遊園地2

園内にある大きな時計は、まもなく十二時を知らせようとしていた。

「もう、お昼だね!フードコートで食べよっか。」

四人の目の前にはガラス張りで明るくカラフルな屋根の建物が見えた。外の景色がよく見える席につき、注文したものが出来上がるのを待った。

「タダで来られてラッキーだったよね。」

「私たちはかくれんぼで見つかっちゃったから、ハルカくんやカエデくんのおかげだね。」

「俺は、カエデが居なかったら時間内に隠れられなくて速攻で見つかってたよ。」

「確かに。あと二、三分しかないのにウロウロしてたもんな。」

実弥と彩水は顔を見合わせた。

「カエデくんとハルカくん、同じ場所に隠れてたの?そんな広い場所あったっけ?」

遥がヤバっという顔で視線を泳がせた瞬間。


――ピー、ピー、ピー。

料理の出来上がりを知らせる呼び出しベルが鳴り響いた。

「あっ。出来た!あたしたちもらってくるね。」

そう言うと、実弥と彩水は二人で席を立ち料理を取りに向かった。

頬杖をついていた楓は人差し指を立て、唇にそっと当てると、目の前の席に座る遥に「しー」っと合図を送った。遥はウンウンと首を縦に振り、コップに入った水を一気に飲み干した。


「おまたせー。美味しそうだよ!」

「ありがとう。取りに行かせちゃってごめん。」

全然、と実弥は顔の前で手を振る。

外を眺めると、あんなに晴れていた空がどんより曇ってきていることに気づいた。

「ちょっと曇ってきたね。」

彩水が不安げに空を見上げる。

「食べたらさ、お土産見に行かない?タダ券貰えない可哀想な山ちゃんにもおみやげ買っていこ!」


楓と遥がトレーを返却口に戻し外に出ると、午前中よりも気温が下がり、先程よりも重く厚い雲が垂れ込めていた。

フードコートから少し離れた場所に、お土産を売るショップがあった。実弥と彩水は山田に渡すお菓子を選んでいた。

「これなんかいいんじゃないかな、山田先生好きそう。」

「お、それいいね!それにしよ!」

山田に渡すお菓子が決まり、レジで会計を待っていると外からザーっという雨音が聞こえてきた。


彩水のLINEが鳴った。

「ハルカくんたち、隣のカフェに居るって。」

買い物を済ませてカフェに行くと、遥が手を振っている。テーブルには温かいココアが二人分置いてあった。

「寒いからこれ飲んで温まって。」

「これもよかったら食べて。」

楓は白いお皿に乗ったチーズケーキを二人に差し出した。


「「ありがとう!」」

実弥と彩水はキラキラと目を輝かせて、いただきますと言って手を合わせた。

外の雨は止みそうにない。

「まだ乗りたいものいっぱいあるのにー。」

チーズケーキを頬張りながら実弥は外から聞こえる雨音を睨んだ。

「もう、止まないかな。」

彩水は、はぁっとため息をついた。

遥はリュックの中をゴソゴソすると、テーブルの上に折り畳み傘を出した。

「二人はこれ使って。」

「でも、それじゃハルカくんたちは?」

「俺たちは大丈夫だから。少しくらい濡れても平気だよな、カエデ。」

「ああ。俺たちのことは気にしないで。」

実弥と彩水はココアとチーズケーキを食べ終えると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「また来ようね、絶対に。」

