呼び出し
京がクラスに戻って2週間が過ぎようとしていた。
学校の昇降口にもクリスマスツリーが飾られ、一気にクリスマスムードに包まれる。
楓と遥は未だに別れたことを言い出せずにいた。
「早坂くん。一年生の女の子が、放課後屋上に来て欲しいってさ。」
京がスルスルと机をかわし楓の席までやってきた。
「俺?」
「そう!告白じゃな~い?」
京はおもしろがって、わざと遥の目の前で話すと反応を伺った。
遥は一瞬手を止めたが、すぐに机の中の教科書を探すのを再開した。
「早坂くんて、モテるんだね!かっこいいもんね。」
「別にモテないよ。月村こそ女子に囲まれてモテてるんじゃないの?」
京はふふんと鼻で笑うと、自分の席に座り次の授業の準備を始めた。
「まぁね。結構モテるかも。」
「…うざぁ。」
遥の心の声がつい表に出てきてしまった。
「今、ウザイって言った?廣宮くん、ひどいんだけどー。」
遥の腕の部分をつまむと、京はクイックイッと引っ張った。
「言ってない言ってない。月村くん顔キレイだもんねー。カエデが褒めてたよ。」
遥は少し嫌味っぽく伝えた。
「え?早坂くん、俺の事褒めてくれたの?嬉しい!」
「ん?なんかイメージ変わったな。今はキレイな顔のチャラいヤツ?」
「はは、確かにー!」
楓と遥は二人で京の顔を見ると、続けてチャラいチャラいと連呼した。
―――放課後。
楓は言われた通り屋上への階段をのぼり、重い扉を開けた。冬の冷たい風がひゅーっと顔に当たる。しかしそこには、誰の姿もなかった。
「誰もいないよな…なんだったんだ。」
楓は帰ろうと思い、扉を開けようとドアノブに手を掛けた。その瞬間、ガチャっと扉が開いた。後ろへ一歩下がり、その人物の顔を確認する。
「…なんで?」
楓の前に現れたのは一年の女子ではなく、京だった。
「早坂くん、ごめんねー。女の子じゃなくて、俺でした。」
京はふざけたように舌をペロッと出して笑った。
「は?ふざけてる?俺、帰るよ。」
「ちょちょちょ、ごめんて。行かないで。こうでもしないと、早坂くんとゆっくり話せないから。」
「別に、教室でも話せるだろ?」
「ちょっと、内容的に…?」
京は、まぁまぁと言うように両手で楓をこの場に留まらせた。楓は諦めたように、鼻でスっと息を吐き一瞬睨むように京へ視線を送ると、少し高くなっているフェンスの根元部分に腰を下ろした。
「早坂くんて、俺の事…軽蔑してる?」
「どうして?」
「中学の時、俺いろいろ噂されてたから。聞いたことあるでしょ?男が好きだって。」
「ただの噂だろ?」
「ホントにそう思う?早坂くん、気づいてるんじゃない?噂は本当かもしれないって。」
「早坂くんも、同じでしょ?俺と。」
楓は京から発せられる言葉を固唾を呑んで聞いていた。なにか言わなければと思うが、何を言ったら良いのか分からず、ただ黙ったまま下を向いていた。
「俺が、廣宮くんと話してる時の早坂くんの顔…怖いよ?たぶん、無意識なんだよね、そういうのって。自分では出してないつもりでも心が言うこと聞かない…みたいな。」
黙ったままの楓を横目に、京は続ける。
「俺、男が好きだよ。中学の時に好きな人居て、告白する前に他の奴らにバレちゃって。それで、逃げた。周りの視線が怖くなって、学校にもあんまり行けなくなった。…でも、今になって逃げなきゃ良かったって考えちゃうんだよね。周りの奴らが言う言葉に振り回されて、告白する前からダメだって決めつけて勝手に諦めた。好きな人もアイツらと同じように思ってるって…本人に聞いたわけでもないのに。」
京は手を組み、ギュッと力を込めて握った。
「高校に入学してからも、女の子に告白される度に、俺は存在しちゃいけないんじゃないかって考えてて。二年になってすぐに留学したんだ。…また逃げた。」
楓が顔を上げて、京の横顔に静かに言葉を送る。
「逃げたんじゃないだろ。月村は戦ってたんだよ。普通とか常識とか表面的とか世間体とか。…逃げてるのは俺の方だ。俺は月村とは全然違う。臆病で弱くてズルい。だから、彼女作って周りに疑われないように盾にした。気持ちは別の方
