バレンタイン

―――冬休み明け。

楓と遥は、放課後の誰もいなくなった教室で京に打ち明けた。

「月村、俺たち付き合うことになった。月村が居てくれたから、気持ちを伝えようって思えたんだ。」

京の端正な顔からは、自分の事のように喜ぶ笑顔がこぼれた。

「本当に!?」

楓と遥の顔を交互に伺うと、二人の手を取りブンブン振って喜んだ。

「良かったー!俺、ちょっと心配してたんだよね。お節介ちゃんが過ぎたかなって。」


「最初はビックリしたけどね。誰にも言ってない気持ち、月村くんに気付かれてて焦ったけど、応援してくれてるんだなって分かったから。」


「早坂くんだって、俺のこと警戒してたもんね?」

「あ、あれは…月村が必要以上にハルカに馴れ馴れしかったからで…」

「心配だったんでしょ?俺に取られちゃうんじゃないかって。」

人の気持ちを勝手に言い当てて、魔法でも使えるのかと楓は月村に視線を送り、ため息と共に頷いた。


「それで、冬休みに二人で温泉旅行行ってきちゃったんだー?羨ましい!」

そう言いながら、京はおもむろにスマホを取り出し、二人に写真を見せた。

そこには、白い背景にウェアを着て隣同士で座る京と彼氏の姿があった。


「帰ってきたのか、彼氏。」

「これが月村くんの彼氏か。なんか、二人ともイケメン。」

「うん!年明けすぐに帰ってきて一緒にスノボ行ってきたんだぁ。一泊で!」

「月村くんたちも、旅行行ってるじゃん!」

京はニヤリと笑うと、目を細めて二人を見た。


「それでそれで。どうだったの?…二人で過ごした初めての夜は?…もちろん…??」

「う、うるさい!そんなこと言えるわけないだろ!」

「えー!それってもう言っちゃってるのと同じだよー?」


「せっかくお土産買ってきたけど、俺たちで食べちゃおう、ハルカ。」

「そうだねー!これ、本当に美味しいんだよ!月村くん残念だったね。」


楓は持っていた袋を遥に渡すと、それを抱えて笑いだした。

「ごめんってー。二人が恋人になったって聞いたから、嬉しくなっちゃったんだよー。俺も食べたいー!」

両手をパチンと合わせ謝る仕草をすると、遥に両手を広げて頂戴とアピールしている。


遥はそっとお菓子の入った袋を京に手渡した。

「はい。月村くん、ありがとね!彼氏と一緒に食べて。」

「わーい!ありがと!明日デートするから、その時食べるね。」

京は、受け取った袋の中を覗き込んで満足そうに微笑んだ。


「まあ、月村のおかげってことだから。」

「困ったことがあったらいつでも相談してよ!運命共同体なんだから!」

「ちょっと大袈裟すぎないか?」

「運命共同体って言ってみたかっただけー。でも、本当に思ってるから。」


ふざけて笑っていた京の顔が一瞬真剣な眼差しに変わった。次の瞬間には、いつもの柔和な表情にくるりと戻っていた。

とても心強い味方に出会えた二人は、こちらも真剣な表情で頷いた。




―――次の日。

放課後の教室に久しぶりに集合した四人の姿があった。

「大崎、藤乃さん、急にごめんね。ちょっと報告があって。」

かしこまった遥の姿を見て、実弥と彩水は顔を合わせて笑っている。


「分かってるよ。二人、ちゃんと気持ち伝えられたんだね。」

「知ってたの?」

「うん、クリスマスの時にたまたま二人のこと見かけたんだよね。」

「良かったね、ハルカくん、カエデくん。おめでとう。」


「大崎と藤乃のこと振り回して、傷つけて本当に申し訳ないって思ってるんだ。」


「お互いがお互いのこと考えて、悩んで、もがいて苦しんできたんだから、いいんだよ!これからは、素直に思い合えるんだから。…まぁ、別れた時は泣いたけどねー、彩水と一緒に!」


「でも、実弥ちゃんが居たから、トゲトゲしたりウジウジしないで済んだの。前を向いて、二人を応援しようって思えた。」


「ありがとう。大崎。」

「藤乃さん、ごめんね。本当にありがとう。」


「それから、もう一人。俺たちのこと理解して、応援してくれる人がいるんだ。」

「え!そうなの?」

「…月村なんだけど。あいつが背中押してくれたっていうのも大きいんだ。」

実弥と彩水は顔を見合せて驚いた表情を浮かべたが、またすぐにいつもの笑顔に戻った。

「月村くんかぁ。それじゃあたしたち、カエデくんとハルカくんの見守り隊って訳だ!応援してくれる人がいるって、強いよ!」

「ああ、本当にそう思う。」


二人は手のひらに乗せた小さな箱を実弥と彩水に渡した。

幾何学模様が美しい寄木細工のオルゴールだった。


「可愛い!これどうしたの?」

二人は年末に旅行に行ったことを報告した。


「えー!もう早速、惚気けてるんですけどぉ!

