から波留は知った。
要するに目的を果たすためなら努力は惜しまないタイプなのだ。
ベッドの中で二人はぬくぬくと温まりながら話をしている。
二人は結構早いうちから気持ちを通じ合わせていた。
「ねぇ、」
彬史が彼女をそっと抱いた。
「結婚しない?」
真夜中だ。
間接照明だけが点いた部屋は薄暗い。
二人の熱はまだ少しだけ残っている。
彼女の髪の香りを楽しみながら彬史は言った。
「結婚?」
「うん、なんだか僕達似てるし。」
「似てるかな。」
「似てるよ、二人とも一人だ。」
「確かに。」
「一人だから二人でいると気持ちが良いんだよ。
その方があったかい気がする。」
波留は彼の言葉の意味がよく分かった。
彼女も色々あって一人で生きて来た。
大変な事はあったがそれでもどうにか過ごして来た。
一人でも確かに生きてはいける。
だがもしそばに信用出来る人がいたら……。
多分彬史もそうなのだろう。
彼も一人で波を越えて来た。
多分波留より逞しく強く過ごしたはずだが
その彼でも一人でなく二人が良いと言うのだ。
二人で生きて行くのは今までと全く違う。
「それに結婚したらハルの親戚の人も
おいそれと探せないと思うよ。名前が変わるから。」
「そうか、そうだね。」
今の所なんの音沙汰もないが、
彼女には少しばかり懸念があった。
波留は彼を見た。
「でもそんな事より、
アキとずっといられるなら結婚する。」
彬史はにっこりと笑った。
「嬉しいね。」
翌日、彬史は父親の
『そうか、結婚するのか、おめでとう。』
と淡白なものだった。
その前に二人が並んだ写真を送っていた。
「写真は見てくれました?」
『見たよ、可愛い子じゃないか。結婚式はするのか。』
「まだ考えていないけど……、」
『まあそれはお前達で決めればいい話だからな。
でも写真だけは撮っておいた方が良いぞ。』
「やっぱりそうですか。」
『女性はドレスとか好きだからな。』
その隣では波留が話を聞いている。
「今隣に彼女がいるので代わります。」
『おう。』
波留が少しばかりよそ行きの声を出す。
「お父さん、初めまして、波留と言います。」
『波留さんか、いい名前だな。』
「ありがとうございます。
彬史さんにはいつも助けてもらっています。」
『そうなのか、どんどん使ってやってくれよ。
使わないと男はすぐさぼるからな。』
彬史が苦笑いをする。
それを見て波留が少し笑った。
「はい、どんどん使います。」
『落ち着いたら一度こちらにおいで。
それか私が行くかもしれんが。』
「はい、分かりました。」
そして電話を彬史に渡した。
「父さん、ありがとう。また連絡します。」
と電話を切った。
そして彬史はため息をつく。
波留はそれを見て訝しげな顔をした。
「どうしたの?お父さん、すごく良い方だね。
私、ほっとしたよ。」
彬史がちらと彼女を見た。
「父は良いんだよ、問題は叔父なんだ。」
「叔父さん?」
「すごいうるさい。ものすごくうるさい。
結婚を知らせても知らせなくても絶対に口を出して来る。」
彼の叔父、
そしてかなりいい加減だ。
彬史の父親の博倫と橈米はその家系で続いている
中規模で歴史もあり安定した商売を続けていた。
最初は博倫が社長を務めていたが、
商売を広げる気が全くない。
それに業を煮やした橈米が博倫を追い出し
社長の座に収まったのだ。
その後すぐに博倫は家を出る。
その時に彬史もついて行くと思われたが家に残った。
高校生の時だ。
だが会社はあっという間に傾き出す。
橈米には会社を経営する能力がなかったのだ。
だがその時に
彼女が歩くと後ろを男性が付いてくるほどの相当な美女だった。
そして賢かった。
能力も会っただろうが見た目の能力も使ったのだろう。
彼女は橈米を助けて会社をあっという間に軌道に乗せた。
当然橈米は彼女に求婚し結婚をする。
その時から会社は橈米が社長ではあるが、
ただの傀儡で実質は愛雷が仕切っていた。
だが橈米はそれで良いらしい。
そしてその頃彬史は家を出る。
