デート
「カエデくん、次の日曜日デートしよ?新しく出来たショッピングモール行きたいの!」
実弥はスマホの画面に映る、ショッピングモールの広告の画面を楓に見せた。
アパレルショップや雑貨屋、本屋やアクセサリーショップ、レストランやカフェなどいろいろな店舗が入っているようだ。
「うん、大丈夫。」
「やったー!楽しみにしてるね。」
約束を取り付けた実弥はスキップするように教室を出ていくと、実弥と入れ替わりに遥が教室に戻ってきた。
「カエデ、日曜日うちでこの間のゲームしない?俺、あれから毎日練習してるから今度は絶対負けないよ!」
「…日曜日か。ごめん、予定あるんだ。」
「そっかぁ。…美季ちゃんの買い物の荷物持ち?」
楓はこめかみの辺りを人差し指でポリポリと掻いて、少し困ったように口を開く。
「いや、大崎と出掛けるんだ。」
遥はハッとしてぎこちない笑顔を繕った。
「そっかそっか。デートかよー。」
「土曜日なら予定ないんだけど…ハルカはどう?」
「…あぁ、ごめん。土曜は俺都合悪いんだよね。ゲームはいつでも出来るから、また別の日誘うよ。」
遥は嘘をついた。
土曜日に予定など無かった、ただ心臓に響いた痛みでつい、会うことを拒んでしまった。
(なんで俺…嘘ついてんの。嫉妬?ほんとダサいじゃん。嫉妬する意味分かんないし。カエデは大崎と付き合ってるんだから。デートなんて当たり前じゃん。)
楓の心の中も光を見失い霧に覆われたような、スッキリしない気持ちで充満していた。
(タイミング悪すぎだろ。ハルカがもう少し早く来てくれてたら…ってもう、そんなこと考えても仕方ないよな。)
――日曜日。
ショッピングモールはオープンして初めての日曜ということもあり、たくさんの人で賑わっていた。イベントスペースでは、ギターを持った女性が歌っている。その様子を、二階や三階にいる客たちも下を覗き込むようにして聴いていた。
イベントスペースを横目に進んでいくと、噴水があり後ろの壁には大きな時計が掛かっており、待ち合わせをする人が噴水の周りに座っていた。
その中に実弥の姿もあった。ニットのワンピースにブーツを合わせていて、大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
「ごめん、おまたせ。」
楓は人の間をすり抜けて実弥の前までやってきた。
「ううん、全然。」
「今日、いつもと感じが違うな。」
「カエデくん、私服だとめちゃくちゃ大人っぽいから、負けないようにと思って。」
実弥は腕を広げて、その場でくるりと一回転した。
「似合ってる?」
「ああ、大崎も十分大人っぽいよ。」
ギターの音が心地よく流れる。そんな音色と人の声に包まれながら二人は歩き出した。
「行きたい洋服屋さんがあるの。」
エスカレーターに乗りながら、実弥は後ろにいる楓の方を振り返った。エスカレーターを下りると目的の店舗が目の前に現れた。
淡い色や明るい色の服が通路から見える位置に並べてある。
「可愛い!」
実弥は、綺麗に畳まれた服を広げて自分の体に合わせて楓に見せた。鮮やかなブルーのセーターを持っている。
「カエデくん、これどう?」
「うん、いいと思う。」
「あ、グリーンもあるんだ。どっちも可愛いなぁ。カエデくん、どっちがいいと思う?」
「大崎ならどっちも似合うと思うけど、ブルーかな。」
「ほんと?それじゃ、これ買ってくるね!」
「貸して。俺が買うよ。」
楓は実弥が持っているセーターを貰おうと手を差し出した。
「いいよいいよ!自分で買うから大丈夫。」
「いつも貰ってばっかりだから、プレゼントさせてよ。」
実弥は視線を一瞬下に逸らしたが、すぐに笑顔になる。
「ほーんとに!気にしないでよ。あたし買ってきちゃうね!」
