林間学校2

ガチャガチャと鍋や食器を洗う音が、爽やかな風と共に流れる。

空にはキラキラと金色の星が散りばめらていた。




「さぁ!!みんなー、お待ちかねのレクリエーションの時間ですよー!」

学級委員の酒井秋菜さかい あきな加藤駿也かとう しゅんやが2人で声を揃える。

片付けを終え、小休憩していたクラスメイトたちがザワザワと色めき立ち、集まりはじめる。


「今回のレクリエーションは、みんな大好き……肝試しだー!!」


楓は周りの熱気に圧倒され、隣にいた遥に呟いた。

「肝試しのこと知ってた?」

遥も首を傾げている。そんな2人を見て実弥が声をかける。


「この間のホームルームで決めたの忘れちゃった?」


遥は斜め上を見上げ、少し間をあけ口を開いた。


「…ぁあ!そうだったね。決めた決めた。」

本当は決めたことなど、これっぽっちも覚えていなかった。最近は、楓のことばかりが頭に浮かんでしまい、レクリエーションのことなど考えている余裕なんてなかった。

ふと、思い出したかのように頭を抱える遥。

「え!?肝試し!?俺、……」


遥はそう言うと、俯き黙ってしまった。


「ハルカ、大丈夫?怖いの苦手だよな。」

遥の肩にそっと手を置いて覗き込もうとする楓だったが、無情にも時間は進み開始時刻がきてしまった。



酒井と加藤はそれぞれ箱を抱えていた。

「では、みんなー。男女に別れて、この中から1枚引いてくださーい!書いてある数字が同じ人とペアになってスタートしてもらいます!」


周りは一層、興奮の熱気に満ちた。


「男女ペア…?」

楓は遥の方を見て、バレない程度に息を吐いた。

列になり、順番に紙を引いていく。


「カエデくん、ペアになれるといいね!」

そう言うと実弥は、女子の列に並び始めた。

「ハルカくん、大丈夫?私も、ハルカくんと一緒に行けたらいいな!」

実弥のあとに続き、彩水も列に加わった。



「俺たちも行くか。」

「ぅう、ほんとヤダ。雨降らない?」

小さい子の様に肩を落として、とぼとぼと列に並び丸い穴のあいた箱の中に手を突っ込みガサガサと残り少ない紙片を掴んだ。


隣の列から実弥と彩水が二人の元へやってきた。

せーの、と言うと四人は一斉に紙を開いた。


実弥の紙には『十四』

彩水の紙には『五』という数字が書かれている。



「さぁ!みんな、運命の相手は決まりましたかー??今回は、運命の相手と手を繋いでゴールまで行ってもらいます!!」

「絶対に手を離さないように!!」



番号の早い順からスタートしていく。

学級委員の二人はスタート地点とゴール地点に別れた。

夕飯を食べている時には、星がきらめき爽やかな風が流れていたが、肝試しが始まる頃になると星は所々灰色の雲に隠され、視界が少し遮られるようなもやまで立ち込めてきた。



彩水はクラスメイトの伊藤和希いとう かずきと歩みを進めていた。

「藤乃さん、安心して!俺、肝試しとかお化け屋敷とか全然怖くないんだよねー。」

二人は懐中電灯で足元を照らしながらコースの途中にあるチェックポイントを通過していく。

「私も怖いの結構得意なの。そうは見られないんだけどね。」

「確かに。藤乃さんはか弱そうなイメージだった。じゃあ、なんかあったら藤乃さんに守ってもらおう!」

そんなことを話していると、ゴール地点の光がぼんやりと見えてきた。

