遊園地

見上げる木々の葉が赤や黄色に染まり始める十月。

肌寒さからいつもよりも厚い上着を羽織り、四人は同じ場所に集合した。


波打つレールに廻るコーヒーカップ、おどろおどろしいモンスターが門に覆い被さる入口、色とりどりの模様が描かれた地面。飛べそうなほどの風船を持つピンクのうさぎ。


――二週間前。大会後。

結果発表の放送が流れた瞬間、教室は静まり返り、そして大歓声に包まれた。

楓や遥のクラスは見事優勝を勝ち取ったのだ。

無論、一番の声量で喜んでいたのは担任の山田だった。

「うぉーー!やったな、お前ら!信じてたぞ!!」

ガッツポーズをして、何回も腕をぶんぶん振り降ろしている。そのまま、教室の扉を勢いよく開けてバタバタと廊下を駆けていってしまった。

数分後、戻ってきた山田の手にはクラスの人数分の遊園地のチケットが札束の様に握られていた。

「お前ら良かったなあ。タダだぞ、タダ!俺の分のチケットは無いから、お土産待ってるからな!随時受付中だ!」

プリントを配るように、前の席から後ろの席へとチケットが送られた。

「はい、ハルカ。チケットとれて良かったな。」

「あ、うん!遊園地なんて最近行ってないから楽しみ。カエデは何が好き?」

「俺は…お化け屋敷。」

遥がげっという顔をして、頭を下げた。

「その節はお世話になりました。」

林間学校での肝試しの記憶が蘇り、遥は恥ずかしくなった。

「はは、俺も実は怖いのあんまり得意じゃない。」

遥は目を見開き驚いた。

「え!だってあんなに堂々としてたじゃん。」

「強がってただけ。かっこ悪いとこ見せたくなくて…。だから本当は、お化け屋敷も苦手。ハルカがなんて言うかなぁと思って。」

「じゃあさ、遊園地のお化け屋敷も手繋いで行こっか。それなら怖くないかもよ?」

楓は表情を作るのも忘れて言葉に詰まっていると、遥も気持ちが先走った言葉にハッとして、冗談冗談とおどけて見せた。

(ヤバイヤバイ、俺何言ってんの。こんなこと言ったら、すげぇキモいやつだと思われんじゃん!)


楓は慌てて冗談と言った遥を見て少しがっかりした。

(俺はハルカと手を繋ぎたいって言ったらハルカはどんな顔するんだろう。)


同じ気持ちでいるにも関わらず、お互いの気持ちを確かめることも出来ずに、ただ感情の疼きを抑えることしか出来ないでいた。



それから四人で計画を立て、大会から二週間が過ぎた今日、四人は顔を揃えた。

「晴れてよかったね、けどちょっと寒いね。」

実弥が手と手をこすり合わせて指先を温めようとしている。時折吹く風が体の表面の温度を奪っていくようだった。

「どこから回ろうか?」と、遥が向きを変え歩き出そうとした時、ちょっと待ってと実弥と彩水に呼び止められた。

二人は持っていた袋の中からマフラーを取り出し、それをそっと楓と遥の首に掛けた。風が通り過ぎていた首元がほわっと暖かくなった。


「二人とも似合ってる!」

「うん!やっぱりこの柄選んで良かったね。」

楓と遥はお互いにマフラーが添えられた姿を見合っていた。

「カエデくんとハルカくん、来週誕生日でしょ?彩水と二人で選んだの。」

二人の誕生日は十月二十五日と十月二十六日の一日違いだ。子供の頃から学校の友達には一緒に祝われることが多かった。



「少し早いけど、お誕生日おめでとう!!」

「二人ともおめでとう!」

「「ありがとう。」」

「カエデ似合ってる。」

「ハルカも似合ってるよ。」

うんうんと、満足気に頷いている実弥と彩水だったが「よしっ。じゃあ、どんどん乗ろう!!」

とアトラクションの方へ二人を引っ張って歩き出した。


「藤乃さん、絶叫系乗れるの?」

「うん、好きだよ。意外だった?」

四人はジェットコースターの列に加わった。

「大崎は苦手なもの無さそう。」

「あたしだって苦手なものあるよ!……牛乳とか?」

「遊園地、関係ないな。」

四人は揃って声を出して笑った。並んではいたが、時間もまだ早いこともあって列はスムーズに流れていった。

楓は実弥と、遥は彩水と隣同士で座り安全バーを下ろし出発のときを待った。

ジリリリリとスタートの合図が鳴り響き、スタッフの明るく元気な「いってらっしゃーい!」の掛け声でガタガタと動き出した。

回転はしないものの、急降下と急カーブが連続する最初に乗るにはなかなかハードなアトラクションだった。


実弥と彩水は、コーヒーカップの前で2人を呼んだ。ここの遊園地のコーヒーカップは、一つ一つのカップの絵柄がグリム童話の仕様になっており、その絵が可愛いと人気で写真を撮っている客が何人かいた。

