第21話

医師は二人で話を始めた。この話し合いは医師と病院にとって有意義なものであるようだ。そんな中、梅寿が手を上げた。

「すんません、ちょっとこの流れに乗って聞きたいんすけど…みなさんどんなパンツ履いてますか?」

梅寿の質問に、その場にいた全員が息を呑んだ。

「どうしたどうした、いきなりエンジン全開だよこの子。何、そういう子?他人のパンツ気にしちゃうヤバい子?」

「お前、そういう性癖が…」

彩葉と竹彪は青い顔で梅寿を見た。今まで大人しく座っていて、松寿の弟なのに常識人だと思わせておいてのこれだった。ギャップでより一層二人は引いている。

「違うんすよ、そういう性癖じゃねぇっす!女子って男とパンツ違うじゃないすか。男物履いてていいのかなっつーか、なんか、女子用のパンツじゃないと体に良くないとかそんなことないんすかね?兄ちゃんとタケさんのはいいんすよ、あの、女の子になっちゃった方のパンツを知りたいんすよ!さっきのブラジャーみたいノリで!ブラジャーみたいな!ノリで!」

「ブラジャー2回言った」

「俺のパンツ知りたかったらいよいよだぞ、お前」

彩葉と竹彪は思わずキュッと足を閉じた。パンツを連呼して教えてくれと懇願してくる年下の少年に、二人は若干恐怖を感じている。

「いや、本当に、変態っぽくてすんません!黒木さんと佐々木さんのパンツ教えて下さい!お願いします!」

「ちょ、ご指名入りましたわ。飛ばしすぎだって。怖い怖い怖い」

「ぽいじゃなくて変態だよ、それは」

梅寿は頭を下げて彩葉に頼み込んだ。隣で楓は顔を真っ赤に染めて涙目で座っている。

「ご、ごめんね梅ちゃん、僕が、言わなきゃいけなかったのに…」

楓が両手で顔を覆ってしまい、彩葉は察した。楓が気にしていたことを梅寿が代わりに聞いた、ということなのだろう。それを、梅寿のガチっぷりに全力で引いてしまった。勇気を出した梅寿のため、この空気をなんとかせねばならない。彩葉は立ち上がった。

「そういうことか!ウメ、ごめんな、俺が悪かったわ!俺な、男の時のままボクサーパンツだけど、今見せるわ!」

「出すな出すな!おめーもエンジン全開じゃねーか!」

彩葉は立ち上がってズボンに手をかける。竹彪に全力で止められた。

「まじでごめんな。あんまり真剣だからお前の趣味で聞いてるんだと思って…引いちゃってごめんな」

「俺も。悪かったな、ウメ」

「この場で性癖晒さねぇっす…俺の聞き方も悪かったんで、すんません…」

梅寿はうなだれて落ち込んでいる。楓は梅寿の背中をさすって慰めた。そんな楓に彩葉は問いかけた。

「あのさ、この流れだから聞くけどさ…楓は、どんなパンツ、履いてるのかなぁ」

「キモッ!聞き方!ウメよりキモいわ!」

「俺、キモかったんすか?」

「だから楓にそういうこと聞くなっつってんだろ!」

「ごめんて、ごめんて!思った以上にニチャニチャキモくてごめんねお父さん!自分でもびっくりだわ!いや、答えたくないなら全然いいんだけど、」

「いえ、言いますけど…僕もボクサーパンツです」

彩葉は竹彪と松寿に責め立てられる。彩葉は謝罪した。自分でも驚きの気持ち悪さだった。楓が泣き出してしまわないか心配だったが、楓はさっくり答えてくれた。

「言うんだ、そこはあっさり答えてくれるんだ。まじかー楓は白ブリーフなイメージだったわぁ意外ー」

「…」

「男の時から履いてるやつですし、別にそこは…白ブリーフのイメージの方が断然嫌です」

「勝手なイメージ持つなよ。そんでな、黒木の横のでけぇの!お前反応がキモいんだよ、人のこと言えねぇだろ!」

松寿が机を叩く。竹彪は顔を両手で覆って震えていた。耳が赤くなっている。楓の白ブリーフを想像して赤くなっているのだろうか。あまりに気持ちの悪い反応に松寿は全身怖気が立った。なんだか今日はみんな気持ちが悪くなっている。悪いモノでもいるのだろうか、場の空気が悪すぎる。

