ライバル出現?

教室には、春から空いている席が一つある。

オランダに留学していた生徒が、今日戻ってくる日だった。

「おはよう!!今日から、月村が帰ってくるぞー。これで、全員集合だな。」

山田が嬉しそうに話す。

「二年になって、すぐに留学したから初めて会う人もいるよな。」


――ガラガラ。

教室の前の扉が開くと、細身で色白の生徒が静かに入ってきた。キレイなミルクティーのような色のサラサラの髪は耳まですっかり隠すような長さで、歩くと端正な横顔が姿を現す。

生徒の方を見た瞬間、その美しい顔立ちに女子の間から思わず感嘆の声が漏れた。


「よし!転校生みたいだけど、もともと俺のクラスの生徒だからな!みんな仲良くしろよ。…って言われなくても、なーんか女子の目ハートじゃないか~?羨ましいな、おい!」

山田はそう言うと背を向けて、黒板に名前を書き出した。


「とりあえず、自己紹介しとくか?」

「はい。月村京つきむらきょうです。4月からオランダに留学していて先日帰国しました。向こうで学んだことを日本でも生かせたら良いなと思っています。みなさん、よろしくお願いします。」

教室からは拍手と女子たちのキャーという嬉しい悲鳴もあがった。

「えっと、席は…この列の一番後ろな。隣は廣宮だ。色々教えてもらってな!」


隣に座った京は遥を見てニコっと微笑んだ。

「久しぶり。中学一緒だったよね?…廣宮くん!」

「うん、久しぶりだね。よろしくね。」

京の視線が楓に向けられた。

「…早坂くん、だよね?二人とも同じ高校だったんだね。一年の頃はクラスが違ったから分からなかった。」

楓は斜め後ろの席の京の方に体を向けた。

「ああ。久しぶりだな。よろしく。」


休み時間になると京はクラスメイトに囲まれた。

「月村くん、オランダに留学してたんだね!英語話せるの?」

「うん、オランダ語が公用語なんだけどね、ほとんどの人が英語話せるからだいぶ勉強になったよ!」

「え~、かっこいい!」

「こんなイケメンが同じクラスとか幸せ~。」

「ね~!眼福眼福!」


「そんな風に言ってもらえてすごく嬉しいよ。」



そんな様子を楓と遥はベランダに出て眺めていた。

「中学の時ってさ、同じクラスになった事ないよね?」

「ああ。隣のクラスの綺麗な顔のヤツってくらいしか記憶にないかもな。」

「カエデも綺麗な顔とか思うんだ。」

遥は少しムッとして、人の壁の隙間から見える京を僅かに睨んだ。


「…男にしては美人だなぁって。」

そう言ったところで、楓の頭の中にあの時の記憶が蘇ってきた。

(そういえば、あのとき噂になってたのって、月村だったんだよな。あのあと、あんまり学校で見かけなくなった気がする。まぁ、あの噂も本当かどうか分からないけどな。)


チャイムが鳴り、京の周りを取り囲んでいたクラスメイトは自分の席へと散っていった。

遥は席につきながら、京の横顔に目をやる。

(確かに、色白で、まつ毛もあんなに長いし、なんかすげー綺麗な髪してるし。中学ん時、あんまりよく見たこと無かったから分かんなかったな。)