「ゴールだね。なにも出なくてよかったね。」

伊藤は繋いだ手をぶんぶん振って、ゴール地点にいる酒井にアピールした。

「ただいまー!楽しかったわ!」

笑顔でゴールする二人に酒井は苦笑いをしながら、

「肝試しで笑いながらゴールするのやめてほしいんだけど~。」

と、ゴールした2人の名前をチェックした。





「ねぇ!どうして山ちゃんまでクジ引いてんの?」


スタート地点では、実弥が出発する番を迎えていた。実弥の隣にいるのは担任の山田だった。

「俺も混ざりたかったんだよー。いいだろ?いい思い出になるぞー!」

ワッハッハと肝試しの雰囲気をぶち壊すほどの笑い声を響かせている。

「もう。カエデくんと行きたかったー。」

はぁっとため息をついた実弥だったが、行くぞと差し出された大きな手のひらにパシッと手を乗せると、山田はぐっと実弥の手を握った。

「ちょっと、山ちゃん加減してよー。怪力なんだからー!」

「悪い悪い!じゃあ、しゅっぱーつ!!」

山田は繋いだ手を高く掲げ、スタートを切った。

前を歩くペアが振り返り笑ってしまうほど、山田の声は森の静寂と肝試しの恐怖感をかき消していく。


ゴール地点には、先に出発したペアが笑いながら山田と実弥を迎えた。

「山田先生、肝試しの雰囲気ぶち壊すのやめてもらえません?」

またもや苦笑いして、酒井は二人の名前をチェックした。







楓はスタート地点で、隣で怖がっている相手に視線をやった。

並んで立つ二人に加藤は声をかける。


「ごめんなー!男子の方が人数多くて、ここだけ男子ペアなんだわ!青春出来なくて悪いな!」


二人の紙には、同じ「二十」の文字書かれていた。一瞬、理解できなかったが二人は顔を見合せ思わず笑ってしまった。

実弥と彩水は、他の女子とペアにならなかった二人を見て安心した様子だった。



加藤はいたずらに笑うと、手をひらひらと振りスタートの合図を出した。



「行こうか。……ハルカ。」

楓は遥にそっと手を差し出した。

遥は恐怖と同時に、肝試しの緊張感と楓と手を繋ぐというダブルの緊張感に襲われ、心に余裕がなくなっていた。



遥は差し出された楓の手にそっと自分の手を重ねると、楓はぎゅっとその手を握り、しっかりと繋ぎ直した。


(楓と手!!なんか落ち着かないんですけど!)


ふと、楓の指の感触では無いものが遥は気になった。繋いだ手を目線の位置まで上げると、指に巻かれた絆創膏に気づいた。

「あれ?これどうしたの?ケガ?」

「あぁ。包丁で切った。大崎が手当てしてくれたんだ。」

遥はあの時見た密着する二人の姿の答えが分かり、少しだけほっとした。

「カエデ、料理苦手だもんな。指痛くない?反対の手にする?」

「大丈夫。ハルカはいつも俺の左側に居るから、こっちの方が落ち着く。」


(なんか照れるんですけど…。)

遥は二倍の緊張感に襲われながら、楓に体を密着させながら歩く。

密着させていることにドキドキしながらも、周りの暗さと時折聞こえてくる葉がふれ合いカサカサ鳴る音に恐怖心の方が勝り、離れられない状況に陥っていた。


「ハルカ…大丈夫?」

そう聞く楓だったが、自身の左側に掛かる遥の体と繋いだ手から伝わる体温が平常心を失いかけさせていた。

(俺の方が大丈夫じゃないだろ、これじゃ…)