「いや、なんか背伸びしてる感が…変なツボ入ってるわ。ごめんお父さん、決して娘さんをいやらしい目で見てるんじゃねぇから。なんか恥ずかしくなっちゃっただけだから。ちげぇってウメ違うから、ときめいたとかじゃないから!コイツの横でそれはないから、さすがに!」

梅寿は青ざめて楓の前に体を入れて両手を広げる。梅寿は竹彪から楓を隠した。竹彪が彩葉を指さして否定していたが、梅寿は首を横に振った。信じられない。梅寿から見て楓と彩葉は中身は違うものの、身長や体格が似た小さくて可愛い系の男子だった。楓が竹彪に狙われていても不思議ではない。

梅寿と竹彪の反応に楓は首を傾げつつ、彩葉は無視して紅葉と松寿に問うた。

「それより紅葉は?お前何履いてんの?お前こそが白ブリ?」

「なんなん、その白ブリへの熱いこだわり。ん?…うん、まじで?えっろ!それ言っていいの?あ、女の子の時ね、普段は違うの?ああ、そう…紅葉ね、女の子の履いてるって。しかもブラとセットのやつ」

「まじかよ!あ、ガイショーさんから買えるから?もしかして、なんかレースのエロいやつ?!やば!紅葉スケベ~紅葉の変態~」

彩葉がやーいやーいと小学生のようにやじを飛ばすと、紅葉がすかさず松寿に耳打ちした。

「女の子の体だから構わないと思います。貧相な彩葉さんにはブラもパンツも必要ありません。絆創膏でも貼っておいたらどうですか?…めちゃくちゃ言うね」

「てめぇ紅葉!上等だよ、表出ろや!」

「なんっ、なんだ急にお前は!落ち着け!」

立ち上がった彩葉を、竹彪は体を羽交い締めにして止めた。梅寿に、必死に否定と謝罪を繰り返していた竹彪は、彩葉と紅葉の話を聞いていなかった。

「だってお前、紅葉が俺に乳首とケツに絆創膏貼っとけとか言いやがって…」

「絆創膏じゃ収まりきらねぇだろ。いや、下はいけるか?」

「そこじゃねぇつっーか黙っとけ、てめぇは!」

彩葉は竹彪の脇腹に肘をねじ込んだ。肉体関係にあると宣言した相手が言うとあまりにも生々しい。

「つーか先生、男のパンツ履いててだめなことあります?女子でボクサーパンツの子いますよね」

松寿が医師に聞くと、産婦人科医がうーんと唸った。

「そうねぇ…締め付けなければなんでもいいと思うわよ?やっぱり女の子の下着を買うのは抵抗があるものね…病院の売店に少し下着を売ってもらう?腐るものじゃないし」

「そうですね、提案してみましょうか。入院の患者さんで使う方もいるでしょうし…」

医師二人が下着について検討し始める。医師が話し始めたことで場が少し落ち着いた。彩葉と竹彪も椅子に腰を掛ける。松寿は思ったことを口に出した。

「つーか、女の子のブラとパンツでも良くない?女の子なんだし、着心地いいほうがいいんじゃないの?」

なぁ?と紅葉に話を向けると、紅葉は2度頷いた。松寿は別に悪いことではないのではないか思った。なんなら男の体で女性のブラとパンツを着用したところで、他人に迷惑をかけなければ好きにすれば良い。彩葉と楓、竹彪と梅寿はそれぞれ松寿を見た。

((え、履いていいの?))

((え、履かせていいの?))

「…好きにしなさいよ」

4人の心の声が聞こえた気がした。答えてみたら、全員晴れやかな顔で松寿を見た。みな、わだかまりが解消されたようで何よりだ。

「よっしゃ。帰りにチュ〇〇アンナ行くぞ」

「ちゅちゅ…なんて?」

「なっつ!行け行け、上下セットで買え。黒木につけてもらえ」

竹彪の決意に松寿は腹を抱えて笑った。高校生の頃によく女の子に連れて行かれた店だ。店名を聞いて、そんな名前だったことを思い出した。彩葉はわかっていないようだが、行けばわかるし彼にとっては夢のような店だろう。竹彪と彩葉とは真向かいに座る梅寿と楓の席からヒソヒソと話す声が松寿の耳に入ってきた。

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