「あたしたちも写真撮ろう!」

彩水が白雪姫のカップを選んだので、カップの中に四人で座り写真を撮った。スピードを調整する銀色のお皿のようなハンドルには、白雪姫のモチーフのリンゴの絵が描いてあり、それを見て実弥と彩水はキャーキャー言っては写真を撮っていた。

結構な勢いで回したので、景色を見ている余裕はなかった。四人とも三半規管が強いのか回転が終わりカップから降りてからも誰一人として気持ち悪くなることも、顔色が悪くなることも無く平然としていた。

「ほんと、可愛かったねー!」

「全絵柄コンプしたくなっちゃうよね。」

実弥と彩水は迷うことなく次の目的地へ向かっているようだった。

「次はどこ行くの?」

遥が前を歩く二人に尋ねると、何かを企んだように不気味な笑みを浮かべてゆっくりと指をさすその先には、入場する前から侵入者を拒むような恐ろしいお化けの模型がこちらをじっと見ていた。

「あれ行こう!」

実弥と彩水には今のところ怖いものが無いらしい、唯一の苦手なものが実弥の牛乳ということだけだった。

「……お化け屋敷?え、肝試しのこと覚えてるよね?」

「大丈夫!このお化け屋敷、乗り物に乗るタイプだから。それに、四人で並んで座れるから…とりあえず行こう!」

ジェットコースターでもコーヒーカップでも顔色ひとつ変えなかった遥が、乗る前の時点で顔が青ざめている。

「大丈夫か?俺もいるから。」と楓に肩を叩かれ、渋々お化け屋敷の入り口の門をくぐった。


中は薄暗く、どこからともなく生温い風が吹いてくる。悲鳴や獣の鳴き声も響き渡っている。

四人の目の前に現れたのは、二人乗りの箱が横に二つ繋がっており、そのままスライドするように動き出す乗り物だった。箱と箱の間には鉄格子があり、それが仕切りの役割を果たしていた。

「外側は怖いだろうから、ハルカくん真ん中に座って。カエデくんも真ん中に。本当は怖いの苦手でしょう?なんか、お化け屋敷来てから全然喋らなくなったし。」

「気づかれてたんだ…。」

楓は実弥に促されるまま、遥と鉄格子を挟んで隣に座った。

「ハルカくん、大丈夫だよ。」

「藤乃さん、ほんと強いね。」

どんな怖い仕掛けがあるのか考えただけで恐ろしくなり、遥は身をすくめながら目線だけキョロキョロさせている。

発車の合図のベルの音で、遥の体はビクッと跳ねた。

横向きに進んでいくと視界は闇に遮られ、誰の顔も見えなくなった。ただ、次々に現れるお化けにだけ下から怪しい光がぼんやりと当たっている。

髪の長い女のお化けが遥たちの顔のギリギリまで飛び出してきた時、「ひぃーーーっ!」と思わず仰け反り鉄格子に手を掛けた。

ガチャンという鉄格子の音で、隣に座っている楓も驚きこちらも鉄格子に手をやった。

しかし、手に触れたのは鉄格子の冷たさではなく、恐怖で固く鉄格子を掴む遥の手だった。

楓は一瞬触れた手を離したが、またすぐに遥の手を包んだ。遥は温かい驚きにドキッとしたが、ゆっくりと手を開き楓の指の間に指を滑り込ませてキュッと握った。楓も同じくらいの強さで遥の手を握り返した。

そこからの二人の恐怖はゼロになった。隣から伝わってくる温度に心臓が痛いほどにせわしなくなり、闇は二人を隠す幕になった。


右側の方がだんだんと明るくなってきて、まもなく終点になろうとしていた。闇の中を抜ける前に、二人の手は静かにほどけた。


途中から全然驚かなくなった遥の顔を、彩水は心配そうに覗き込んだ。

「ハルカくん、大丈夫?怖かった?」

「……え、あっ、うん。怖すぎて途中からあんまり覚えてないかも。」

遥は少しふらつきながら箱の外に着地した。次の客を乗せてスタートした乗り物は闇の中へすーっと吸い込まれて見えなくなった途端、中からは悲鳴のような声が聞こえてきた。

「ハルカくんの悲鳴もこんな感じだったよ。」

くすっと笑う彩水に言われて、遥は急に恥ずかしくなり早足で暗い館内から外に飛び出た。


薄暗い所から外に出ると、目の前が真っ白になり足が止まった。

「ハルカ、さっき…急にごめんな。」

だんだんと視界に色が着いて、風景に形が戻ってきた。

後ろを振り返ると、楓と目が合った。

「俺も!怖すぎて、なんか、その…ごめん。」

下を向いている遥の前まで来た楓の靴が見えた。そして、遥にしか聞こえない声で

「俺も怖かったから…嬉しかった。」と囁いた。遥がフッと顔を上げると、楓はくすぐったい様な笑みを浮かべて遥を追い越した。ふわっと楓が起こした風は、甘く爽やかな香りをなびかせ消えていく。遥は誰にも聞こえない声で「俺も。」と呟いた。

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