04
兄の顔が見られなかった。一体どんな表情でそんなことを言ったのだろう。俺が黙り込んでいると、兄は続けた。
「人恋しいんだよ……僕は独りは嫌だ。誰かに愛されたい。愛したい」
声色はとても穏やかだったが、その言葉は兄の悲鳴のように感じた。
「キスして、哲」
兄弟だけど……それくらいはいいだろう。俺は目を瞑って軽く唇を合わせた。
「もっと」
兄は俺の頭を掴んで、口の中に舌を入れてきた。ぴちゃぴちゃと音が鳴った。俺はタバコを床に落とした。兄の勢いは止まらなかった。兄は俺の髪を撫で、さらに奥まで求めてきた。俺もそれに応えた。ようやく離れてくれて、兄はぼんやりと俺の目を見つめた。
「……ごめん、哲」
「謝らないでよ……」
俺はタバコを拾って灰皿に放り投げた。鼓動は高鳴り、身体がかあっと熱くなっていた。
「哲……さっきのは忘れて。自分の部屋で寝なよ」
「嫌だ」
俺はきゅっと兄にしがみついた。今、兄を放ってしまえば、二度と確かめることができなくなる。そういう予感がしたのだ。
「佑くん、もっかい、しよう?」
俺は兄を押し倒して唇を覆った。今度は俺の優勢だ。兄を追い詰め、満足に呼吸もできなくした。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
荒い息を吐く兄に、俺は言った。
「俺が佑くんを愛するよ……世界で二人きりの兄弟だろ……」
もう、全てがどうでもよくなった。兄の希望の光にさえなることができるのなら、それで。俺は兄の望むことならどこまでも叶えたくなったのだ。
「哲……ごめんな、ごめんな……」
兄はまた、泣き出した。俺の胸に顔をうずめ、一層激しく。俺は横になったまま、じっと収まるのを待っていた。考えていたのは、猫のことだった。今の俺には力も知識もある。今度こそ、救ってみせる。
兄の震えが止まったので、俺は尋ねた。
「ねえ、佑くん。俺とどうしたい?」
「もっと……キスしたい」
「わかった。しよう」
今度は落ち着いてまったりとしたペースで舌を絡ませた。兄はこの先を欲しがるのだろうか。まるでわからなかった。ただ、太ももに固いものがあたっていた。俺だってそうだ。兄はそのことに気付いているのだろうか。
「哲、哲っ」
「佑くん……」
とうとう我慢できなくなった。俺は兄の耳を唇ではさんだ。
「ふぅっ……」
舌を伸ばしていやらしい音を立てた。兄は俺の肩に爪を食い込ませた。兄のスウェットの裾をめくり、中に手を入れた。兄の身体も熱い。
「哲、それ以上は……」
俺は手を引っこ抜いた。
「ごめん、佑くん。やりすぎた」
「うん……ちょっと、それは、こわいかな」
火照った身体はなかなか冷えそうにない。抱き合って、ひたすら時が過ぎるのを待った。バイクの音がした。新聞配達だろう。時刻を見ると、朝の五時になっていた。
「佑くん、徹夜しちゃったね」
「大丈夫か、哲」
「まあ、今日も休みだし。昼寝するよ」
タバコを吸って、さらに暇を潰した。母が起きたのだろう。リビングから物音がした。俺だけ行って母と顔を突き合わせた。
「おはよう、母さん」
「おはよう。佑、おにぎりでいいと思う?」
「うん。俺も一緒に食べるよ」
母に作ってもらったおにぎりを持って、兄の部屋に行った。
「佑くん、食べようか」
兄は一つのおにぎりをしっかりと食べた。薬も飲んだ。それからトイレに行って、ベッドに横になった。
「佑くん、眠い?」
「うん」
「一緒に寝ようか。俺も眠い」
俺たちは手を繋いで目を閉じた。すぐに意識は遠くなり、気付けば夕方になっていた。父に起こされた。
「佑、哲、兄弟揃ってよく寝てたな」
俺が答えた。
「徹夜しちゃって……」
「佑はともかく、哲は仕事あるだろ。とりあえず夕飯食べよう」
すると、兄が言った。
「僕も……一緒に食べる」
家族四人での食卓が実現した。両親は急なことで驚いていたのだろう。言葉少なだった。兄は煮物の味が丁度いいやら、トマトが美味しいやら、ペラペラと感想を述べた。さらには自分でシャワーまで浴びに行った。父が聞いてきた。
「昨日、何があったんだ?」
「色々……思い出話してた。ほら、誕生日のこととか、ギターのこととか。佑くん、またギターやりたいって言ってた」
キスのことなんてもちろん言えなかった。でも、あれが効果があったとしか思えなかった。兄と入れ替わりに俺もシャワーを浴びて、兄の部屋に行った。
「昼間は寝すぎたね、哲」
「俺、明日仕事だし……今夜こそちゃんと寝ないとな」
あまりよくはないだろうと思いつつ缶ビールを開けた。兄は飲まなかった。一緒にベッドに入り、どちらからともなくキスをした。アルコールが回ってくれたお陰か、そうしているとまぶたが重くなった。俺は兄に腕枕をされて眠った。
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