林間学校

緑の風が心地よい五月。

カーテンの裾が揺れている。

ぼーっと頬杖をついて空を眺めていると、流れる雲と一緒に空が降ってくる感覚に遥はハッとした。


「はい!というわけで、明日はみんなが楽しみにしていた林間学校です!」

担任の山田は張りのある声を教室の隅まで響かせた。

「お前ら、忘れ物すんなよ~!」

生徒の誰よりも一番浮かれていそうなテンションで、山田は黒板に明日の日程を書き出している。

「山ちゃんが一番楽しそうなんですけどー!」

生徒に茶化され、バレたかと頭を搔く後ろ姿は一段と期待に弾んでいた。



遥はしおりを見ながら、楓の背中をつついた。

「カエデー、明日ってさ枕持っていっちゃダメかな。俺、自分の枕じゃないと眠れないかも。」

そんな遥の言葉を聞き、楓はふふっと笑って答えた。

「さすがに枕はかさばるから無理だな。」

口を尖らせている遥の頬を片方の手で挟み更に口を尖らせる。

「やえろよ、はえれー!」

言葉にならない音を発しながら、楓の手を掴み離そうとする遥だったが、楓の少し冷たい手の温度を手のひらで感じた時、急に恥ずかしくなり手を離した。

そんな遥に楓も気付き、ごめんと言ってくるりと前に向き直った。


(俺、意識しすぎじゃない?バレちゃわないよな…)

遥は楓の背中を見ながら、手のひらに残る楓の手の温度を握りしめた。


そんな遥の前の席では、楓も頬を熱くして手のひらで風を送っていた。

(何してるんだ俺は。調子に乗りすぎだ。)