そっか、と言うと楓は差し出した手を下ろした。
実弥は、グリーンのセーターを綺麗に畳直し元の場所に戻すとレジへ向かった。
楓は、店の外で実弥を待つことにした。
会計を済ませ店の外に出た実弥は、そこに居るはずの楓の姿がないことに気づき辺りをキョロキョロ見回した。すると、人混みの中から楓が現れた。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってた。」
「カエデくん、急に居なくなっちゃうから帰ったかと思ったよ!」
もう一度、ごめんと言うと楓はスマホを見た。
「もうすぐお昼だな。何か食べたいものある?」
「お腹空いたなぁって思ってた。パスタの気分!」
「じゃぁ、店決めよう。」
レストランが並んでいるエリアに向かうと、その匂いだけで幸せな気分になれるような空間が広がっていた。
雰囲気の良いお洒落なイタリアンのお店を見つけたので、二人はそこに入ることにした。
開放的で明るく、テーブル席の他にカウンター席もある内装だった。
席に通されメニューを開くと、目移りしてしまうほどの数の料理名が写真と共に飛び込んでくる。
まるで教科書の問題でも眺めるように、眉間にシワを寄せて考え込む実弥の姿に楓は思わず笑ってしまった。
「それって、食べたいもの選ぶ時の顔?」
実弥は両手で眉間に寄ったシワを伸ばそうとする。
「だって、全部美味しそうで決められないよー。カエデくん決まったの?」
楓は実弥が熱心に見ているメニュー表のジェノベーゼの写真をトントンと指さした。
「これにする。」
「もう決まってたのー?ちょっと待ってね!」
メニューの写真を見ては上の方に視線を動かし、味の想像を膨らませているようだった。
「ゆっくりでいいよ。」
そうして熟考し、ようやく決まった料理が二人の目の前に運ばれてきた。白いシンプルな四角い皿に、鮮やかなバジルのソースがパスタに絡められた楓のジェノベーゼと、丸く少しだけ深くなった皿にはエビやホタテ、ほうれん草が混ざり合った実弥のクリームパスタが美味しそうな湯気とともに目の前に置かれた。
「わぁ!美味しそう!いただきまーす。」
「いただきます。」
実弥は上の方に乗っているエビにフォークを刺すと、口に入れる前から美味しいという顔をしてパクっと食べた。
「うう、すごい美味しい!」
「そ?それは良かった。」
楓も数本パスタをフォークで持ち上げると、皿の上でクルクル器用に巻いて口に運んだ。
「うん、美味しい。」
「悩んだ甲斐があったよー。」
数席空いていた店のテーブルは、いつの間にか客で埋まっていた。店の外に並べてあるイスにも順番待ちの客がいるようだった。
二人はデザートまでしっかり平らげると、満足気に店を出た。
「お腹いっぱい。あのアップルパイ最高に美味しかった~。」
「よくあんなデカいの食べられたな。」
「人を大食いみたいに言わないでもらっていいですか?」
「そうじゃなくて、美味しそうに食べてるの見ると、なんか嬉しくなるな。俺が作ったわけじゃないけど。」
「ほんと、カエデくんと一緒に食べられて良かった!」
二人は下りのエスカレーターに乗って、ショップが集まるエリアを目指した。
お姫様でも出てきそうなピンクや白にレースを基調としたショップで、香水やオシャレなボトルに入った入浴剤の香りを嗅いでは、どの香りが好きか教え合ったり、本屋では自分が好きなマンガをオススメしたりした。
駄菓子でいっぱいに詰まった夢のような店を見つけて、二人は遥と彩水にお土産を買っていくことにした。
「彩水、絶対喜ぶと思う!自分の分も買おうっと。」
「ハルカもこういうお菓子大好きなんだよな。」
そう言ってお菓子を選ぶ楓の顔はとても楽しそうだった。
小さいカゴに山盛りになるほど詰め込んだ駄菓子を見て、二人は顔を合わせて笑った。
