第15話

「ちょっとでいいからお話しよ、ベニちゃん」

「今日のおっぱいすごいね!もっと見せてよ!」

「キモッ…喋ってあげれば?」

「私、知らない人とは喋りません」

松寿が紅葉に声をかけるが、紅葉は男と目も合わさずに拒否した。病院でも思ったが、紅葉はコミュニケーション能力が低いようだ。低いと言うか、独特だった。話さない相手とはとことん会話をしないようだ。しかし、この男達は紅葉のファンではないのだろうか。コスプレは良く知らないが、ファンとは大事にしてあげないといけないものではないのか。

松寿の陰に隠れてしまった紅葉に男が怒りの声を上げる。

「なんだよベニちゃん、だれなんだよこの男は!」

「僕達知らない人じゃないだろ!」

文句を垂れる男達に松寿はいらついてきた。いくらファンでも嫌がっている本人に食い下がる彼らはファンと呼べるのだろうか。なにより暑いのにわさわさと男が寄ってきて、より暑苦しいし臭い。なぜ男に群がられなければならないのか。

松寿は隠れていた紅葉の肩を抱いた。

「彼氏だけど。ベニちゃん嫌がってるんで散って下さーい。おら、道開けろ」

松寿は虫を払うように片手を振って男達の間を抜けていく。その時、黒服の男が数人駆け寄ってきた。黒服が道を作って松寿と紅葉を通してくれる。

「こういうとこって、警備員もコスプレするんだ」

「うちのSPです」

「えすぴっ…もっと早くきてよ」

「ファンと戯れていると思ったんじゃないでしょうか」

松寿は紅葉の腰を抱いて歩き続ける。周りのコスプレをしている人々と比べると紅葉の衣装は作りがしっかりしている気がする。

「こういう所って初めて来たけど、衣装って作ってんの?」

「はい、手作りです。こういうものを作るのが、好きなんです。母の…影響だと思います。私は高い生地や素材を使っているので出来が違います。金に物を言わせています」

「言い方。でもすごいな、手作りかぁ。これとかここも?」

「聞くふりをして体を触らないで下さい」

「バレた?女の子だな~と思ったら、つい」

衣装を褒めつつあちこち触ってみたが、紅葉にはバレてしまっていた。細い体だったのに女性的な肉感が増している。しかし腰は相変わらず細い。なのに巨乳。薄着なので余計に体のラインがはっきりわかる。これだけのモデル体型の女性としたことがない松寿は紅葉の体に興味があった。

「俺細い子好きなんだよな~ちょっと細すぎるけど」

とはいえあの実家を思うと手は出せない。さっきの屈強なSPに殺されるかもしれない。

「着替えて、きます」

紅葉は更衣室に走っていってしまった。


戻ってきた紅葉は前髪で顔は見えず、いつも通りの姿だった。さっきまでのちょっと冷たそうな美人はどこに行ってしまったのか。

「髪型、変えればいいのに。もったいなくない?この顔出さないの」

紅葉の前髪をかき上げると、メイクを落とした紅葉の顔が現れた。やはり鼻筋の通った綺麗な顔だ。紅葉は松寿の手を払って前髪を両手でおさえてしまった。

「…この顔だと、みなさん色々勝手に想像されるんです。この服装がいいとかこの髪型がいいとか、せっかくだからおしゃれをしようとか。そういうのは、疲れてしまうので」

紅葉は視線を落とした。松寿はそんな考えをする人間がいるなんて、考えもつかなかった。松寿も散々かっこいい、イケメン、この格好が似合うだの言われてきたが、それが当然だしもっと言ってほしかったし、この顔だから得しかしてこなかった。称賛をうざく感じる人もいると、松寿は勉強になった。しかし、やはり好みの顔を見れないのはもったいない。

