クリスマス
十二月二十四日。
今日から冬休みに入った。
学生は冬休みだが、大人たちにとって今日はクリスマスイブといっても平日ど真ん中なので、それほど人の数は多くない。
実弥と彩水は約束したとおり、二人で朝からオシャレをして待ち合わせた。もちろんホールケーキも予約済みだ。
「彩水~!おまたせ。」
「それじゃ、行こっか!とりあえずショッピングモール行ってお買い物しよう!」
「うん!そしたらケーキ受け取って、カラオケ行って歌うぞー!」
待ち合わせ場所の大きなツリーには、リボンや宝石のようなキラキラした飾りが沢山ついている。二人はここで写真を撮った。
「カエデくんとハルカくんが素直になれますように!」
実弥はツリーに向かって願掛けをする。そんな実弥を見て彩水は笑いながら真似をした。
「二人が笑って過ごせますように!…クリスマスツリーにお願い事って普通する?」
「今日は特別!今日なら叶えてくれそうじゃない?サンタさんお願いしまーす!」
「サンタさんて、そういうポジションだっけ?」
よく分からなくなって二人は顔を見合せて笑い声を上げた。
「あたしたち、元カレに優しすぎない?」
「確かにー。よし、元カレのことは忘れて楽しもう!」
ツリーを背にして腕を組んで二人は並んで歩き出した。
「カエデー!ハルの家に回覧板持って行ってくれない?」
ちょうどコーヒーを飲み終えたカップをキッチンに持って行こうと立ち上がったところだった。
「あぁ、うん。分かった。」
(ハルカは藤乃と出掛けてるかな。クリスマスだもんな。)
――ピンポーン。
カチャンと鍵を開ける音がする。扉の奥から顔を出したのは遥だった。
「カエデ?どうしたの?」
「ハルカ居たの?…あ、これ回覧板持ってきた。」
「ありがとう。大崎とデートじゃないの?」
「ハルカこそ、藤乃と出掛けないの?」
「…うん、出掛けない。」
「俺も…。」
なぜかバツが悪そうな雰囲気になったが、ここで遥の顔がパッと明るくなった。
「そうだ!ゲームする?まだ俺、カエデに勝ててない。練習した成果を今日出す!」
「そうだったな。まぁ、負けないけど。」
楓の顔にも安堵したような笑顔が戻った。
「お邪魔します。」
靴を脱いでいると、リビングで遥と理咲が話しているのが聞こえた。
「はい、回覧板。カエデが持ってきてくれたよ。」
「カエ来たの?」
リビングに楓も顔を出す。
「こんにちは。」
「あ、カエー。回覧板ありがとね!二人とも出掛けないの?クリスマスなのに。」
「うーるーさーい。いいの!今からゲームするんだから。」
遥はお茶の準備をしながら、キッチンの棚の扉を開けてお菓子を探している。理咲が別の場所からクッキーの箱を持ってきてトレーに乗せた。
「さんきゅ。行こう、カエデ。」
「ああ。」
「ごゆっくり~。」
理咲はクッキーを一枚つまみながら、手をひらひら振っている。
部屋に入るとひんやりとした空気が二人を包んだ。
「ごめん、リビングに居たから。今エアコンつけるね。」
楓はベッドの枕元に寝そべっているぬいぐるみに目をやる。
「カエデにもらったたぬき。触り心地最高だよ。」
「気に入ってくれて良かった。レッサー…たぬきでいいか。」
楓はたぬきの頭をポンポンと触ると、テレビの前に座った。トレーからカップとクッキーをテーブルに置くと、遥も楓の隣に座った。
「あ、ピアス。付けてくれてる!」
「うん。一番気に入ってる。」
楓は指先でピアスをちょんと触った。
「やっぱり似合ってる。」
遥は満足気に微笑むと、コントローラーを渡してゲームのスイッチを入れた。練習をした甲斐もあり結果は、楓の方が勝ち数は多いがほぼ五分五分といったところだった。
「な!上手くなっただろ?」
「ああ。危なかったな。最後は俺が勝つけどな?」
「なんかムカつくー。」
遥は楓の肩を押して体を揺らしながら笑い合った。
そして気になっていたことを聞いた。
「カエデは今日、大崎と会う約束しなかったの?」
「…うん。ハルカだって藤乃と会わないんだろ?」