「彼女と別れたことって廣宮くんは知ってるの?」
「いや、言ってない。」
京はスマホを取りだし、楓に一枚の写真を見せた。
「これ。」
画面には、京と違う制服を着た高校生が二人で笑っている写真が表示されている。
「俺の彼氏。」
京は、照れたようにはにかんでいる。
「同じ頃に留学してて、向こうで仲良くなった。来年こっちに帰ってくるんだ。
オランダってさ、すごいオープンだし、いろいろ認められてて同性同士でも、そのことを特別視したり特異なものとして誰も見ないんだ。人が人を好きになっただけ。他人には自分が持つ気持ちを押さえ付けることは出来ない。そんな所で生活してるとさ、不自然なことって何もないなって思えてきて、好きって言葉にして伝えたいって、そう思えたんだ。…それでもやっぱり、いざ伝えようと思うと身体は硬くなるし、緊張で震えるし、関係が壊れたらどうしようって考えちゃうんだけどね。」
「すごいな、月村は。」
楓は立ち上がり、フェンス越しに見える街の景色を見下ろした。
「早坂くんだって、分かってるんでしょ?自分の気持ちを隠そうとしたり、誤魔化そうとしたりしても絶対に消えることはないって。それどころか、余計に大きくなって、いつか爆発しちゃうんじゃないかって。伝えられないって思ってるから、相手の行動に寂しくなったりイライラしたり。それでもいいって思ってた気持ちが、少しずつ変わり始めたんじゃない?」
楓は静かに頷いた。
「…はくしゅんっ!」
京のくしゃみを聞いて、強ばっていた楓の顔に笑顔が戻った。
「寒いよな、帰ろう。」
ドアに向かって歩き出す楓の背中に向かって呼びかける。
「早坂くん、信じなきゃダメだよ。自分のことも、廣宮くんのことも。早坂くんが好きになった人なんだから、絶対バカにしたり侮辱したりしない。真剣に考えてくれるよ。」
楓は振り返ると、何かが吹っ切れたような、そんな清々しい笑顔で頷いた。
「そうだな。」
屋上からの階段を途中まで降りると、楓は京に手を振った。
「俺、教室に荷物あるから取ってくる。また明日な。…今日はありがとう!」
「明日、いちごミルクでいいよ~。まったねー。」
いつもの調子のいい京の姿で手を振りながら、ぴょんぴょん跳ねている。
楓は振り返ると教室をめざして歩いた。すっかり暗くなった廊下を進むと、自分の教室だけ明るいことに気づいた。
「誰かいるのか…。」
扉をゆっくり開けると、机で寝ている遥の姿があった。
「ハルカ…!どうした?」
遥は揺さぶられ、半分寝ぼけたように目を開けて楓に焦点を合わせる。
「…あ!カエデと一緒に帰ろうと思って待ってたら、いつの間にか寝ちゃってた。…呼び出しって何だったの?やっぱり告白?」
遥は少し不安そうに問いかけた。
楓はそんな遥の顔を見て笑って首を振る。
「全然。委員会のことだった。月村が紛らわしい言い方するから。…告白じゃないよ。」
楓は遥に手を差し出す。
「帰ろう。遅くなっちゃってごめんな。」
「ううん。俺が勝手に待ってただけだから。」
差し出された手を掴んで立ち上がったが、楓の手の冷たさに驚いた。
「カエデ、手冷たすぎ!これあげるから。」
そう言うとカバンからカイロを取り出し楓に渡した。
「大丈夫だよ。ハルカが使って。」
「もう一個ある!」
ポケットからカイロを出してシャカシャカ振ってみせた。楓の口元は緩み、ありがとうと言って楓もカイロをポケットに入れた。
外に出ると、辺りはすっかり暗くなり気温もかなり下がっていた。
「カイロってポケットの中に入れとくと温かいけど、片方の手は寒いよな。」
遥の左手はポケットの中のカイロを握っていた。
「じゃあ、右手貸して?」
「ん?」
楓の方に右手を出すと、その手をそっと握って楓の制服のポケットに一緒に滑り込ませた。
「これなら温かい?」
遥はマフラーで口元を隠すように、首をすくめた。
「温かい…です。」
楓は自分の行動に少し驚きながらも、普段なら絶対に躊躇してしまう行動に出られたことに嬉しさも感じていた。
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