福引きの奇跡

クリスマスパーティーもそろそろお開きの時間になり、四人はそれぞれ片付けを進めていた。

「すっごい楽しかったぁ!理咲ちゃん誘ってくれてありがとね!」

美季は空になったボトルを捨て、ワイングラスを洗っている。

「こちらこそ!一緒にクリスマスとか久しぶりだったねー。ハルカが当ててきたチーズのおかげで、ワインがめちゃくちゃ美味しく飲めました。……そういえば、カエは福引き何か当たったの?」


楓と遥は待ってましたと言わんばかりに顔を合わせると、楓はバッグに隠していた白い封筒を出した。

封筒には『温泉ペア宿泊券』と筆で書かれている。


「それ当てたの!?」

美季の酔いは一気に覚めたようだった。

「カエデすごいよね!特賞だよ。本当は一等のゲーム機狙いだったんだけどさ、まさかその上引き当てるとか、俺の方がビックリしたよ!」


「父さんと行く?」

楓が美季に尋ねるが、美季は眉間に皺を寄せて唸っている。

「年末はパパの実家に行かなくちゃいけないのよー。義兄さんが足ケガしちゃったから、いろいろとお手伝いにね。そうだ!…冬休みだし、ハルと二人で行ってきたら?温泉!」

リビングで片付けをしている理咲も声をかける。

「ええ、ハルカ羨ましい!最高の冬休みじゃん!」


楓と遥はどんどん進む話に目をキョロキョロさせながら、心臓の高鳴りを抑えようとしていた。

(ハルカと二人で温泉?しかも泊まり?)


遥を見ると手に持っていたトナカイのカチューシャが、ぽとりと床に落ち明らかに動揺しているのが分かった。

硬直したように動かないでいる遥の肩を小さく揺らした。


「ハルカ?大丈夫?…どうする、行く?」

「はい!…い、行きます!」


「あはは、何それ!急にかしこまっちゃってー。」

理咲がテーブルを拭きながら笑った。

「お土産よろしく~!」

美季は食器を拭きながら、上機嫌に鼻歌を歌っている。


「また明日、計画立てよう。」

「うん!カエデんち行くね。」

「そうだ、宿題持ってきて一緒にやろう。」

「うっ。楽しみの前には地獄があった。」

たちまち遥の顔は歪んでしまう。しかし、今回は楓と二人で宿題が出来ると思うと、遥は心の中で飛び跳ねて喜んだ。


美季と楓は玄関のドアを開け、見送る理咲と遥に手を振って外に出た。





―――次の日。


ピンポーン。

ドアを開けると遥が肩から荷物を提げ待っていた。

「おはよう、カエデ!」

「おはよう、入って。」


楓の部屋に入ると旅行雑誌がテーブルに広げてあった。

「何ヶ所かある旅館から自分たちの好きな旅館に予約できるみたい。ハルカが来る前に本屋行って買ってきた。」

「へぇ!すごいね。いい感じのところあった?」

遥は座ると雑誌のページをめくり、綺麗な風景と共に写る露天風呂や部屋の写真を眺めた。

「こことかどうかな?箱根なんだけど。」

楓が指さした旅館は、大きな窓がついており四季折々の風景が望める部屋で、窓からの景色がまるで写真や絵画を切りとったような美しさで、食事も部屋で食べることができ、部屋に露天風呂が付いているものだった。