こくっと無言で頷く。楓は遥の肩を掴むと向き合うように体をこちらに向けさせた。
「なぁ…ハルカの好きな人って誰?」
「誰って…それは。」
「どうして答えられないの?」
「じゃあ、カエデの好きな人は?」
「俺は。」
二人は視線を下に向けていたが、遥が目をぎゅっと瞑って何かを決意したようにゆっくりと開いた。
「藤乃さんのことは好きだよ。いつも隣で応援してくれて、一生懸命勉強教えてくれて、俺の訳わかんない話だって笑って聞いてくれるし…だけど、藤乃さんでいっぱいにならないんだ。
…カエデは友だち、カエデのことは考えないって思えば思うほど、俺の中で藤乃さんが消えていきそうになる。気づいたらカエデのことばっかり考えてる…それが、すごく苦しかった。
藤乃さんのこと本当に好きになれれば、どんなに楽だろうって何度も思った……こんなこと、ずっと言わないつもりだったのに。
…忘れて?俺は藤乃さんに振られちゃったけどカエデには大崎がいるんだから。」
いつもとは違う悲しい笑顔の中に、気持ちを隠しきれなかった後悔と、ようやく自分の思いを伝えられたほんの少しの清々しさが入り混じっていた。
楓は掌をきつく握り、震えるように話し出した。
「ハルカそれ、ずっと思ってたの?
そんなこと俺だって一生言われると思ってなかった。ハルカは俺のこと、幼馴染としか思ってないのに俺はハルカのことを特別な存在としてみてた。ハルカに言ったら迷惑かけるだけだと思ったから…今まで通り隣にいるためには、隠さなきゃダメだって、こんな気持ち知られたら友だちでもいられなくなる。…だから大崎の告白受けたんだ。
だけど、大崎は全部分かってた。バレてないと思ってたのは自分だけだった。
…俺も振られたんだ。もう付き合ってない。」
唇をかみしめ、決心したようにハルカの目をまっすぐに見た。
「俺は、ハルカが好きだよ。」
遥がゆっくりと手を伸ばし、楓をそっと抱きしめた。その背中を楓も優しく包んだ。
「…俺も、ずっとずっとカエデのこと好きだったよ。…これからも好きでいて良いの?」
楓はそっと遥の肩に手をやり体を離すと、額と額を近づけた。
「ずっと好きでいて。」
手のひらで遥の頬に触れると、そのまま二人はキスをした。
叶うことのない願いだと思っていた気持ちが、温かな感触となってお互いを感じることが出来る。
気が付くと遥の頬をひとすじの涙が伝っていた。
「…ハルカ?」
遥は涙を流しながら笑って首を振る。
「カエデとこんなふうになれるなんて一生叶わないって思ってたから、幸せすぎて。」
そう言うと遥は楓の首筋に顔をうずめた。
遥の頭を優しく撫でると耳元に唇を寄せ「俺も」と囁いた。そんな楓を上目遣いに見つめる。
「…もう一回、してもいい…?」
今度は遥が楓の頬に手をやり、そっと唇を重ねた。一度離れても、すぐに引かれ合いまた重なる。二人は静かに、ゆっくりと大切な時間を刻んでいく。
楓は思い出したようにポツリと呟いた。
「あの時のキスって…。」
「あの時って?」
「花火大会の日、ハルカに間違えて酒飲ませちゃった時にハルカにキスされて、好きって言われたんだ。…ここにだけどな。」
楓は遥の頬をツンツンとつついた。遥の顔がみるみる赤く染っていく。
「俺、そんなことしたの!?」
「俺のこと藤乃だと勘違いしてるのかと思ってた。」
「覚えてなくて良かったー…恥ずかしくて生きていられなかったわ。…ほんとの気持ちだから。カエデに言ったんだよ。」
両手で顔を覆い、下を向いて顔をふるふると振っている。すると、顔をパッと上げた。
「そういえば、俺もカエデから好きって言われる夢みたんだ、その日。」
「…夢じゃないよ。言った、聞こえてないと思ってたから。」
遥は夢と現実の間を浮遊するように、打ち消そうとしていた思いが本当だったんだと、あの時感じていた思いを喜びに変えた。
「ハルカ。俺と…付き合ってください。」
遥の両手を握り、優しく目を合わせる。遥の目は少し潤んでいる。柔らかな笑顔とともにゆっくりと頷いた。
「はい。…俺にも言わせて?
