松寿と紅葉編
第13話
大学の構内で、首筋に鋭い痛みを感じた。何が起きたのか辺りを伺っていると声がかかった。
「大丈夫?今蜂っぽいのいたけど、刺されてない?」
首から手を離すと、彼は覗き込んで確認した。
「赤くなってる。病院行ったほうがいいかも」
「あ、はい、帰り、ます」
そそくさとその場から逃げた。赤くなったのは首だけじゃなかった。
松と紅葉編
「そういやマツ、例の幼なじみとどうなった?」
「なになに、なんの話?」
大学のカフェでまったりしていたら、松寿は聞かれたくない話を竹彪から振られてしまった。しかも彩葉の前で話すとは。松寿はちょっと間をおいて答えた。
「ふられたけど」
「うっっそ、あのマツが?このマツが?信じられな~い!なんで?なんでふられたの?」
彩葉は楽しそうに話しかけてくる。変わって竹彪は「へー」と興味なさげだった。自分から振っといてそのリアクションはなんなのか。
「弟と付き合うんだって。ばちぼこにふられましたわ、告白する前に」
「やっば、弟に取られてんの?!やべぇ、クソダサ!だせぇえ~」
「やめたれ。可哀想だろ」
「顔が笑ってんだよ、タケ。人の傷えぐりやがって、最低かお前ら」
彩葉が腹を抱えて笑っている。この凶悪カップルに話すことになるとは思わなかった。しかし松寿は吹っ切るために、口に出してしまいたい気持ちもあった。今まで恋愛でうまくいかなかったことのない松寿にとって、初めての挫折だった。笑ってもらったほうがまだマシだ。
「あーおもろぉ。まぁそれはどうでもいいや。マツに言ったっけ?俺が男になったり女になったりすんの、タケのせいだったって」
「どうでもよくねぇわ。なんそれ、聞いてない」
「あのな、俺の性別が安定しないのって」
「あの」
彩葉の話に耳を傾けていると、背後から声が聞こえた。背の高い人物は松寿を見ていた。長めの前髪で隠しているが、座っている松寿からは顔が良く見える。整った綺麗な顔は誰だかすぐにわかった。
「おー、佐々木じゃん。昨日大丈夫だった?」
「あ、はい、病院に行って、なんともありませんでした」
「え?誰?」
「佐々木紅葉君。顔見て女子だと思って声かけたら男だったっつーね」
「お前そういう時の行動力半端じゃねぇな」
「顔見えねぇじゃん」
「すげー綺麗な顔してるんだよ。で、ごめん、なんかあった?」
「あ、あの、黒木さんの噂を聞いて、お話を…さっき、女の子に、なってしまって…」
紅葉はたどたどしく話す。松寿、彩葉、竹彪の三人は一点を見つめて固まった。紅葉は両腕で胸を隠しているが、隠しきれないお胸がはみ出ている。
「なんなんだよそのおっぱいは!けしからんだろ!」
「待て待て待て待て、そりゃねーだろ。男から女になったらないのが当たり前じゃねーの?なんだよその乳は…しんどいしんどい。こんな現実しんどすぎる。横になりたい」
「お前は落ち込み過ぎだわ!傷つくぞ俺だって!」
紅葉そっちのけで竹彪と彩葉は騒いでいる。確かに紅葉は巨乳だった。松寿は昨日蜂に刺された紅葉と遭遇している。似たような服装をしていて、昨日はこんな胸の膨らみはなかった。
「あー…ごめんね佐々木、こいつらうるさくて。黒木に何聞きたいんだっけ」
「その、どうやったら、男に戻るのか…」
「おい黒木、聞いて…ねぇな。でもそのままで良くない?巨乳だし。つーか男でも女でもどっちでもいいじゃん、その顔なら」
「「あ“!」」
騒いでいた竹彪と彩葉は声を揃えて松寿を見た。
「お前」
「言っちまったな」
「は?何が…?」
深刻そうな紅葉に松寿は笑って答えたが、竹彪と彩葉のただならぬ空気に姿勢を正した。