「そうか~じゃあたまに顔見せてよ。なんも言わないから…やっぱ佐々木の顔好きだわ~」

「なんも言わないって、言ったじゃないですか」

紅葉は前髪を分けて顔を出した。しかし、褒めたらまた隠されてしまった。

「今日は、ありがとうございました。楽しみにしていたイベントなので、参加できて嬉しかったです」

駅前に向けて歩いていると紅葉が礼を行ってきた。これで役目は終わりだろう。松寿はほっと安堵した。しかしこれでおしまいなのもさみしい。もう少しこのモデル体型のおっぱいを眺めたい。紅葉は普段から体に沿った服を好んで着ている。そのせいで今日もお胸がくっきり目立っていた。じっと眺めていたら、紅葉が顔を上げた。

「あの、少し、お時間ありますか?なにかお礼がしたいのですが…私が、お出ししますので」

「まじで?そしたら、あそこでいい?涼んでから帰ろうよ」

松寿が紅葉を連れてきたのはコーヒーショップだった。店員さんに限らず可愛い女の子が多い。もちろんコーヒーも美味しい。そして女の子のウケがいい。松寿がレジに並ぶと、紅葉が腕にしがみついてきた。

「あ、あの、白くて甘いやつ…」

「うん?あぁ、美味しいよね。暑くて喉カラッカラだわ~」

今日は本当に暑かった。涼しい店内が心地よい。中途半端な時間なので、いつもは混んでいる店内も空いている。すぐにレジの順番がきた。

「今日のオススメどれですか?甘くないやつで」

「えっ?えっと、こちら、いかがですかぁ?」

「じゃあ、それで」

「っ…はぁ~い」

松寿が笑顔を向けると、レジの女の子は頬を染めて返事をしてくれた。ここの店員さんは顔面のレベルが高い。可愛い女の子に癒やされて隣を見ると、紅葉は俯いていた。紅葉は動かず喋らない。

「…おひとつで、よろしいですか~?」

「注文しなよ。佐々木?」

松寿が促すと、紅葉は前髪の隙間から店員さんを見た。

「知らない人とは、お話しません」

「ヒィッ!」

紅葉は禍々しい顔で店員さんを睨みつけている。

「いや、店員さんに人見知りすんなよ。これじゃなかったっけ?飲みたいの」

「それです」

「俺じゃなくて、店員さんにいいな。ほら」

「あ、こ、こちらで。サイズは、いかがいたしましょ~?」

紅葉は松寿の陰に隠れてしまった。店員さんは頑張って笑顔を向けてくれている。紅葉はまだ前髪の隙間から睨んでいる。もしかしたら睨んでいるつもりはないのかもしれないが、上目遣いで見つめる姿はホラーだった。

「怖い。怖いて。どれにすんの大きさ」

「同じで」

「店員さんに言お?聞いてる?これでいいの?…もう俺にも話さねーじゃん、なんなのこの子。怖いて、呪わないで」

紅葉は視線を松寿に向けてきた。紅葉が無言でカードを差し出してきたので、受け取りつつ紅葉の目を片手で隠した。

「これで払っていいのね?ありがとね、遠慮なくごちそうになりますよ。じゃあこれで」

「ただいまご準備しま~す」

会計を終えて移動する。可愛い店員さんだったのに、最後は引きつった笑顔しか見れなかった。商品を受け取って席につき、松寿は頭を抱えた。ものすごく疲れた。

「ス○バでこんな疲れたの初めてだわ」

「申し訳ありません。他人とお話するのは、どうしても苦手で」

「でも俺とは普通に話すじゃん」

「それは、一緒にいた時間と比例します。木村さんとは、昨日からたくさん一緒にいましたから」

「へー。じゃあ、親とはめっちゃ喋るんだ?」

「いえ。両親相手でもこんな感じです」

紅葉が両親と砕けて喋る姿を想像して笑ってしまったが、即否定されてしまった。そういえば一緒に両親と会った時も、松寿に対する態度と変わらなかった。

さっきの店員さんに対する態度といい、面白いヤツだと思った。偶然綺麗な顔を見かけてから気になってはいたが、こんなキャラだと思わなかった。

「佐々木って面白ぇのな」

紅葉は赤くなってうつむいてしまった。からかわれて恥ずかしくなったのだろう。可愛いところもあるようだ。

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