カエデの、恋人にしてください。」
楓は遥の体を抱き寄せた。
「はい。…好きな人から告白されるって、こんなに幸せなんだな。」
楓が瞬きをすると、一粒の涙が落ちた。
「好きだよ、ハルカ…」
きつく抱きしめあって、お互いがそこに居ることを確かめ合う。今まで、幾度となくこんな未来を願っては諦めてきた。
二人はまた、ゆっくりと顔を近づけようと目を閉じる……
――ドッドッドッ。
階段を上がってくる足音に気づき、二人はパチッと目を開け、慌ててコントローラーを握りゲームの画面に向き直る。
ガチャ。
ドアの開く音に二人は同時にそちらに目をやる。
「クリスマスパーティーするよー!」
理咲の頭にはサンタの帽子が乗っている。
二人はキョトンとしたまま美季の顔を見ている。
「美季ちゃんと話してたんだけど、パパたち残業で遅くなるみたいだし、息子たちも家にいるみたいだから、四人でクリスマスしようって!ケーキは予約してあるから。
美季ちゃんも、ケーキ予約してあるって言ってたから、二人でケーキ貰ってきてくれる?」
楓と遥は顔を見合せ、ははっと笑った。
「なんか、子供の頃みたいだな。」
「そうだね、じゃぁ行こっかカエデ。」
「その間に準備しとくから、よろしくね!」
「はーい、いってきます。」
「いってきます。」
玄関を出ると二人は寄り添いながら歩いた。今まで何度もこの道を通ったはずなのに、今日は世界が違って見えた。時折目を合わせ、恋人になった証拠を笑顔に変えて歩いた。
商店街に近づくと、流れてくるクリスマスソングや、イルミネーションやツリーにオーナメントが気分をより一層盛り上げる。
ケーキ屋には予約をした客が数人、列を作っていた。
「俺たちも並ぶか。」
「うん!」
二人は列の最後尾に加わった。
「実弥ちゃん!あそこ!見て!」
数分前にケーキを受け取った店の列を見た彩水が、興奮した様子で実弥の肩を叩いた。
彩水が指さす方を見て実弥は小さな拍手をした。「サンタさんやる~!」
「自分の気持ち伝えられたみたいだね。」
「あたし達には分かっちゃうよねー。ラブラブオーラ出し過ぎー!」
そう言った実弥の顔は安堵に満ちていた。大事そうに持った箱を目線まで上げて彩水は笑った。
「私たちもケーキ食べて、歌って、楽しもう!二人に負けないように!」
「だね!」
勢いのまま走り出しそうになる彩水を実弥は慌てて制止した。
「彩水、ケーキケーキ!」
ふと、少し先から聞き覚えのある笑い声が耳に届いたような気がして遥は人混みの先に目をやった。
「どうかした?」
「ううん、なんか皆楽しそうだなぁって。」
「…俺も楽しい。」
「俺も!」
列は進み二人の番になった。同じ大きさの箱をふたつ受け取ると、お店のおばさんがチケットのような紙をくれた。
「はい、福引きやってるから回していってね。」
それぞれ三枚ずつカラフルな福引券を二人に渡した。
「カエデ、福引きだって!行こう!」
子供のようなキラキラした瞳で楓を見る。商店街の中央では、紅白の幕が垂れ下がり、法被を着てカランカランと鐘を振る人の姿が見える。
ガラガラと八角形の木製の箱の中で玉が転がる音が聞こえる。
「カエデ見て!一等は最新ゲーム機だって!あれ当たったら一緒にできるじゃん!」
「そうだね。」
遥は福引き券を握りしめ、台の前に足早に駆け寄った。
「お願いします!」
勢いよく遥が福引券を出した。
「あいよ!三回どうぞ!」
ガラガラガラ……ぽと。
ガラガラガラ……ころ。
ガラガラガラ……ぽろ。
……カランカランカラーン!