「でも知らせずにガタガタ言われるより良いか。」
と彼は橈米に電話をした。
「もしもし、叔父さん?」
と彼が言うと彬史の体が突然硬直した。
『あーら、
愛雷だ。
彬史の顔に汗がいきなり湧いた。
「あ、ああ、あああ、ど、どうも叔母さん。」
『叔母さんは止めてよねぇ。愛ちゃんって呼んでよ。』
白い顔をしてスマホを持っている彬史を波留は不安そうに見た。
「あの、叔父さんは、」
『
すると愛雷のため息が聞こえる。
そしてどすの利いた低い声で言った。
『あいつ、浮気したのよ。』
彬史が息を飲む。
『だから今、三階に一週間ぐらい監禁してるの。
馬鹿よね、毎日虐めてるわ。』
「……、」
『それで、なに?』
「あの、僕結婚します。」
『あらまあ、そうなの。誰なの?』
「普通の人です。
父にも先ほど電話したらおめでとうと。」
『博倫さんがそうおっしゃったのなら
それでいいんじゃなぁい?』
少しばかりちょっかいをかけたそうな雰囲気だったが、
多分愛雷はそれどころではないだろう。
叔父へのきついお仕置きの最中だからだ。
「と言う事でこれからもよろしくお願いします。」
と言って彬史はさっと電話を切った。
彼の様子がいつもと違う。
すると彼は慌てて出かける準備を始めた。
「ハル、今から役所に行くぞ。」
「え、ええ?」
「今から入籍する。今しかない。」
「急過ぎない?」
「いや、」
真剣な顔で彬史は波留を見た。
「今あの叔父は動けない。
そしてあの叔母も叔父を監視しているから動けない。
今だ、今がチャンスだ。」
二人は大急ぎで出かけて役所で届けを出した。
そしてやっと彬史がほっとした顔をした。
「離婚届不受理申出もやったしやっと安心できる。」
「そこまでしなくても……、」
離婚届不受理申出は勝手に離婚届を出されないようにする手続きだ。
「いや、あの叔母は怖い。
むしろ今なら勝手に出される可能性もある。」
「えー、どんな人なの?」
波留が聞いた。
すると彬史がひそひそと話し出した。
「あの叔母は高校生の僕を誘惑したんだ。」
「えっ!」
「だから家を出た。ものすごく怖い、色々と怖いんだよ。
叔父に見切りをつけたらこっちに来るかもしれん。
だから不受理届を出したんだ。」
彼の顔色は真っ白だった。
「そんな事があった後にマンションに引っ越した。」
「アキ、その、大事なものは……。」
彬史が首を振る。
「最後の一線は守った。」
波留がほっとする。
「何をするか分からない人なんだよ。
だから離婚届でもなんでも勝手にやっちゃうかもしれない。
勝手にすることは犯罪だけどそんな事あの人達には関係ない。
だから不受理の届けを出したんだ。
それで今みたいに叔父さんがお仕置きを受けてなきゃ
今頃家に絶対に二人で来て
絶対にぐちゃぐちゃにかき回されている。
でも知らせなくてもいずれやって来てもっと酷い事になる。
だから仕方なく電話したんだ。」
波留は自分の親戚もかなりひどいと思った。
だが彬史にもそのような親戚がいるのだ。
波留はため息をついた。
「やっぱり似てるね、私達。」
彬史は頷いた。
「だよな、僕達は正しく生きような。」
波留も彼を見て強く頷いた。
「でもさ、」
波留が彼を見た。
「どうしてお父さんと一緒に家を出なかったの?」
彬史が苦虫を潰したような顔になった。
「まあ、その、会社とか土地とか……、」
「欲しかったってこと?」
「わ、若かったんだよ、
父も追い出されてムカついたし。
でもあんな目に遭ったら無理だって分かった……、」
目的を達成するためには労力は厭わない彼だ。
高校生の時もそうだったのだろう。
だがそんな彼の顔は真っ白だった。
よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。
さすがにこれ以上聞くのも躊躇われた。
波留は彬史の頭を撫でた。
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