すっかり日の落ちた後の景色が、大きな窓の外に広がっていた。冬の季節は外の木々にイルミネーションが施されるようで、キラキラとブルーや白の光で溢れている。
「カエデくん、お茶していかない?」
「ああ。あそこのカフェ入ろっか。」
イルミネーションが見える窓際の席に座り、ホットコーヒーとキャラメルラテを注文した。
「今日は、ありがとね。楽しかったよ。」
「俺も楽しかったよ。」
お待たせいたしましたと言ってスタッフがカップを二つテーブルに置いた。キャラメルの甘い香りがふわっと揺らいだ。
楓はテーブルにリボンの持ち手がついた小さな紙袋を出すと、スっと実弥の方に渡した。
「これって?」
「大崎に似合うかなぁと思って。」
袋の中には小さな箱が入っていて、フタを開けると雪の結晶のネックレスが控えめに輝いた。
実弥は楓を見ると目を潤ませて下を向いた。
そして、ゆっくりとフタを閉じ箱をそっと袋に戻すと楓の方に両手で押し戻した。
「これは…もらえない。」
「ごめん、気に入らなかった?」
実弥は、下を向いたまま頭を横に振った。
「カエデくん…別れてくれない?」
顔を上げた実弥は、無理して笑いながら涙を零した。
「え?…どうして。俺、何かした?」
「なにもしてないよ。…なーんにも、してくれなかったね。」
楓はカップの中に映る歪んだ自分の顔を見た。そして、何も言えないまま実弥に目線をうつした。
「カエデくん、本当は他に好きな人いるでしょ?」
思ってもみなかった実弥の言葉に息を呑んだ。
「自分ではさ、気持ちを隠したい相手には必死になって繕うからバレないかもしれないけど、周りの人が見たらバレバレなんだよね。…カエデくんにとって、あたしはいつだって視線のゴールの通過点でしかなかった。最後に行き着くのは…いつもハルカくんだった。」
楓は膝に置いた両手を強く握った。
「それでもいいって思った。いつかはあたしのことちゃんと見てくれる時が来るって信じようって思ったんだけどね。一緒に過ごせば過ごすほど、カエデくんには触れられない気がしてきちゃったんだ。どうしたって敵わないって分かっちゃったから。…でもまぁ、今までどれだけ告白されても断ってきたカエデくんと付き合えたんだから、そこは自慢できるとこ!…嘘でも、あたしを選んでくれてありがとね!」
「嘘じゃない…本当に、大崎となら付き合っていけるんじゃないかって思ったから。…そんなの言い訳だよな、傷つけてごめん。最低だな。」
実弥は冷めてしまったカップの中身をスプーンで混ぜて一口飲んだ。
「別れたこと、あたしからは何も言わないから、ハルカくんには自分で伝えてね。彩水にはタイミングみて話すから。」
「…今度、もしカエデくんがあたしに告白してきても付き合ってあげないからね!カエデくんのことキッパリ振るの楽しみだなぁ。…だからね、ちゃんと好きな人と一緒に居なきゃダメだよ!」
「…やっぱり大崎と付き合えてよかった。」
「本当はもっと、文句言ってやろうと思ってたのに。最後にこんなプレゼントくれようとするんだもん…ズルいよね。いつの間に買ってたの?」
「大崎が服の会計してるとき。」
「トイレって言ってた時?…そういうことをさ、その顔でやっちゃうとこホント卑怯だから、自覚してね!」
実弥は、くもりのない晴れやかな笑顔をしている。
「それじゃ、あたし行くね。」
「送っていかなくて平気?」
「だから、そういうとこ!…大丈夫だから。また明日からよろしくね。今度は友達として。」
「大崎…ありがとう。」
先に席を立ち、店を出ていく実弥の背中を見送った。
イルミネーションの中を一人で歩く実弥の頬は、一筋の涙で光っていた。
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