1 髪の毛の色とか色白とかそんなの含めて どえらい可愛い人に拾ってもらったら広げて見てた





波留が自分の住んでいるボロアパートに近づくと、

隣に建っているマンションの上から、


「ああっ!」


と言う男性の声が聞こえた。


彼女が顔を上げると何かがひらひらと落ちて来た。

この声の主か10階のベランダで男性が手を振っている。

波留はちょうど自分のすぐそばに落ちて来た物を拾った。


それは男性の下着のトランクスだった。

ピンクの地に全面には可愛いひよこ柄がプリントされている。

波留は男性の下着にしては少しばかり珍しい柄だと

それを広げてしばらく見ていた。


するとあの男性だろう、慌てた様子で走って来た。


「す、すみません、あの、」


髪が長く背の高い見た目の良い男性だ。


「拾って頂いてありがとうございます。」


この日は風が強かった。

洗濯物を取り入れていて落としてしまったのだろう。

また強い風が吹く。

マンションが原因のビル風だ。

彼のサラサラの髪が乱れた。


「ああ、良いっすよ。」


波留は彼に下着を渡した。

男は黄緑色のトレーナーにオレンジ色のパンツを身に付けていた。

部屋着とは言えこの組み合わせを着ている人は

波留は見た事がない。派手過ぎる。

そしてこの下着だ。

満艦飾だ。


その男は波留を凝視している。

少しばかり訝し気に波留は彼を見た。


「なんスか?」


すると男ははっとした。


「す、すみません、綺麗な髪だなと思って。」


波留の髪の色は派手なピンク色をしている。

髪型は柔らかくパーマがかけられ風でふわふわと動いていた。


「染めてんです。」

「染めているんですか?」


男は波留を上から下まで見た。

波留の今の格好はいわゆるパンクファッションだ。

黒革ジャンの下には破れたTシャツでタータン柄のミニスカート、

破れたストッキングで髪の毛は派手なピンク、

小さな黒の丸いサングラスをかけて口紅も黒だ。


かなり個性的で押しが強い。

あまり見られるので波留は少しむっとした。


「何かあるんスか?」


だが男は顔を真っ赤にして手を振って否定した。

片手にはピンクのトランクスを握っている。


「す、すみません、あの、いや、すごくカワイイんで、」


思わぬ言葉で波留も返事が出来なかった。

一瞬ぽかんと彼を見て顔が熱くなった。


「かわいい……、」

「いきなりすみません、でもその、髪とか、

ピンクでふわふわ、」


彼は下着を掴んだままだ。


「トランクス、しまった方がいいっスよ。」


彼は大慌てでパンツのポケットにそれを押し込んだ。

だがポケットは小さめなのかもっこりと膨らみ、

しかもはみ出していた。


「ぶっ……、」


つい波留は我慢できず吹き出した。

男は赤い顔をして頭を掻いた。






そして半年が経った。


ソファーに波留がごろりと横になっていた。


「でもあの時のアキの服は絶対変だったよ。」

「仕方ないよ、服はよく分からないから。」


と彬史が二つカップを持って来てソファーの前のテーブルにそれを置いた。

今の彼の服装はごく普通のものだ。


彼は波留の横に座る。

すると波留は起き上がって彬史の首に腕を回すと彼の膝に座った。


「ハルもココアで良かった?」

「うん、ココア。」


波留がご機嫌で答える。


「でもあんなパンクがこんなに甘えっ子とはなあ。」


鼻の下を伸ばして彬史は言った。


「だってあの時は勤め先がパンクファッションの店だったから。」

「口調もすごかっただろ?」

「職場に合わせないと。」


波留が一口ココアを飲む。


「アキもあの時私の事じろじろ見たじゃん。」

「それは、その、」

「トランクスをずっと持って変だったよ。」


彬史の顔が真っ赤になる。


「その、あんまりカワイイから……。」


波留がにやりと笑う。


「私がドストライクだったんでしょ?ほら築ノ宮、言えよ。」

「……、こいつ、」


彬史が波留をぎゅっと強く抱き脇をくすぐり出した。


「わぁー、止めろ、アキ、」

「ここが弱いんだろ、ほらほら、」


といちゃつく二人は一月前に結婚をした。




あの下着が飛んだ日、

波留はマンションの前のボロアパートに住んでいる事を

キテレツな服を着た彬史に言った。


それから時々二人は顔を合わせた。


最初波留はそれほど意識はしていなかったが、

どうやら彬史が波留を気に入ったようで、

マンションから彼女の様子を毎日伺っていたらしい。

ある意味ストーカーである。


その時波留はそれは知らない。

よく会うなと言うぐらいだった。

それでも何となく話をし出して仲良くなった頃、

そのボロアパートが急遽取り壊される事が決まった。


波留はそのアパートの2階に住んでいたが、

夜更けに廊下の床が抜けたのだ。


ものすごい音がして周りに響いた。

そして一番にマンションから出て来たのが彬史だった。

波留が寝ぼけ眼で外に出ようとすると廊下がない。


「波留さん!」


と叫ぶ彬史の声ではっと目が覚めて落ちずに済んだ。

その時の彼のほっとした顔を波留は今でも覚えている。


その後板を渡して通れるようになったが、かなり古いアパートだ。

取り壊しが決まりすぐにでも退去しなければならなくなった。




ある夕方たまたま帰りが一緒になった(偶然かどうかは推して知るべし。)