「今度は一日中いようね!」

もう一度空を見上げるが、雲は晴れそうにない。彩水はゆっくりと傘をひらき実弥との間にさした。

「傘ありがとう。ハルカくんたち風邪ひかないようにね。」

傘にパタパタと雨が落ちてくる。

「今日はありがとね!すごい楽しかった!傘借りちゃってごめんね。」

実弥はお土産の入った袋を両手で抱えた。

「久しぶりに遊園地来られて楽しかったよ。また学校でな。」

楓は右手を胸の前に上げた。

「俺も楽しかった。気をつけて帰ってね。」

遥も胸の前まで上げた手をひらひらと振っている。


名残惜しそうに後ろを振り向きながら、実弥と彩水は少しずつ遠ざかっていく。遥の傘が雨に霞んでだんだんと見えなくなっていった。



「よし、俺たちも帰るか。」

「おう…でも雨冷たそう。」

屋根から先へ手を伸ばし雨を手のひらに乗せてみると、十月の雨は容赦なく冷たかった。


「とりあえず、駅だな。走れる?」

「うん、行こう!」

手で雨を防ぎながらバシャバシャと地面に溜まった水の上を走っていく。数メートル走れば髪も服もびしょ濡れになった。

駅は遊園地を出て、横断歩道を渡ればすぐの所にある。先を走る遥が横断歩道まで辿り着いた。


「カエデ、早く早く。」

後ろを振り返り楓のことを呼んでいる間に、信号は点滅し、赤に変わった。

そのことに気づいていない遥は横断歩道を渡ろうと前を向き、一歩踏み出そうとした。

「ハルカ!!」


前に進もうとした遥の腕を後ろにグイッと引き戻し、その勢いで遥は楓の腕の中に抱きしめられる形になった。

「…危ないよ。」

「ご、ごめん。……ありがと。」

信号が青に変わると、楓は遥の手をつかんで走り出した。雨のせいでだいぶ体温が奪われているのが伝わってくる。

電車に乗り、家の最寄り駅で降りると少しだけ雨が弱まった。二人は駅から楓の家まで走った。


――ガチャ。

扉を開けるとそこは天国のような温かさだった。

「上がって、風呂湧いてると思うからハルカ先入って。」

「え、でも、カエデ風邪ひいちゃうよ?」

玄関での話し声を聞き、リビングから美季が現れた。

「うわ、二人ともビショビショじゃん!一緒にお風呂入っちゃえば?」

楓は慌てて言葉を重ねる。

「大丈夫だから、ハルカ先入って。」

「ごめん、ありがとう。…お邪魔します。」



遥はホワホワと湯気が上がる湯船にゆっくりと浸かった。体の芯から冷えていたので、お湯の温かさがじんわりと内部に染み込んでいく感じがした。花のような甘い香りの入浴剤がお湯をまろやかにしていた。


「ハルカ、着替えここに置いとくから。」

すりガラスの向こうに楓の影が見える。

「あ、うん!ありがとう。…カエデ大丈夫?もう出るね。」

「俺は大丈夫だから、ゆっくり入って。」

着替えを置くと、楓の影はゆっくりと扉を閉めて出ていった。


風呂から上がり置いてある着替えを手に取ると、それは楓の服だった。

袖を通すと楓に包まれているような気持ちになった。そして、楓のサイズは遥には少し大きく、手のひらの半分は袖の中に隠れてしまう。

楓の服を身にまとい、遥は二階にある楓の部屋に入った。

「カエデ、お風呂ありがとう。着替えも。…へへ。ちょっとブカブカ。」

遥が袖をゆらゆらさせて見せた。

「ハ、ハルカには少し大きいよな。…俺風呂行ってくるからドライヤー使って。」

楓は頭に乗せたタオルで、顔を隠すように部屋を出ていった。

――パタン。

(マズイ…俺の服着てるハルカ、直視出来ない。)

熱くなった頬を手の甲で冷やしながら階段を降りていった。


遥の髪が乾いた頃、部屋のドアが開くとトレーを持った楓が入ってきた。

「はい、コーヒーとお菓子。コーヒー甘い方が良いよな?」

そう言うと、ミルクと砂糖の入ったコーヒーのカップを遥の前に置いた。

「うん、ありがとう!」

楓はタオルを頭から被ったまま髪を乾かそうとしない。

「ドライヤー使わないの?」

「うん、いつもこのまま。」

楓はタオルでワシャワシャと髪をふいた。

「ダメだよ。ちゃんと乾かさなきゃ。ちょっとかして。」

ドライヤーのスイッチを入れると、遥は楓の後ろに座った。遥の指が楓の濡れた髪をとかしながら風を送る。楓は顔が見えないのをいい事に、目を瞑ったまま微笑んだ。


耳元で騒がしかった風の音がカチッと止むと

「はい、乾いたよ。」

と言って手櫛で髪をとかした。それがくすぐったくて、楓は首をすくめた。

後ろを振り向き「ありがとう」と言う楓と目が合い、遥は楓の髪を両手でグシャグシャにして照れた顔を見られないようにして「どういたしまして。」と呟いた。


レースのカーテンがオレンジ色に染まっている。遥はカーテンをシャーっと開けて窓の外を眺めた。

「カエデ、雨上がったよ。夕焼けキレイ。」

楓は遥の隣に立ち一緒に空へ視線を送る。

「ホントだ。あんなに降ってたのにな。」

空のオレンジから遥へ視線を移すと、遥のオレンジ色の髪をそっと撫でた。

急に触れられた遥はスっと息を吸い、空を見たまま楓に尋ねた。

「カエデ?どうした?」

「…ちゃんと乾いてるかなぁと思って。」

遥は髪を触る楓の手を取った。

「それは、こっちのセリフ!カエデこそちゃんと乾かさなきゃダメだよ。風邪ひいちゃうよ?」

ふふっと笑いながら、はい。と素直に答える楓の姿が可笑しくて、遥もははっと笑った。


「…じゃあ、俺そろそろ帰るわ。お風呂ありがとね!服は後で返すから。」

「ああ。いつでも大丈夫だから、気をつけて帰れよ。」

遥は手を振り、楓の部屋のドアを静かに閉めた。


秋の空はあっという間に色を変え始め、夜に向かって進んでいく。少しずつ小さくなる遥の背中を二階の窓から見送る。

冷たい風が楓の髪をなびかせていた。

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