…あたしたちにまでお土産、ありがとね!」

「綺麗な音!ありがとう。」


手のひらで優しく流れる音の調べが、四人を暖かな空気で包んだ。






―――普段通りの日常にも慣れた二月。

あちらこちらで、女子たちがざわつき始めていた。二日後、バレンタインデーの日を迎えるからだ。


遥は目の前に座る楓の背中を見つめていた。その横顔を頬杖をついて見ているのは京だった。


「なに心配してるの?」

不意に核心をつく質問をされて、遥は慌てて人差し指を口元に当てて、京の顔を見た。

京は首を傾げて、心の中を見透かしているような笑みを浮かべている。


「ちょっと俺、トイレ行ってくる。」

そう言って楓が席を立ったので、遥は楓が教室を出るのを見届けてから京に話し始めた。


「明後日バレンタインじゃん?カエデ、毎年いっぱい貰うんだよね、チョコ。」

「そんなことで悩んでるの?可愛いなぁ!俺、早坂くんより貰う自信あるよ!」

「いやいや、そんなこと聞いてないんだけど…」

「だったらさ、廣宮くんもチョコ渡せばいいんじゃない?誰にも負けない手作りチョコ!」

「俺が!?カエデに?…手作りチョコー?」


自分がエプロンをつけて一生懸命チョコを作る姿を想像して、遥は眉間に皺を寄せた。

「…キモくない?」

「そんなことない!俺は作るよ!それで、食べさせあいっこしてー…ぐふふ。」

京の頭の中で妄想が爆発しているのが目に見えて分かった。


「月村くん、お菓子作れるの?」

「俺、料理得意なんだよねー。」

「へぇ、意外!」

両手で頬杖をついて、空っぽの席をぼーっと眺めていると、目の前に手のひらが現れてヒラヒラと素早く動いた。


「ハルカ?どうした?ぼーっとして。」

目をパチパチさせて、楓の姿の輪郭をはっきりと捉えた。

「…あ、なんでもない。」

ふーんと頷くと、楓は自分の席に着いた。そして遥は再び、愛しい人の背中を見つめ思いを巡らせるのだった。

(俺がカエデにチョコ!?そんなの考えもしなかった。カエデが女子から貰うのは阻止できない。だったらやっぱり俺も…!!)