二人はマンションそばで話していた。

彬史は仕事帰りでいつも背広姿だ。

どれもなかなかの高級品のようだと波留は見ていた。


「どうしようかなあ。」

「取り壊しが決まったの?」

「そう。」


その頃は波留はパンクの店でなく近くの巨大モールの衣料店に勤めていた。

今度は大人し気な服を扱うので着ている物もお嬢様らしい服だ。

髪も染めなくなったが、彼女は元々色素が薄いらしい。

色白で茶色い髪だ。

天然パーマだが前ほどきつくはなく、

綺麗なウェーブのセミロングだ。


彬史はそれを見て心で

この格好もほんとにカワイイとデレていた。


「一週間で出てけって。」

「すぐじゃないか。」

「うん、廊下が落ちた時点でもう住んじゃダメみたいなんだ。

で一週間猶予をくれたけど

そんなにすぐには決められる訳ないじゃん。」


彼女はため息をつく。


「この街に来てまだ一年ちょっとだっけ?」


彬史が聞いた。


「うん、もう親もいないし、ちょっと親戚で面倒事があって

逃げて来た。」


波留は結構な苦労をしているらしい。

そして彼女はまたどこかに行こうとしている。


「あの、」


彬史が真剣な顔で彼女を見た。


「とりあえず僕のマンションはどう?」


波留がぽかんとした顔で彬史を見た。

しばらく二人は何も言わない。


「……あの、」


沈黙にたまりかねて彬史が口を開いた。

波留がはっとした顔をする。


「いや、その、ありがたいんだけど、なんで?」

「なんで、って、いや、それは、」


彬史が真っ赤な顔で俯いて呟いた。


「……あの、分かってくれないのかなあ、

そう言う事だよ、その、」


波留がそれを聞いて彼の顔を下から覗き込んだ。


「どう言う事だよ、築ノ宮、はっきり言えよ。」


波留はにやにやしている。

彬史がちらりと彼女を見た。


「どっかに行っちゃったらダメ。」


まるで子どものような言い方だ。


日が傾き周りの街灯がつき始めた。

柔らかい光が広がる。


彬史がしばらく赤い顔で波留を見ていたがふっと顔をそらせた。

整った横顔が見える。


波留は彼を見た。


背広姿だが髪の毛は長い。

仕事の時は後ろで一つに結んでいる。

波留の髪は天然パーマだが彼の髪は黒くストレートだ。

風が吹くとさらさらと揺れる。


普通のサラリーマンだがなぜ髪が長いのか不思議だったが、

彼にはそれがよく似合っていた。


波留は彼の横に近づき、腕にこつりと額を当てた。


「……仕方ないなあ、じゃあそこに行こうかな。」


彬史からは彼女の顔は見えない。

だがその声は甘く聞こえた。


彼はそっと彼女の頭に手を触れた。

柔らかい彼女の髪の感触だ。

シャンプーの香りがする。


「おいでよ。」


彼女は無言で頷いた。


そして大した荷物の無い彼女はすぐに彬史の部屋に移った。

それは半年ぐらい前の話だ。






一通りイチャイチャした二人はココアを飲む。


「アキは私に一目惚れだったんでしょ?」

「え、あ、その、

でもハルは僕の事をどう思ったの?」


彼女はあごに手を当てて何か考える仕草をした。


「うーん、服のセンスはいまいちだなあと。」

「えっ?服?

「原色の黄緑とオレンジ色の服を着ていたじゃない。」

「あれはブランド物だぞ。」

「そうだけどさあ、普通はあの配色は難しいよ。」


ただ、彼はスタイルが良い。

それなりに着こなしていた。


「で高級マンションだし、お金持ってそうだし、」

「ち、ちょっと待てよ。」


彬史が少しばかり難しい顔をした。


「それじゃあハルはお金目当てなのか?」

「もうちょっと聞きなさいよ。」


と波留がにやりと笑い、指を一つ一つ折って話を続けた。


「で、顔が良いし、スタイルも良いし、性格も良いし、

ご飯を作るし、自分でお茶碗を洗うし、虫退治してくれるし、

高い所の物取ってくれるし、荷物持ってくれるし、」


彼女が彬史の胸元で顔を隠した。


「背広格好良いし、……優しい、大好き。」


すると彬史の顔が崩れた。

そして彼女の髪に唇を寄せる。


「僕も。」


新婚である。

イチャイチャなのであった。







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