「すごい豪華!いいね、ここ!」

「電車で行ける場所だし、ここに電話してみようか。」


「…カエデ?できれば一緒に年越ししたい。」

遥は少し恥ずかしそうにチラッと楓の顔を見ると、楓も笑って頷いた。

「俺も同じこと思ってた。」


楓はスマホに番号を入力すると耳に当てて旅館に電話をかけた。コール音が二回繰り返すと、落ち着いた男性スタッフの声が耳に届いた。


『お電話ありがとうございます。泉陽閣せんようかくでございます。』

「もしもし、予約をお願いしたいのですが。」

『はい。ありがとうございます。お日にちはお決まりですか?』

「三十一日なんですが…空いてますか?」


『少々お待ちください……申し訳ございません。大晦日の日は満室でござい……おや、少々お待ちいただけますか。』

電話口のスタッフはそう言うと、オルゴール調のクラシックの保留音に切り替えた。

無言になった楓に遥は小声で尋ねた。

「どう?ダメそう?」

顔の前で腕をクロスさせ、バツを表現しながら首を傾げた。

「今、保留中。」



『お待たせ致しました。たった今、三十一日のキャンセルが出ましたので、お客様のご予約をお受けできます。』

「本当ですか!二名でお願いします。…はい。早坂です。」

電話で話しながら、楓の顔からは笑顔がこぼれていた。それを見た遥は静かにガッツポーズをして喜んだ。

楓は電話を終えると遥に指でOKマークを作った。

「大晦日?泊まれるの!?」

「うん。電話中に丁度キャンセル出たみたいで。めちゃくちゃラッキー。」

「あと六日かぁ…足りないものとか準備しなきゃ。」

「そうだな。とりあえず宿題終わらせようか。」

口を尖らせ目を細めて楓を見る。渋々テーブルの上に課題のテキストを出して、楓との進み具合の違いに落胆した。

「俺、まだ二ページしか終わってないよ。」

「大丈夫だよ。そんなにページ数無いし、頑張れば今日中に終わるよ。」


よしっ、とやる気を出して姿勢を正して座り直した遥はペンを持ち、問題を解き始めた。

分からない問題があると、楓が解き方を教えてくれるので一人で取り組む時の何倍ものスピードで空欄が埋まっていく。


「はあ~!カエデのおかげで驚異的なスピードで宿題終わりそう!」

腕を上げ伸びをしながら言う遥の唇に弾力のあるものが触れた。

「おつかれ。はい、グミ。」

遥はそのまま口を開き、楓の指からグミを入れてもらう。

「んま。」

口を動かすと鼻からマスカットの香りが抜けていく。

「もう一個くれる?」

手のひらを楓に出すと、その上にグミが袋からポロポロと落とされた。

一つ摘んで唇に挟むと、楓の方に口を突き出した。

「ん。」

「ハルカ…ちょ…っと。」

楓は照れながら、遥の唇と同じ場所にあるグミを迎えに行くと、遥の唇の感触が伝わり、グミを自分の口に移すとそのままキスをした。

「ハルカの唇、あま…。」

遥は自分から仕掛けたにも関わらず、楓の吐息がかかると、目をぎゅっと瞑り顔を赤くした。

楓は遥の頭の後を片手でおさえ、今度は自分の口にグミを挟んだ。

遥の頭をポンポンと指で触ると、遥の目が開いた。


「ん。」

先程自分がしたことと同じことを、至近距離でやられている。しかも、楓は遥から目を逸らさず反応を面白がっているように見える。

「ん。」

楓が早くグミを取るようにと催促してくる。

遥はゆっくりと楓の口元に近づいていく。僅かに楓の手に頭を押されて急かされているような感覚を持ちながら、グミをそっと挟んだ。

戻ろうとすると頭をぐっと抑えられ、間にあるグミが楓の舌によって遥の口の中に押し込まれると、一気に甘さが広がった。

一瞬触れた楓の舌の感触に遥はドキッとして、背中にまわした手で楓の服の裾をキュッと掴んだ。


「食べちゃって。」

そう言われて、遥は口に入ったグミを何回か噛むとゴクンと飲み込んだ。

「食べたよ。」

「うん。」

楓は頷き遥を優しく抱きしめると、遥の腕も楓の背中を抱きしめた。

「温泉、楽しみだね。」

「俺はハルカと行ければどこだって楽しいよ。」

「そんなの!…俺だってそうだよ。」


クスッと笑い二人は目を合わせると、楓は遥の顎に手を添えゆっくり引くと、そっと唇を重ねた。

添えられた親指に少し力が入り、遥の口が少し開くと、楓はその隙間から舌を滑り込ませる。

感じる楓の熱に遥は一瞬目を開いたが、その目はまたすぐに閉じられ甘美で柔らかなキスに心から寄り添った。


「…ん、ふあ。」

遥から漏れる息と微かな声は、楓の理性を保てなくさせるギリギリのところまで近づけた。

遥の両肩を掴むとゆっくりと顔を離した。

「カエデ…?」

小さく開く口と、続けてほしそうな目でとろんと見つめる。


「そんな顔されると、無理になるから、抑えるの。」

楓は横を向き遥を見ないようにしている。そんな楓の頬に優しくキスをする。

「大好き。」

「…ずるいよ。そんなこと今言わないで。」


「いつもカエデにドキドキさせられっぱなしだからお返し!」

遥の唇を指で挟むと、ふにっと力を入れて微笑んだ。そんな遥の表情に、プッと笑いが込み上げてきた楓は唇を摘んでいる指を離すと、テーブルに向かって座り直しペンを握った。

「もう教えないから、自分で解いてごらん。終わらなかったら、他の人と行こうかなぁ、温泉。」

「あっ!カエデ、いじわるー!」



二時間後。

テーブルの上には空欄のなくなったテキストが置かれていた。二人は旅行当日に向けて、持ち物で足りない物の買い出しに出掛けていた。


「恋人」になった二人の初めての旅行は、まもなく出発の日を迎える。

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