紅葉は彩葉に促されて、空いていた椅子に腰かけた。彩葉は女性になったきっかけについて話している。蜂の毒のせいで性別が変わるらしいこと。彩葉は通っている病院を紹介していた。また、例の蜂に刺された人は戻るまでの時間に個人差はあるものの、ちゃんと元の性別に戻るらしい。
「でも、俺が男と女でコロコロ変わってんのは、コイツがどっでもいいって言ったからじゃないかって」
彩葉が竹彪を指差す。『男でも女でもどっちでもいい』という言葉が引き金になって、性別が安定しなくなるらしい。
「おめーらが簡単に『男でも女でも君は素晴らしくて素敵だよ』とか臭ぇこと言うからこんなことになんだよ」
「そこまで言ってねぇけど」
「マツは責任取って結婚しろ」
「けっ…そこまで?」
またまた~と笑って誤魔化そうとしたが、隣に座る紅葉は真っ青になっている。
「その、男女が切り替わる時の、タイミングとか、きっかけとか」
「ねぇよ?たまーに思った方になるけど。あとな、女になると生理が来んの。まじ最悪。さっさと病院行ったほうがいいぞー」
「ちょ、大丈夫か?!」
『生理」ときいて紅葉は椅子に座ったままふらりと揺れた。青くなっている紅葉はなんとか持ちこたえているが、今にも倒れそうだった。
「マツ、病院ついてってやれよ」
「そ、その前に、実家に…両親に、話さないと…」
「そんなら実家も行ったれ、マツ。責任取れ」
「…黒木、面白がってるだろ」
彩葉はぺろっと舌を出した。めちゃくちゃに楽しんでいる。確かにここまでショックを受けている紅葉を一人にするのもいかがなものか。しかし面倒事に巻き込まれたくない。松寿が悩んでいると、紅葉に腕を掴まれた。
「責任…取って下さい」
「…はぃ」
紅葉に前髪の隙間から睨まれて、松寿は恐怖のあまり承諾してしまった。
松寿が車に乗せられてやってきたのは、丘の上に立ち並ぶ豪邸の一つだった。この丘の上を地元の人間は金持ちヒルズと呼んでいる。
紅葉が迎えの車を呼ぶといってやってきた車は○ールス○イスだった。その時点で嫌な予感はしていたが、窓の外を見ているとどんどん丘に登っていった。
(俺は今日死ぬかもしれない)
蜂に関して非がないとはいえ、こんな立派な豪邸の息子さんの性別が安定しないのは自分のせいです、なんて、ご両親に刺されるのではないだろうか。いや、損害賠償として金銭を要求されるのではないだろうか。
松寿が通された豪華な部屋で怯えて小さくなっていると、扉が開いて年配の男女が入ってきた。
「紅葉ちゃん!どうしたの?男の子のお友達を連れてくるなんて!」
「しかもイケメンじゃないか!使用人たちが浮足立っていたよ」
絵に書いたような紳士と淑女が紅葉に話しかけている。彼らが両親なのだろう。あまりに見慣れない人種に、松寿は映画を見ているような気分になった。
「あの、お父様とお母様に、お伝えしたいことが…私、女の子になってしまいました」
紅葉の言葉に、紳士と淑女の笑顔が凍りついた。
「お、女の子とは…それはなにかね?そこの彼とそういう関係になって、メス落ちして女の子になったとかいうそういう」
「違います違います!物理的な女の子です!ほら、佐々木、もっと具体的に説明して差し上げて」
松寿は慌てて否定した。紳士は般若のような笑顔を貼り付けて松寿を見ている。紳士からメス落ちなんて言葉が出るとは思わなかったが、とんでもない勘違いをしているようだ。紅葉に説明を促した。
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