第20話
「待って待って、返しが強いって。あんなんて何?!」
「いやいや、んなことどうでもいんだよ。ちげぇの、エロとかじゃなくて、まじなの!どこで買うのかとか、どんなのつけんればいのかとか…つーかタケ!そもそもお前がつけろつけろってうっせーんだろうが!なんだよ、また変なこと言いいだした感出しやがって!」
彩葉は竹彪の胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。竹彪は視線を反らしてされるがまま大人しく揺さぶられている。確かにブラジャーをつけろと口酸っぱく言いまくっていた。男でも女でも、時々浮いている胸のぽっちが気になって仕方なかったからだ。竹彪は言ったことを忘れていたわけではないが、それが彩葉の発言の発端だとしたら、ちょっと申し訳ないことをしてしまったと思った。
「あのな、紅葉がブラジャー必要なのはわかんの。ほんで普通に女の子のやつつけりゃあいいだろ?もうね、自分で言うけど俺ほんとぺたんこなの。女の子のつけたらカッパカパなんのわかんの。つけなくてもわかんの。ぺたんこの俺はなにつければいいの?俺の女体の教科書が馬鹿みたいにつけろつけろしか言わないからほんと、本当に困ってんの。男なのよ、俺。女の子の下着売り場なんか行かねぇじゃん。どんなのあるか知らねぇじゃん」
「いや、行くけど。付き合うと女の子に連れて行かれるし」
「あるある。どなんのがいいかな~ってな。しらねぇよ、つって…」
彩葉は一息で言い切った。松寿の言葉に竹彪が笑いながら返すが、場が凍りついただけだった。女の子の下着売り場なんて、女になった彩葉なら普通に入れるだろうと、彩葉の女体の教科書は思っていた。彩葉がこめかみに血管を何本も浮かせながら竹彪を睨みつけている。
「てめぇのお付き合い自慢今いらねんだよ」
「いや、ごめん…」
竹彪は小さくなって謝った。
「つーかさ、ネットで買えば?タケが好きなやつ、黒木につけてもらえばいいじゃん。体型に合ってないとかつけて外行けないやつは夜使えばいいよ。好きに使いなさいよ」
松寿の提案に、竹彪は脳に雷が落ちた気がした。どうして気づかなかったのか。それだ!と思った。まさに天啓だった。松寿が神々しく見える。
「おまっ…天才かよ!」
「揃いも揃ってお前ら…いっそ愛おしくすらあるわ」
「ありがとな、マツ!娘さんが軽蔑してるけど。本当、ありがとうな!」
「ちょ、楓?!」
竹彪が感謝を口にする中、楓が心底嫌そうな顔で松寿を見ていた。ますます楓の中で松寿の評価が下がっていくのが目に見えてわかった。
落ち込む松寿に紅葉が耳打ちをした。
「え?うん。へぇ~…紅葉はやっぱ女の子のつけてるって。で、百貨店で買ってる?うん、がい、ガイショー?なにそれ…まじで?すごっ…あのな、紅葉は外商っつって百貨店の人に来てもらって買ってんだって。家に持ってきてもらって試してから買ったって。うん…それ、俺が言うの?」
紅葉がコクコク頷く。松寿は彩葉に向かって話しかけた。
「私のおっぱいは大きいのできちんと測ってからでないと買えません。ねぇ、何言わされてんの?俺」
「マツ、何言ってんの?それと紅葉、てめーのおっぱいマウントいらねぇんだよ、小さくて悪かったな」
「小さいんじゃなくて無乳です」
「そのまま言ってくんじゃねーよこのポンコツ通訳!もう少し言い換えろよ!」
「控えめで可愛いよ」
「えっ、やだ…ときめく、やめて」
「おい、なんだこの時間。くだんねーことやってんじゃねーぞ」
彩葉と松寿のやりとりを、竹彪はバンバンと机を叩いて打ち切った。松寿のキラキラ笑顔に彩葉がときめいて、いつもの悪ふざけなのがわかっていても竹彪は腹立たしい。