チェックポイントを通過したあたりで、遥は自分の足下に落ちていた枝を踏んだ。

ポキッと枝が折れた瞬間、遥は絶叫した。


「ぎゃー!カエデ助けて!」

そう叫ぶと遥は楓に抱きついた。

「ちょっ…ハルカ!?」

首に腕を回して抱きついてきた遥の顔は、楓の顔の直ぐ横にあり慌てて遥の体勢を直そうと肩を掴み体を離そうと試みたが、随分重く感じる。


「ハルカ?」

名前を呼んでも返事がない。神経が過敏になり過ぎた遥は、楓に抱きついたまま気を失ってしまったのだ。



スタートした時間から大分経つのに、なかなかゴール地点に辿り着かない楓と遥を、クラスメイトたちは心配な様子で暗がりの中を見つめていた。

すると、照らす位置が定まらないような動きをした懐中電灯の明かりが近づいていることに気づいた。

実弥と彩水は懐中電灯でその暗闇の中を照らした。


徐々に近づいてくる人影は、何かを抱えているようだった。その姿が完全にあらわになった瞬間、どよめきが起こった。

楓が遥をお姫様抱っこで運んできたのだ。

実弥と彩水が2人に駆け寄る。

「途中で気失っちゃって。ハルカのこと抱えてだと上手く照らせなくて、時間かかった。心配かけてごめん。」


クラスメイトが見守る中、楓は山田に医務室に連れていくと告げ、遥を一度抱え直し施設へと歩みを進めた。

いつのまにか、空は澄みわたり星と月が楓の背中を照らしていた。





医務室のドアを開け、窓際に設置してあるベッドへと遥をそっと寝かせる。

枕に少しだけ沈む髪を撫でた。

楓は丸いスツールをベッドに近づけるとそれに座った。今まで腕の中にあった遥の温かい感覚を手放し、もう少しあのままで居たかったと願ってしまう。

眠る遥の顔を見つめては、自分の中にある感情の行方を探すが、どこにも辿り着くことの出来ない想いは一向に消えてはくれない。

それどころか、少しずつ大きくなり自分でもどうにも出来なくなりそうで楓は少し怖かった。

…それでも、身体は動いてしまう。


遥の頬にそっと手を添え、ふんわりと温かさを感じると楓は遥の唇に近づいた。

遥の寝息が楓の鼻をかすめるくらいの距離になった時…


背後のドアが開く音がした。

楓は静かに顔を離した。


「ハルカくん、大丈夫?」

心配そうな彩水と、ペットボトルの水を持った実弥が入ってきた。


「ああ。今は眠ってるよ。」


「びっくりしたよね!だけど、カエデくんかっこよかったよ。」

ペットボトルを両手で握り、遥を抱えていた姿を思い出し口元がニヤける。



そんなやり取りをしていると、ベッドの遥から微かに声がもれた。


「…ぅーん。」

ゆっくりと目を開けると、白い光に眩しさを感じ細かく瞬きをする。

ガバッと起き上がり、さっきまで暗い森の中にいた自分がなぜベッドで寝ているのか、考えを巡らせたが答えが出ないまま、心配そうに見つめる三人に視線を移した。


「俺、なんでここで寝てるの?肝試しは!?」

いきなり情景が変わり、理解できない様子だった。実弥は持ってきた水を遥に渡した。

ありがとう、と受け取るとキャップを回しゴクゴクと音を立てて喉を潤した。


「肝試しはもう終わったよ。」

楓は安心させようと、遥の肩に手を置き微笑む。


「ハルカくん、途中で気失っちゃって。カエデくんがここまで運んできてくれたの。」


ハルカは目をグルグル回し、肝試しの記憶を引っ張りだそうとする。


「俺、すっごい怖くて。いきなり、大きい音がして…それで驚いて。カエデに…抱き…つ…い…た!!」

遥は布団に顔をうずめて、頭をぐりぐり押し付けて自分の行動を恥じた。


「カエデ、ごめん!!ダサすぎるよね。気絶するとか…。し、しかも、運んできてくれて、あ、ありがとう。」

(俺、なにしてんの!しかも相手がカエデとか有り得ない…え、俺の気持ちバレた?大丈夫?バレてない?もうヤダ…)

そっと顔を上げ楓に目をやると、フッと表情が緩んだ。


「俺は大丈夫だよ。」

遥の起こした体を楓は再びベッドに寝かせた。

「今日はこのままここで休んだらいいよ。」

彩水と実弥も頷いていた。

「朝ごはんはみんなで一緒に食べようね!」

おやすみ、と言って2人は女子部屋に戻っていった。

「俺もそろそろ部屋に戻るよ。」

「…カエデ。いろいろありがと。おやすみ。」

目を閉じた瞬間、ふわっと細い指が遥の髪を撫でた。

「おやすみ、また明日な。」


電気を消し、医務室のドアを静かに閉める。

足音がだんだんと小さく聞こえなくなる。


「いやいやいや…眠れないよ!」

遥は触れられた場所に手を置くと、ふぅっと息を吐く。

「…自覚してんのかな。」



部屋に戻った楓は、手のひらを見つめ顔を手で覆った。

(また俺は調子にのって…これじゃ、バラしてるようなもんだろ。)




眠れない二人の夜は更けていき、数時間後には太陽が朝を告げ、またいつもと変わらないフリをする日常に戻っていく。


楓と遥の2人は同じように目の下にクマをつくり、帰りのバスの中で揺られながら眠るのだった。

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