遥の視線に気づいたように、京も遥の方を見た。

遥は慌てて目を逸らそうとして、明らかに不自然な方を見てしまった。

「廣宮くん、どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。時間割、この席からだと遠いんだよね。」

「そっか。…そういえば、二人ってすごく仲良さそうだよね?中学から仲良いの?」

京は、シャーペンの芯を一本取り、補充しながら遥に聞いた。

「ああ、俺たち幼馴染だから。子供の時から一緒なんだ。」

「へぇ。どうりで。」

楓は後ろの二人の会話が気になり耳を澄ませていた。

「あ、うん。でも普通だよ。」

「あのさ、あのさ…」

遥を手招きして、京はそっと耳打ちをしてきた。


「俺たち、一緒だよね?」


一体なにが一緒なのか、どういう意味なのか、皆目見当かいもくけんとうもつかないといった様子で遥は目をパチパチさせている。

「え、なにが?」

そう質問する遥に京は、「今度、教えてあげるね。」と言って涼しい笑みを浮かべる。

楓は、耳打ちした部分が聞き取れず、何を話していたのか気になって仕方ない様子だった。





「昨日さ、月村と何話してたの?」

「ああ、俺たちが幼馴染ってこととか。」

「とか?他にもあるの?」

「…いや。特になにもないよ。」


言葉を濁す遥が気になったが、山田の声に阻まれてしまった。

「おーい、早坂。ちょっと返却物あるから職員室まで来てくれるか?」

「…はい。」

立ち上がりながら遥の顔を見るが、遥は目を逸らしたまま楓の方を見ようとはしなかった。

「ちょっと行ってくる。」

「おう。」

そこで楓に笑顔を向けたが、ぎこちなさがまとわりついており、自然な笑顔とは言えない出来だった。

隣の席に京が戻ってきて、椅子に座るや否や頬杖をついて遥の方をじっと見てくる。

遥は窓の方を見ていたが、人の気配と視線を感じ隣の席を向くと、吸い込まれそうな京の瞳が遥を捕まえた。


「廣宮くんと早坂くんって何して遊んでるの?」

「うーん、どっちかの家でゲームが多いかな……そういえば昨日の、『俺たち一緒』ってなにが一緒なの?」

「あぁ、あれね。…俺と一緒だね、の方が分かりやすいかな。」

京は遥の反応を試すように、間隔をあけて話す。

「全然分かんないんだけど。」

そんな京の態度を焦れったいと感じた。

「廣宮くんて…」



「男が好きでしょ?」


遥は目を見開き、目の前から届いた問いへの正解を考えたが、どうしたって動揺が溢れてきてしまう。

心臓が一気にスピードをあげ、痛いほどに脈打つのが分かった。

「なっ…何言ってるの?…俺、彼女いるよ。週末だって一緒に出掛けるし。」

「へえ。その彼女のこと好き?…俺、分かっちゃうんだよね。」

何をどう説明すれば目の前のミルクティーを黙らせることが出来るか、考えようにも頭が回らない。

「その彼女と、本気で付き合ってる?」

「…それは、」

遥が言葉に詰まっていると、楓が職員室から戻ってきた。遥と京が話をしている姿を目にすると、足早に机まで戻った。

「何の話?」

遥に向けられた視線だったが、京が横取りするように答える。

「二人は何して遊んでるの?って。俺、ゲーム苦手なんだよね。すごい下手くそ。」

「お、俺も…カエデに全然勝てなくて。いつも負けちゃうんだよな。」

「そんなことないよ。」


少しぎこちなさを孕んでいるようにも見えるが遥が笑っているのを見て楓は安心した。しかしながら、京が必要以上に遥との距離が近い感じがして少し気になった。


「ハルカ、少し顔赤くないか?」

顔をのぞき込み前髪をあげると、額に楓の手が触れる。冷たい楓の手の温度にビクッと肩が揺れる。それと同時に隣から監視されているような視線が気になり、遥は慌てて楓の手を額から離した。

「大丈夫…大丈夫だよ。元気だから!」

「そっか。なら良いんだけど。」


京の方を横目で見ると、意味ありげな微笑みを浮かべていた。なにか、重要なことを掴まれて逃げ場がないような、居心地の悪い密室に押し込まれた感覚になった。


授業が終わり、遥が黒板の文字を消していると隣に京がやって来た。

「俺も手伝うよ。」

遥とは反対の方から消し始め、黒板の真ん中で隣合った。すると京は消す動作をしながら遥に耳打ちをする。


「…早坂くんでしょ?」

遥はその名前に驚き、京の顔から視線を外せなくなってしまった。前後の文章がなくても、遥には京の言いたいことが全て分かってしまった。

「どうして?」

遥には不思議で仕方なかった。戻ってきて数日のヤツに、隠し続けてきた自分の気持ちが見透かされてしまうなんて有り得ない、と。

遥は京の腕を掴んで廊下に出て行った。その時、京が楓に視線を向けると、明らかに動揺している楓の姿が目に入った。


(あいつら何処行くんだ…?)

気になるが追いかけるわけにもいかない楓は、ただ二人が戻ってくるのを待つしかなかった。


遥は誰も居ない図書室で京の腕を放した。

「ねえ、どうして?」

「俺、分かるって言ったじゃん?」

「それで、どうするつもり?」

「どうもしないよ。分かるってだけで、そのことバラしたり、そんなことしないよ。…俺と一緒だねって言ったでしょ?」

図書室の大きな窓から光が差して、本の背表紙を照らしていく。

「中学の時の、俺の噂聞いたことあるよね?…俺と同じ思いしてほしくないだけ。…まぁ、自分で踏み出すしかないんだけどね。」

遥の顔はみるみる曇っていく。

「言えないんだ。カエデを困らせたくないから。」

「そう思っちゃうんだよね。勝手に相手の気持ち想像して…自分が我慢すればってね。でもそれは、本当の気持ちじゃない。作り上げた幻に負けちゃダメだよ…俺は、応援してるよ、陰ながら。」


「月村くんは、伝えられたの?」


京は黙って首を振る。

「だから、後悔しないようにね。どうしたいか、どうなりたいか、自分が決めるんだよ。」

遥は少し寂しそうな笑顔を見せた。


「なんか、ごめん。こんな所まで連れてきちゃって。教室戻ろう。」



教室の扉を開けると、楓の突き刺さるような視線とぶつかった。

「どこ行ってたの?」

「…あの、月村くんの制服にチョークの粉付いちゃって、それ落としてた。なかなか落ちなくて。」

遅れて月村がハンカチで手を拭きながら戻ってきた。

「ごめんね、廣宮くん。手間かけさせちゃって。キレイになったよ。」

「うん、良かった。」

楓は二人の様子を交互に伺うと納得したように前に向き直った。

遥が横目で京を見ると、うんうんと頷き、小さく指でOKのサインを出した。

教室に戻る前に打ち合わせした寸劇が上手く出来たことに対するものだった。遥は安心したように静かに長く息を吐いた。

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