05
兄の様子は日に日に改善していった。三食きっちり取り、薬を飲み、シャワーを浴びた。俺は夜中になるとこっそり兄の部屋に行き、キスをして眠るようになった。俺まで兄がいないとダメな身体になっていた。
春になり、医者からも許可が出たので、兄は食品工場でバイトを始めた。週二日からのスタートだったが、やはり負担は大きかったようで、その他の日はぐったりと部屋に引きこもっていた。
俺はアコースティックギターを買った。兄の誕生日はまだ先だったが、待ちきれなかったのである。兄は唯一覚えていた洋楽のバラードを弾いた。慣れてくると、兄は歌詞を口ずさんだ。
「……哲、僕、やっぱり、言葉以上のものが欲しいよ」
俺たちは徐々に肌を触れ合わせるようになっていた。互いに何も聞かずにそうした。服を脱がせ、ぴったりとくっついて。けれど、大事なところだけはきちんと口にした。
「哲、触って……」
男のものなど扱ったことはなかった。兄の表情を見ながら、丁寧に進めた。兄も俺に触れた。くちゅくちゅと二人とも音をさせて、シーツを汚した。そのままでは眠れないので、ジュースをこぼしたことにして、洗濯機に放り込んだ。
立ってタバコを吸いながら、兄は窓の外を見つめていた。満月が出ていた。
「僕、哲の人生台無しにしたかもしれない」
俺の顔を見ずにそう言った。
「そんなことないよ」
「哲には哲の幸せがあるだろ」
「佑くんといることが俺の幸せだよ」
俺は兄の隣に寄り添った。兄の吸っていたタバコを奪って一口吸った。
「佑くん……あの猫、天国に行けたかな」
「行けたよきっと」
それは俺たち兄弟の勝手な願望であることはわかっていた。天国の存在すらハッキリしないのだから。ただ、俺は兄を繋ぎとめることができた。世間の倫理に反することではある。こんな関係は絶対に知られてはならない。
「ありがとう、哲」
兄と手を固く握った。このまま、どこへでも行けばいい。俺は兄と生きる。どちらかの命が尽きるまで、側にいよう。
冬の灯火 惣山沙樹 @saki-souyama
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