「おめでとうございます!四等のチーズの詰め合わせです!…あとの二つは残念賞のティッシュです。」
「チーズかぁ!カエデ…一等!!当てて!」
「そんな簡単に当たらないよ。四等だってスゴいんだから。」
ガラガラガラ…ガラガラガラ……ガラガラガラ……
「ただいまーっ!」
「おかえりー!準備できてるよ。はい、これ。」
すでに美季も来ており、帰ってきて早々二人は頭にトナカイのカチューシャを着けられた。
「はい、ケーキ。」
「あとこれ、チーズだって。福引で当てたんだ。」
箱を渡すと理咲と美季は喜んでグラスを棚から出そうとしている。
「ハルカ良いの当てたねー!ワイン飲もう、美季ちゃん!」
ダイニングテーブルの上には、チキンやお寿司やピザなどぎゅうぎゅうに並べられている。
「はい、カエデとハルはこれ飲みな?シャンパンみたいなジュース!」
緑色のボトルは一見するとシャンパンだが、れっきとしたジュースだ。楓はボトルのキャップをポンっと開けると、遥が持ってきたグラスに静かに注いだ。
「みんなグラス持った?」
理咲の手には赤ワインが入ったグラスが握られている。
「「メリークリスマス!!」」
四人はグラスを合わせて乾杯した。
「私たちはこっちで飲んでるから、好きなだけ食べていいからね!」
理咲と美季はリビングの方へチーズの箱とワインボトルを運び、そちらで飲み始めた。
「俺たちも食べよう!」
遥と楓は向かい合うようにイスに座り、もう一度乾杯をした。
「「乾杯!」」
「ハルカ、メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
普段飲んでいる炭酸飲料の味とは違う、少し大人の味がするジュースだった。
「うまっ!なんか酔いそうじゃない?」
「ん!ほんとだ、美味しい。ハルカなら本当に酔うかも。」
楓は微笑みながら、ピザやチキンを取り皿に分けている。そして遥の前にそっと皿を置いた
「はい、ハルカ。食べて。」
「ありがと!」
遥はチキンにかぶりついた。楓はピザをひと切れ持ち上げると、伸びるチーズと格闘しながら口に運んだ。
「ケーキも切ろっか!」
ほろ酔いの理咲がケーキの箱を開けようとすると、遥はキッチンへ向かいナイフと皿を持ってきた。
美季が開けた箱からはイチゴとサンタの乗った生クリームのケーキが、理咲の箱からはトナカイと柊の飾りが乗ったブッシュドノエルが、テーブルの上をより一層華やかに彩った。
楓はナイフを受け取ると器用に切り分けた。
理咲と美季はお互いのケーキをシェアして食べていた。
遥はフォークでケーキをすくうと大きな口を開けて頬張った。
「ハルカ、付いてる。」
向かいに座る楓が手を伸ばして、口元についたチョコレートクリームを指で取ると、ペロっと舐めた。
「うん、チョコも美味しい。」
遥は照れたように下を向きケーキをすくうと、今度は楓の口元に運んだ。
「はい、カエデ。あーん。」
楓はリビングに居る母親たちを気にしながら、遠慮がちに口を開いた。
微笑み頷くと、楓もケーキをフォークに乗せ遥の口元へ届けた。
「はい、ハルカも食べてみて?」
白いケーキを口に入れると、遥の顔は綻んだ。
「うまっ!クリームうまっ!」
「イチゴも食べる?」
「え、いいの?」
真っ赤なイチゴがクリームとともに口の中に爽やかさと甘さを広げていく。
子どものように無邪気に喜ぶ遥の顔が、とても可愛く見えて仕方ない楓だった。
奇跡とも思えるクリスマスイブの夜は、時間とともに寒さが深くなっていく。
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