松寿と彩葉がわちゃわちゃやっているせいで、梅寿と楓はずっと大人しく座っているだけになってしまっている。二人はもう少し同じ境遇の彩葉や紅葉の話を色々聞きたいんじゃないだろうか。彩葉と松寿はふざけ始めると止まらなくなる。竹彪が場を収めると、楓が手を上げた。
「あの、僕、ブラジャー買いました」
「「「「な、なんだって?!」」」」
突然の告白に、室内はざわついた。楓は座って上半身だけみると男か女かわからないどころか女の子にしか見えない。しかし楓は男で、だから今この場所にいる。男の子のブラジャー購入の告白に、みな色めき立った。
「かっ、楓?!どうしたんだ、突然!いつ?!いつ買っていつからつけてんの?!なんで俺に教えてくれないんだよぉ!」
「ごめんね、梅ちゃ…駄々っ子しないで、怖い」
梅寿は楓の告白に動揺した。立ち上がりたくても別の所が立ち上がってしまって立てなくなったので、その場でじたばた駄々をこねた。
「なんだろう。なんかキュンキュンする、胸が苦しい」
「ときめいてんじゃねーぞタケ!ちょ、待って、これ俺たちが聞いていい話?聞きたいんだけど聞いてていい話?」
「お父さんは耳塞いでて!おら、紅葉!マツの耳塞いどけ!」
竹彪は可愛い男子高校生の秘密の告白にうっかりときめいてしまった。体は女の子になってしまっているし、同じことを彩葉に強要していたわけだが、倒錯的で非常にエロみを感じる。梅寿と楓の二人に話を振ったほうがいいかとか気を遣ったことを色々考えてたが、全て吹っ飛んだ。
彩葉は胸を押さえる竹彪の両耳を塞いで楓の話の先を促した。紅葉も立ち上がって松寿の耳を塞ぐ。楓は梅寿の耳を塞いでから話し始めた。
「えっと、お母さんがかってきてくれたんですけど、ユ○クロで」
「ユ○クロで?!ユ○クロってブラジャー売ってんの?!」
「あの、はじめてのブラ、みたいな、子供用のやつを…僕、胸も身長も大きくないので、ちょうどよかったですよ」
「えーまってまって…これ?こんなん?」
彩葉はスマホで検索し、画面を楓に向ける。楓は梅寿に密着して、耳を越えて目まで隠した。熱烈なバックハグを惜しげもなく披露する。梅寿は一人真っ赤になってドキドキしていた。
「そうです、それです」
「これならぺたんこでもぴったり密着する、的な?超いいじゃん、これじゃん!俺がするべきやつじゃん!」
「恥ずかしかったけど、言って良かったぁ…喜んでくれて嬉しいです」
楓は頬を染めて笑う。自分のために勇気を出してくれた楓に彩葉は胸が締め付けられた。
「やだ、この子いい子だよ…ありがとな、楓、まじで嬉しい。ごめんな、カップ数とか聞いて、まじごめん。お父さん、お宅の娘さん本当にいい子ですよ!お父さん、聞いてる?!」
「え?何、俺?なんか言われてんの?」
「娘さん、いい子だっつってんの!褒めてんだから聞いとけよ!」
「お前が耳塞げっつったんだろ!」
紅葉に促されて耳から手を離した途端に彩葉に怒鳴られ、さすがに松寿もキレ返した。
全員が着席して一瞬の静寂を迎える。
「つーかこれ、病院でする話か?」
竹彪が疑問を投げかけた。わざわざ医師を同席させてする話なのだろうか。それこそファミレスで話せばいいことなのではないだろうか。
「こちらとしては、患者さんの生の声が聞けてますからありがたいですよ。この病院は黒木さんのお陰で地域では一番に専門の診療科を立ち上げることができましたから。ぶっちゃけ独占できてウハウハなんですよ。よりサービス向上に繋げていきたいので、どんどんお話下さい」
「どんな注意喚起が必要か、みなさんのお話とても参考になってますよ。それにてもブラジャーの形状なんて盲点だったわね」
「男性には馴染みないですからねぇ」
いつも彩葉を診ている医師はウハウハ笑いながら答えた。病院も慈善事業ではないので当然だろうが、正直すぎる。
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