第14話


「あの、こちらを、見ていただけたら…今都会で流行っている病気だと思います」

紅葉は肩からかけていたストールを取り払う。向かえの時に運転士が持ってきていたものだ。形の良い大きな胸がくっきりと浮かび上がっている。

「そんな、紅葉ちゃん…あなた本当に…」

紳士は言葉を失っている。淑女は口元を抑えて震えていた。確かに大事な跡取り息子が女の子になったら驚くだろう。何で財を成したか知らないが、これだけの豪邸を構えられるのだからなにかしらの事業をやっているはずだ。あまりに自分とかけ離れすぎていて、松寿には具体的な想像ができないが。

「彼は、お友達が同じ病気にかかっていて、心配してここまで来てくださいました。私も、アドバイスをいただきたくて…このあと一緒に、病院に行っていただこうと思います」

「そう、なの…それなら、パパとママも一緒に」

「いえ。彼と二人で行きます。彼のお友達のかかりつけだそうです。その方のプライバシーにも関わりますから、お医者様にお話を聞くのは少人数が良いと思います」

やっぱり病院も連れて行かれるのかと、松寿は落胆した。しかし性別が安定しないことについては紅葉が口にせず、しかもこの両親は連れて行かないらしい。松寿は少しほっとした。

紅葉は性別が安定しない件について紅葉は一切触れなかった。話さないでいてくれるならその方が良いが、なぜなのか松寿には不思議だった。

紳士が笑顔を松寿に向ける。

「そうか、そういうことなら…パパとママはここで待っているよ。君、名前はなんというのかね?」

「木村、松寿です」

「木村松寿君!覚えたよ…息子を、よろしく頼む」

紳士は笑っている。しかし目が笑っていない。松寿は握手を求められ、血を吐きそうになりながら片手を差し出した。



病院に向かう車中、松寿は紅葉に問いかけた。

「なんで、性別が安定しないって話しなかったの?」

「私が女の子になったのは今日です。性別がコロコロ変わるというのは黒木さんだけの特性かもしれません。現状確定されていないことは、両親に伝えません。無駄に不安にさせるだけですから」

紅葉は小さな声で、しかしハッキリと言い切った。言わないでいてくれるならありがたい。確かに、あの紳士淑女を無駄な不安で煽って松寿をどうにかされたら非常に困る。

とりあえず今日は病院に行けば開放されるだろう。松寿は肩の力が抜けていくのを感じた。


「この人が男でも女でもどっちでもいいと私に言ってしまったのですが、性別が安定しないというのは本当でしょうか」

(えぇ…医者にはめちゃくちゃ言うじゃん)

この医者から紅葉の両親に話が言ってしまうんじゃないだろうか。松寿は内心ヒヤヒヤした。

病院について、二人は専用の待合室に通された。『特別外来』と書かれたプレートがかかっている扉が診察室らしい。中は簡単なパーテーションで仕切られていて何人か待っている。そのうち紅葉が呼ばれた。無言の紅葉に変わって松寿が色々説明しているうちに、唐突に紅葉が口を開いた。急に喋りだしたので松寿も医者も驚いた。

「うーん。そういった方の症例が少ないのでなんとも言えませんが…ただ、性別が安定しない方がいるのは事実です。待合室を見ておわかりかと思いますが、ここ数週間で性別が変わった方はこの辺でも増えています。ただ、ほとんどの方は数日から数週間で元の性別に戻られています。現状治療法もなく、経過を観察していくしかありません」

医者は驚きながらも説明してくれた。ここは性別が変わった人専用の診察室のようだ。思ったよりも性別が変わった人が多い。しかし、性別が安定しない人は少ないようだ。そのうちの一人が彩葉だろう。

「経過を、観察…」

紅葉は明らかに落胆していた。いつ男に戻るのか。男に戻っても、いつ女になるかわからない。その不安定さはストレスにもなるだろう。

「もし男性に戻ったり、なにか異変があればお知らせ下さい。あと、こちらお配りしてますので参考になさって下さい」

看護師が冊子を差し出した。可愛い絵柄で、タイトルは『初めての生理』だった。紅葉がゆっくりと後ろに倒れた。松寿は慌てて紅葉を抱えた。

「…黒木さんから聞いていましたが、すごいパンチ力ですね」

待合室に戻った紅葉は長椅子に横になった。貧血だろうからしばらく休んでいけという看護師からの指示だ。

「そんなんで、本当に生理来た時大丈夫かよ」

「気が狂うと思います」

「うん…まぁ、そうね」

紅葉は両手で顔を覆った。確かに、自分が女の子になって生理が来るよ、と言われたらまともでいられる自信はない。女の子であることを受け入れて生活している彩葉は実はすごいのではないだろうか。

「あの、お願いがあるのですが」

「何?」

「明日 、参加したいイベントがあります。一緒に来ていただけないでしょうか。薄着になるので、イベント中にもしも性別が変わったら、フォローしていただきたいです」

紅葉は顔を両手で覆ったまま聞いてきた。紅葉が薄着で参加するイベントとはなんだろうか。明日は土曜日で松寿も特に予定はない。しかしこれ以上紅葉と関わりたくないというのが本音だった。病院までついてきたのだから、松寿の役目はこれで終わりにしてほしい。しかし、ここまで弱っている紅葉の頼みを無視しても良いものだろうか。

「明日か~うーん…」

松寿が悩んでいると、紅葉が腕を掴んできた。前髪の隙間から恨みがましい瞳が松寿を睨みつけている。昔、こんな幽霊が追いかけてくるホラー映画を見た。あの幽霊はここにいた。

「責任取って、くれますよね?」

「はいっ」

あまりの恐怖に松寿は元気にお返事してしまった。



次の日、松寿はコスプレイベント会場にいた。紅葉はコスプレをして、大量のカメラに囲まれている。秋なのに日差しが強くて暑い中、紅葉は涼しい顔で輪の中心にいた。

「ベニちゃん、目線こっち!」

「こっちもお願いします!」

「押さないで下さ~い」

(薄着のイベントってこういう…)

紅葉は確かに薄着だった。下半身の肌色の多いキャラクターの服装で、ポーズを取って写真を撮られている。松寿も見たことがあるゲームのキャラクターだった。

今日はカツラを被っていつもより顔を出している。メイクもしているので、ハッキリとした顔立ちが余計に目立って見えた。やはり紅葉は整った綺麗な顔をしている。本当にキャラクターがそこにいるかのように美しかった。髪型を変えて顔を晒せばいいのに、なぜ隠しているのだろう。

それにしても、元々男の体に合わせていたのだろう。衣装の胸元がはち切れそうになっている。ポロッてしまったらどうするのだろうか。松寿が気にしていると、紅葉はポーズを取ることを止めて輪から移動し始めた。日陰で見ていた松寿の元に紅葉が寄ってくる。

「お待たせしました。おしまいにします」

「なんか早くね?こんなもんなの?」

「破けそうなので、諦めます」

紅葉は残念そうに肩を落とした。紅葉が抑えてる胸元は布がミチミチに伸びている。良く見たら肌色のインナーを着ているものの、さすがに破けてポロリは問題がありそうだ。

着替えるという紅葉に、でかいカメラを持った男が数人寄ってきた。

「あの、ベニちゃん、二人で写真撮って下さい」

「美しい。今日も綺麗だったよベニちゃん」

紅葉は荷物からスケッチブックを取り出して広げる。

『お断りします。写真はご自由にお使い下さい』

紅葉は頭を下げて松寿の袖を引っ張った。しかし男達は無視して紅葉になお食い下がる。

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