二人は同じタイミングで息を吸い、はぁ…と静かにため息をついた。

二人の席から少し離れた場所から実弥が、こっそりと二人の様子を見ていた。



「お前ら明日寝坊すんなよー!」

手をひらひらとさせながら、山田が教室を出ていった。

帰りの支度をしていると、実弥と彩水が近づいてきた。

「この後さ、四人でお茶しない?お互いカップルになれたお祝いに!」

実弥の陰から彩水もひょこっと顔を出した。

楓と遥は顔を見合せたあと小さく頷き、四人で教室をあとにした。



四人は学校から近いファミレスに着いた。

席につき、ドリンクバーを注文すると実弥と彩水は早速ドリンクを取りに向かった。何がいいか聞かれた二人は、楓がホットコーヒーを、遥はメロンソーダを頼んだ。

「はい。ホットコーヒー。ブラックでよかった?」

そう聞きながら、実弥はポケットからミルクと砂糖をテーブルに並べた。

「ああ。ブラックでいいよ。ありがとう。」

楓はそっとカップに口をつけた。


「ハルカくんメロンソーダだよね。ストローさしてきちゃったんだけど要らなかった?」

赤いストライプのストローがお辞儀をしていた。

「ありがと!ストローつかうよ。」

そう言って、ストローで氷をカラカラとまぜて泡でキラキラしたメロンソーダを飲んだ。


「そういえばさ、二人ってすごく仲良いよね?教室で見てて思ってたんだけど。」


楓は一瞬カップを持つ手が止まった。

その時、前の席に座る遥が話し出した。


「俺たち、幼馴染だからね。」


初めて知る彼氏たちの生い立ちに二人の彼女は興味津々だった。

「小学校から?」

紅茶の入ったカップを両手で包みながら彩水が聞いてきた。

「…うーん。生まれた時から、かな。」

「だよな、カエデ!」

そうだな、と楓は少し恥ずかしそうに微笑んだ。


――楓と遥の母親は、歳は一つ違うが地元の幼馴染だった。家も歩いて五分の距離だ。

中学を卒業してからは、一度も会っていなかったが遥を出産した理咲りさのもとへ、数週間後 楓の母、美季みきが訪ねてきた。

それは、会わなくなって十三年の歳月が経っていた。

美季の腕の中には男の赤ちゃんが抱かれていた。

お互い、結婚したあとも実家のある場所で暮らしていた。

驚いたことに子どもの誕生日が一日違いだったのだ。

それからは、同じ幼稚園に通い、家から近い地元の小学校に行き、中学も同じ、という具合で楓と遥はずっと一緒にここまで来たのだった。

理咲と美季はよく笑い、一緒にいる間はずっと喋り続ける、そんな母親だ。

お互いを、「理咲ちゃん」「美季ちゃん」と呼び合っていたため、楓と遥も幼稚園の頃からお互いの母のことを同じように呼んでいる。

「楓のお母さん」「遥のお母さん」と同じ意味合いでそう呼んでいた。

まさか、高校まで同じところに行くとは思っていなかったと、合格発表の日に母親から言われたところまで二人同じだった。――



「だから、そんなに仲良しなんだね!なんか、すごーい。あたしと彩水は中学で知り合ったから五年くらい?」

指を折り彩水との出会いからの年数を数える実弥。

「だけど、二人に負けないくらい仲良しだよね。」

と、彩水が実弥の方を見て優しく微笑んだ。

彩水の言葉に実弥は嬉しそうに同意した。



「明日、晴れるといいね。」

ファミレスを出て、空を見上げた実弥が言った。

まだ少し明るい空の中に、キラリと一番星が輝いていた。






――次の日。早朝


「おはよー!なんだよお前ら、眠そうな顔してんな~。ちゃんと寝たか?」

朝からテンションの高さが異常な山田が集団の先頭で叫んでいる。

「ちょっと山ちゃんボリューム下げてー」

実弥は、大袈裟に耳を塞いで笑った。

空は見事なまでに快晴だった。


バスに揺られて到着した場所は、小川が流れ、木々が葉を揺らし、その間を小鳥が飛び回り爽やかな風が流れる自然の中だった。


荷物を部屋に置き、リュックを背負いそれほど高くない山への登山が行われた。

山頂でお昼を食べ、下山し再び宿泊施設の部屋に戻った頃には十五時になろうとしていた。

「ちょっ、疲れたー。もう無理。」

畳に大の字で寝転ぶ遥の姿を見た楓は、遥の頬に水のペットボトルをそっと近づけた。

「はい。水飲むか?」

ひんやりとした感覚に飛び起き、遥は差し出された水をゴクゴクと飲んだ。

ありがとう、と言って遥が渡したペットボトルを楓は受け取り、そのまま自分の口に水を流し込んだ。

その横顔が綺麗で、遥は見惚れていた。その瞬間ハッとした。

(あれ、俺が飲んだ水だよな…てことは、か、間接キス~!?バカ、バカ。そんなこと今まで何回もやってきたじゃん。なにを今さら…)

「あれ、ハルカ。顔赤いけど大丈夫?」

大丈夫、大丈夫と気持ちの悪い笑い方をして遥が立ち上がった。


その時、廊下から山田の声が響き渡った。

「じゃぁ、これから夕飯作るからー。準備できた人から外に出て炊事場に集合なー!」


ゾロゾロと生徒たちが集まってくると、山田は踏み台に上った。

「林間学校といったらカレーだよな!それぞれ班に別れて調理開始ー!材料はここにあるから、必要な分持ってけー。」


楓は実弥と、遥は彩水と同じグループになった。

あまり料理が得意ではない楓が、じゃがいもの皮むきで苦戦していると実弥が横に来て、見事なスピードで皮むきを完了させてしまった。

「大崎、料理得意なの?」

「へへ。女子っぽいでしょう?弟がいるからさ、親が仕事でいない時とかね、ちょこちょこ作ってたら得意になってたんだ。て言っても、カレーじゃあんまり見せ場ないけどね。」

そう言ってる間に、玉ねぎの皮もむき終わっていた。

「じゃあ、切り方教えるから一緒に手伝ってもらっていい?」

楓の前にまな板と包丁が並べられた。

「まず、半分に切って…さらに半分、あとは食べやすい大きさに切ればOKだよ。」

実弥の手からじゃがいもが渡された。

楓は転がりそうなじゃがいもを押さえながら包丁の刃を入れようとしたが、力を入れすぎたためにじゃがいもが動いてしまい刃が滑り、楓は指を切ってしまった。


「…っつ!」

楓は人差し指を押さえている。

「カエデくん、大丈夫!?ちょっと、向こうのイスに座ってて。」

そう言うと、実弥は足早にどこかに行ってしまった。

「洗った方がいいか。」

楓は指から流れる血を水道の水で流した。

椅子に座ったタイミングで実弥が手を振りながら走ってきた。

「山ちゃんから絆創膏もらってきた。指見せて。」実弥が手を差し出す。

「自分でできるから大丈夫だよ。」

実弥から絆創膏を貰おうとするが

「ダメダメ。片手じゃ上手く貼れないから、あたしが貼ります!指見せて。」

楓は観念した様子で、実弥に傷を見せた。

「結構深いかなぁ…。消毒も貰ってこよっか?」

「そんなに大袈裟にしなくても。それ貼ってくれれば大丈夫だから。」

そう?と言うと、クルクルと楓の指に絆創膏を巻き付けた。

「ありがとう。」

実弥は照れたような、それでいて得意気にどういたしまして、と言うとカレー作りに戻った。




そんな二人の様子が気になって仕方ない遥。

「なんで、あんなにくっついてるんだろう。」


隣で驚いたように彩水が感心する。

「ハルカくん、料理できるのー?もう野菜切り終わってる!すごーい。」

二人の様子を伺いながらも準備の手は止めなかった。遥は料理が得意なので、気持ちが別の所へ向いていても体が勝手に動いているのだ。

「あ、うん。これ、鍋に入れてもらっていい?」

切った野菜が入ったボウルを両手でそっと彩水に渡す。

「ちょっと重いから気をつけてね。」

遥の手に彩水の手が重なる。

彩水は照れたように下を向き、ぎこちない様子で体の向きを変え、そそくさと鍋の方へ行き野菜を炒め始めた。



夕焼けが綺麗な頃、カレーの準備が整い食事の時間となった。

遥はどうしても楓と実弥のことが頭から離れず気になってしまい、味のしないカレーをただ口に運んでは飲み込んでいた。


食事が終わるとレクリエーションの時間がやってくる。

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