遥は小さな声で京に囁いた。

「俺も作るよ!でもさ、お菓子って作ったことなくて、材料とか何買えば良いか分からないからさ…月村くん一緒に買い物付き合ってくれる?」

「もちろん!今日の放課後空いてる?」

コクコクと首で返事をする。

「今日買い出しに行って、明日作ろう。OK?」

「お願いします!」

楓にバレないように小さく密かに計画は進んだ。


―――放課後。

「ハルカ、帰ろう。」

いつものように楓は遥と一緒に帰ろうとしていた。

「…っと、ごめん。おかあから電話!」

遥はスマホを耳に当てて理咲と話している。


「…うん、うん、えー。明日もかよー。分かったよ。はい、じゃあね。」

「どうした?理咲ちゃん、何だって?」

「買い物と荷物持ちの手伝いしろって。今日と明日って、何買うんだよー。…だから、ごめん!カエデ、一緒に帰れない。」

遥はしょんぼりと肩を落として、上目遣いでチラッと楓を見た。


「俺も一緒に行こうか?」

「だ!大丈夫、大丈夫!カエデは先に帰って。ほんと、ありがとう!」

「そう?大変だったら言って。」

遥の不自然な笑顔とぎこちないセリフに、少し違和感を感じつつ楓は教室を後にした。



「ちょーっと怪しかったけど、ひとまずこれで大丈夫そうだねぇ。」

廊下で二人のやり取りを見ていた京が、ひょこっと教室に戻り遥の肩をぽんぽんと叩いた。


「やっぱり、おかしかった??カエデ、変だと思ってないかな。」

「ま、バレンタインにチョコ渡せばマルっと解決だから!急いで買い出しに行こう。」


二人は楓が校門を出て見えなくなったのを確認して、学校を出ると急いで店に向かった。

「俺さ、ちょっと調べてたんだけど…こんなのとかって作れる?難しいかなぁ。」

遥のスマホの画面に表示されたのは、マフィンと生チョコの画像だった。


「大丈夫!作れるよ。早坂くんってこういうのが好きなんだぁ。」

「カエデ、甘いもの好きなんだよね。」


店に着くと一目散にお菓子の材料が売っているコーナーに向かった。

京は横文字で書かれた名前の粉や、宝石のようなドライフルーツ、散りばめると綺麗なアラザンなど、遥のお菓子に必要な材料をポイポイとカゴの中へ入れていく。

同時に、自分のカゴにも材料を選び埋めていく。

その他にも、生クリームやバター、牛乳などを買い込んで、最後にラッピングの材料もしっかり選び、二人はがっつり買い物をし終えた。


「これで材料はカンペキ!あとは明日、うちで一緒に作ろう!」

「月村くん、ありがとう!また明日!」




―――次の日。

「カエデ、ごめんな。おかあ、人使い荒くて困るよー。今日も行ってくるわ。また明日ね。」

「ああ。頑張れよ。また明日。」


昨日と同じように、校門を出る楓を確認した遥と京は、楓が曲がった方向とは逆の方へと向かった。

しばらく歩くと、京がスっと立ち止まった。

「ここだよ。俺んち。」

目の前に現れたのは真っ白な壁の二階建ての家だった。

「月村くんち?これ!?俺んちの二倍…いや三倍はあるよ!」

「ささ、入って!俺の母親、料理の仕事してるからキッチンだけは拘ってるんだよねー。道具とか自由に使ってもらっていいからね。」

キッチンスタジオのような、広々とした空間にアイランドキッチンが、まるでステージのようにライトに照らされている。


エプロンをつけ手を洗うと、月村に頭を下げて改めて頼んだ。

「月村くん、お願いします!まずは何から?」

「まずは、この粉たちを合わせて振るってくれる?」

「はい!」

「それで、このチョコを細かく刻んでゆっくり溶かすよ。」

「分かった!」

京は、遥に工程を教えつつ自分の作業も器用にこなしていく。

作る動きは止めず、しっかりと工程とアドバイスを挟みながら、京は聞きたかった旅行の夜について切り出した。


「ねぇねぇ、廣宮くんと早坂くんてどっちがどっち?」

ニヤッと笑うと頭をコツンとぶつけて聞いてきた。


「どっちがどっちって?」

遥は前屈みになって作業していた体を真っ直ぐにして京の方をキョトンとした顔で見た。

「早坂くんにれられた?」

遥は顔が熱くなるのを感じて京から目を逸らした。

「な、なに!いきなり!」

「えー、教えてよー。気になるじゃん。俺たちの仲でしょ?」


遥はボウルを持ち直し泡立て器でゆっくりと混ぜ始めた。

「次は?どうしたらいい?」

「じゃぁ、このドライフルーツ細かく刻んで。」

遥は少しぶっきらぼうな態度を示したが、諦めたように話し始めた。


「…れられたよ。」

「きゃ!やっぱり?早坂くんタチっぽいもんねー。痛かった?」

「タチとか分かんないけど…そりゃ、痛かったよ。けど、嬉しかった。」

「うんうん!いいよね。幸せな痛み。」


「そういう月村くんたちはどうなの?」

「だいたい俺がタチだけど、たまに交換する時もあるよ。廣宮くんも、今度攻めてみたら?」

「お、俺は…カエデにされる全部にドキドキして、いっぱいいっぱいになっちゃって、自分からするとか考えられないくらい、余裕ない。」

「可愛い!!」

興奮した京は、すごいスピードでガチャガチャとボウルの生クリームを一気に仕上げた。


「愛しい人が、自分にだけ見せてくれる姿って特別だからね。」



その後も、手早く丁寧にお菓子作りは進み、オーブンからはマフィンが焼ける甘い香りが、冷蔵庫では綺麗に冷えたチョコが完成していた。

それを均等に切り分け、マフィンに飾り付けをして可愛くラッピングを施すと、まるで買ってきたかのようなプレゼントが出来上がった。


「月村くん、ありがとう!こんなスゴいの作れると思わなかった。」

「これで明日はバッチリだね!一緒にチョコ食べて、その後は…」

バシバシと遥の肩を叩いて何やら想像をふくらませているようだった。

「ちょっと痛いんだけど…明日、放課後渡すよ。本当にありがとねー!」

「うん!俺も早く彼氏と会いたいなー!早く明日になんないかな。」

「月村くんて、俺にもすごいストレートに思ってること話してくれるよね。」

「だって嬉しいから。今までこんな話出来る友だちいなかったから。だから、廣宮くんも思ってることとか不安に思うこと俺になんでも話してね!」


「ありがと!」

白亜の豪邸から外に出ると、すっかり夕闇は通り過ぎ青黒く空には星が煌めく時間になっていた。

大きく重厚な扉を開けて、京は大きく手を振っている。遥は袋に入ったお菓子を、大切に崩れないように慎重に家まで持ち帰った。



そしてまた何故か眠れずに、夜中に作ったてるてる坊主が窓にぶら下がるのだった。

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